第37話 再会

――シエル視点


ウェアウルフから受け取った手紙は、ソルシエール様からある人に向けてのメッセージが書かれていた。色々と話したいことがあるから、一度自分の住み処を訪ねて欲しいと。内容だけならなんてことの無い、何処にでもあるありふれた手紙だったけど、その相手というのが問題だった。スーフォアの街に住む、人間離れした強さと美しさを持つ少女に渡して欲しい――手紙にはそう書いてあったから。あの街でそんな人物は一人しか居ない。並み居る冒険者や騎士と言った猛者達を子供扱いし、死霊の王と呼ばれるリッチですらまるで歯が立たなかった人物――つまりラピスちゃんだ。


彼女の美貌はエルフですら及ばないし、スーフォアの街に限らなくても、あの娘より可愛い子を見た事が無い。だからこの手紙の受取人は、ラピスちゃん以外に考えられなかった。


「ねぇシエル! この条件に当てはまるのって――」

「ラピスちゃん以外に考えられないわ。ラブルスカとヴィティスは他に心当たりはある?」

「いや無い。俺もこの条件に該当するのはラピス先生しかいないと思う」

「私も。強い人や綺麗な人は居ても、人間離れしたってなると、先生以外に居ないよね」


良かった。ラピスちゃんだと思ったのは私だけじゃないみたいだ。私達は村まで戻るとウェアウルフから預かった素材を村長に渡して依頼を達成し、飛行魔法を使って全速でスーフォアの街のまで戻った。流石にラピスちゃんみたく一気に高速で移動出来るはずも無いので、途中何度か休憩を挟みながらだったけど、それでも徒歩で移動するより遙かに速く街に戻ることが出来た。実質一日ぐらいで街に戻ったおかげで、体力と魔力がそろそろ限界を超えそうだったけど、疲れた体に鞭打って私達はギルドを目指す。


「あれ? もう帰って来たの? 随分速いね」


軋んだ音を出すドアを開けてギルドに入ると、ちょうど受け付け業務に精を出していたラピスちゃんと目が合った。幸い今の時間帯は混雑もしていないみたいで、冒険者の姿はまばらにしかない。私は無言で彼女の側まで近寄り、折りたたんであった羊皮紙をソッと差し出した。


「なにこれ? 手紙? 読めば良いの?」


可愛らしく首をかしげるラピスちゃん。突然手紙を押し付けられて戸惑っているみたいだ。


「うん。はっきりとした差出人は決まってないけど、たぶんラピスちゃんの事だと思うから」

「そう? じゃあ読ませてもらうよ」


彼女の目が手紙の上を滑ると、次第にその表情が変化してきた。怒りでもなく、喜びでもない。純粋な驚きの表情。彼女は形の良い唇を細かく震えさせ、手紙を持った手は力が入っているのか、強ばっているように見えた。


「……シエル、この手紙は誰から?」


動揺を押し隠すようにそう質問してくるラピスちゃんに、私は小さく耳打ちする。


「ウェアウルフ。魔物から受け取ったわ」

「!」


魔物から何かを受け取ったなんて公言できるはずがない。魔物と通じていると疑われたら投獄されるかも知れないし、魔王と関係しているなんて疑いがかかったら、何をされるかわかったものじゃないから。この街に着くまでの間、カリンは勿論、ラブルスカとヴィティスの二人にもその辺は散々言い含めてある。自分や周囲の人の安全のためにも、絶対に他言しないようにって。


ラピスちゃんは手紙から目をそらし、ここではない何処かを眺めてポツリと呟いた。


「そっか……。あいつ、生きてたんだ……」


あいつって……たぶんソルシエール様の事よね。古の勇者とパーティーを組んだ大魔法使いのソルシエール様。ギルドの雛形を作り、冒険者の登録制度を普及させ、数々の大魔法を生み出した天才。私のような魔法使いからすれば、勇者より尊敬している人物。そんな人をあいつ呼ばわりって……ラピスちゃんは本人と会ったことがある? いや、この言い方だと顔見知り程度じゃない。たぶん、かなり親しい関係みたいだ。


「ラピスちゃん……」

「みんな、ありがと。届けてくれて。俺、しばらく仕事を休んであいつに会いに行ってみるよ」

「ちょっと待って! それなら私も行くわ!」

「私も!」

「俺も!」

「私も行きたいです!」

「ええ!?」


当然のようについて行く宣言をした私達に、ラピスちゃんは戸惑いを浮かべる。ここまで関わって知らん顔なんか出来るわけが無い。意地でもついて行って、ラピスちゃんとソルシエール様がどんな関係なのか聞かないとモヤモヤして夜も眠れなくなる。それにソルシエール様本人にも興味があるしね。伝説の大魔法使いがどんな人なのか、この目で確かめてみないと。


「うーん……。まぁいいか。別に俺以外は来るなと言ってるわけでも無いし。じゃあ明日出発って事で。俺が連れて行くから、食料は一日分ぐらいで良いと思うよ」


ラピスちゃんの飛行魔法じゃ一度危ない目にあってるから、なるべく遠慮したかったんだけど、この際そんな事言ってられないか。経験者である私とカリンの顔が若干引きつっていたような気がするけど、私達はついて行く約束を取り付けることが出来た。


§ § §


翌日、まだ日の昇りきらないうちに私達はスーフォアの街を後にした。ラピスちゃん一人に引っ張って飛んでもらうと、後ろに居る私達の腕や体力がすぐ限界を迎えそうなので、今回は色々と手を加えている。牽引はラピスちゃんのまま。ついでに重力制御の魔法を使って全員の体重を軽くしてもらった後、私が風を防ぐ結界を張り続ける事にした。こうすれば王都から戻ってきた時みたいに窒息して死にかけることもなくなるし、腕を引っ張って痛みに耐える必要も無くなる。ラピスちゃんは昔この方法を使っていたみたいだけど、この間は久しぶりすぎて忘れていたんだって。いったい誰とパーティーを組んでいたのかしら。


「ラピスちゃん、あそこ」


私が指さした場所には、昨日ウェアウルフとやりあった作業小屋の姿があった。まだ朝が早いからか、木こりなど村の人間の姿はない。その代わりに、隠れるように言っておいたウェアウルフが土下座したまま出迎えてくれた。


「マッデイダ。ニンゲン」

「……なんで土下座?」

「理由はわからないんだけど、昨日からなのよ。ウェアウルフ特有の挨拶かも知れないわ」


首をかしげるラピスちゃんに、私は自分の推測を話してみたけど、彼女はいまいち納得のいっていない様子だった。


「アンナイズル。ツイデコイ」

「あ! ちょっと!」


そう言うと、こちらの返事も待たずにウェアウルフは森の奥に駆けだした。それをラピスちゃんは余裕で、カリン達は必死の形相で置いて行かれないように全力で追っている。森の中はとにかく障害物が多いから、ただまっすぐ走るだけでも一苦労だ。彼女達に比べて体力面で大きく劣っている私は、最初から走ることを諦めて空から追跡していた。こんな時、ラピスちゃんに飛行魔法を教えてもらって本当に良かったと実感出来る。三十分ほど走り続けた後、ウェアウルフは唐突に足を止めて、その場の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。


「な……なに……? ついたの?」

「何にもない……みたいだけど……」

「回りは……木しかないぞ……」


息も絶え絶えに周囲を見渡すカリン達と違って、ラピスちゃんはある一点を見つめて微動だにしなかった。それはちょうどウェアウルフが匂いを嗅いでいる正面で、木々が立ち並ぶ何も無い空間に見える。でも次の瞬間、目の前にあった空間が歪んだかと思ったら、私達は見知らぬ街の通りに立っていた。


「な! なにこれ!?」

「嘘だろ!」

「どう言う事!? なんで街に……って言うか、どこよここ!?」


私は言葉を発することも忘れて慌てて周囲を見渡していた。見た事の無い街。少しみすぼらしい作りではあるけど、十分街と言える規模の建物が並んでいる。大体の家が店舗と自宅を兼ねているのか二階建てになっていて、窓から見える室内には生活に使う家具が見える。通りにはそこそこの人通りがあるし活気もある。でもこんな街はさっきまで影も形もなかった。いったいどうなってるの? 突然街の中に居たことも驚いたけど、もっと一番驚いたのは通りを歩く住人の姿だった。


「魔族……?」

「いや、それだけじゃない。獣人やリザードマン、俺達みたいな人間も居る」


魔族と言えば魔王の配下で、人間とは常に敵対している種族のはず。そんな彼等は私達を見ても優しく微笑むだけで、敵意の欠片も感じさせることがない。他の住民達も同様だ。雑多な人種が一つの街に居るというのに、何の揉め事も起きていないようだった。


「凄い……なんか……まるで天国みたい」


ポツリと呟いたカリン。私も同じ気持ちだった。敵対している種族や交流の無い種族が集まって、争いごともなく同じ街を形成している。天国と呼ぶのが一番しっくりくる感じだった。そんな私達の様子をチラリと見たウェアウルフは、もう走る必要が無いと思ったのか、ゆっくりと歩き始める。


「コッチダ。ツイデコイ」


ラピスちゃんは無警戒に、私達はおっかなびっくりその後に続く。周囲の魔族に敵意は無いとしても、長年すり込まれた魔族=敵という感覚はそう簡単に払拭されるはずも無く、怯える私達は、まるで田舎から出てきて都会に戸惑う田舎者のようだった。


「人よけの結界に、目くらましの幻覚か。あいつならこれぐらいやりそうだな」

「ラピスちゃん、あいつって?」

「もちろんソルシエールだよ。それより、今はついて行った方が良さそうだ」


やっぱり、普段に比べてラピスちゃんの口数が少ない。普段の彼女は何を考えているのかもう少しわかりやすい娘なのに、今はあえて表情に出さないようにしているのか、ただ前を行くウェアウルフの背中を見つめていた。


「コゴダ」


街の奥、森との境界線に近い場所に私達を案内してきたウェアウルフは、一軒の家のドアを無造作に開けて中に入って行った。どうやこの中にソルシエール様がいるらしい。ゴクリ――と、自然に喉が鳴る。書物の中でしか存在しなかった伝説の魔法使い。数々の魔法を発明して忽然と姿を消した孤高の存在。魔法使いなら誰もが憧れるその人が、すぐそこに居るんだ。


「とりあえず入ろうか」

「え、ええ……」

「緊張するわね」


ラピスちゃんはまるで自分の家のようにズカズカと中に入って行く。凄い。その神経の太さを私も少し分けて欲しい。


家の中は様々なものが散乱して、足の踏み場もないぐらい散らかっていた。何だかわからない言語で書かれた羊皮紙の束が山積みになっているかと思うと、干からびた動物や魔物の素材らしきものが戸棚で埃を被っていたりする。妙な光を放つ液体の入ったコップや、カビが生えたパンの欠片など、まともな人間の住む家とはとても思えなかった。汚い――そう口にしかけたのは私だけじゃないはず。でも私もカリン達も、ソルシエール様の機嫌を損ねるのが怖くて何も言えなかった。でもそんな事をまるで気にしない人が、私の前に一人居た。ラピスちゃんだ。彼女はカビの生えたパンを指でつまんで匂いを嗅ぐと、盛大に顔をしかめる。


「汚い家だな。相変わらず生活能力は皆無か。少しは片付けたらどうなんだ?」

「余計なお世話よ。私は食べたい時に食べて、寝たい時に寝る生活が気に入ってるの」


奥から現れた人物は、頭をかきながらそう言って姿を現した。私と同じ歳ぐらいの年齢。月の光を反射したような見事な銀髪を腰まで伸ばし、同じ色の切れ長の目は眠気がまだ残っているのか、気だるげに見開かれている。ラピスちゃんほどじゃないけど、かなり美人だ。不摂生な生活をしている割には無駄な肉のついていない見事なプロポーションをしている。いったいどうやってその体型を維持しているのか、とても興味が湧いてくる。この人が大魔法使いのソルシエール様。私は手の届く距離に伝説の人が居ることに興奮して、自然と体が興奮で震えていた。


「それにしても……可愛くなっちゃってまぁ……。すっかり女の子としての生活が板についてるのね!」

「笑うな! 誰のせいだと思ってるんだ!」


突然お腹を抱えて笑い転げ始めたソルシエール様を、ラピスちゃんが真っ赤な顔で怒鳴りつける。でも彼女はまるで気にした風もなくひとしきり笑った後、目に浮かんだ涙を拭いながら立ち上がる。そんな彼女を、ラピスちゃんは苦々しい表情で見つめていた。


「あー……面白かった。こんなに笑ったのは何十年ぶりかしら。歓迎するわ。えーと……今の名前はなんて言うんだっけ?」

「ラピスだ。昔の名前は間違っても口にするなよ」

「わかってるって。昔と違って、ちゃんと仲良くしてくれる人達も見つかったみたいだしね。そんな無粋な真似はしないから安心しなさい」


意味ありげに私達をチラリと見るソルシエール様。ラピスちゃんと彼女の間にどんな過去があるのか気になったけど、今はここに呼ばれた理由を聞くのが先決ね。

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