第36話 シエル達の冒険者生活 その2
今回の依頼の依頼主は村人全員――つまり村人一人一人が少ない貯蓄を切り崩して、今回の報酬を出した事になっている。魔物の被害が出た時、僻地に住む人間がする事は大きく二つ。まず一つは、その地を治める領主に被害を訴え、討伐の兵を出してもらうこと。二つ目は、今回のように住民でお金を出し合い、冒険者ギルドに依頼することだ。前者の場合、領主に余裕がある時はすぐに兵士を派遣してくれる事も多いけれど、今のようにあちこちで魔物の姿が確認されている時は難しくなる。兵士の数には限りがあるし、どうしても主要な街道や街を優先的に守るからだ。
そうなると、この村のように人も少なく、税収も期待できない村は見捨てられてしまう。だからと言って大人しく死を迎えるわけにもいかないから、彼等は無理をしてでもお金を出し合い、私達のような冒険者を派遣してもらったりするのだ。
実際に来てみてわかった。この村は森の恵みが豊かで、地下水脈もあるから井戸が枯れることもないし、水も豊富そうだけど、金銭的な収入はそれほど大きく無さそうだった。理由は単純。加工した商品を運ぶ手段がないから。木材にしても、皮にしても、大量に運ぼうと思ったら馬車が数台は必要になってしまうし、それらを護衛するための人員も必要になってくる。貧乏な村では馬車を維持することも出来ないから、きっとどこかの商会に買い取りを頼んでいるはず。当然商会に頼めば輸送や護衛に必要な経費は引かれるので、村の儲けは少ない。結果、いつまでも貧乏なままの村の出来上がり――と言うわけ。
「商会には助けを求めてみたんですか?」
「一応は。しかし連中、大金を出してまでこの村を救う理由がないと断りおった。散々村から利益を吸い上げているくせに……!」
ラブルスカの質問に、村長を名乗るお年寄りは吐き捨てるようにそう答えた。彼には気の毒だけど、商会の判断は間違っていないと私は思う。だってこの村の庇護者はあくまでも領主であって、商会はただの取り引き相手でしかないから。利益が見込めないどころか、赤字覚悟で手助けするのは、それこそ教会ぐらいしか無い。商会は慈善事業でやってるわけじゃないのだから。
「あ……なんか、すみません。で、えっと……肝心のウェアウルフはどこで目撃したんですか?」
「ああ……それなら地図があるよ。どこにしまったかな」
村長が背を向けてゴソゴソと戸棚を探し始めると、ラブルスカはホッとしたように息を吐いた。余計なことを言ってしまったと思ってるようね。
「あった。これだ」
村長が取りだした地図には森の中の詳細な地形が書かれていた。一口に森と言っても、全部が全部木で覆われているわけではないから、当然人や獣の通り道や、伐採した木を一時的に置いておく広場なんかもある。休憩小屋や作業小屋なんかもあるし、都会の人間が想像している以上に、意外と目印になるものは多かったりする。
「森の一番奥の作業小屋に居る……かも知れない?」
「そうだ。一度見かけて以来、怖くて誰も近寄ってないよ。襲われたらどうしようもないし」
まあ、確認しろと言うのは無理があるよね。実際にウェアウルフが居るかどうかは、私達が直接調べてみるしかない。その日私達は村に泊めてもらい、翌日の早朝――まだ日も昇らない時間帯から森の奥を目指すことにした。ウェアウルフに限らず、基本的に魔物は夜の方が活発に動き回って強いので、眠りに入る早朝の方が有利に戦えるからだ。
村長にもらった地図を片手に、ラブルスカを先頭にして私達は森の奥を目指して歩く。私の左右にはカリンとヴィティスの二人が陣取っていて、不意の襲撃に備えてくれていた。定期的に探知魔法で魔物の気配は探っているものの、常時使い続けられるわけじゃないので警戒を怠るわけにはいかない。
「そろそろじゃない?」
「たぶんね。みんな、少しの物音も聞き逃さないように注意しよう」
ラブルスカの言葉に三人が頷いた。ウェアウルフが潜んでいるはずの作業小屋は、もう目と鼻の先だ。
§ § §
――ウェアウルフ視点
私は一般的にウェアウルフと呼ばれる魔物だ。名前はない。我が主には「おい」とか「お前」とか、機嫌の良い時だと「ワンちゃん」などと呼ばれることもある。私自身が魔物だけに、私の主と言えば誰もが魔王を想像するだろうが、実は違う。私の主は魔法使いであり、私を契約魔法で縛り付けている人間なのだ。
魔物と言っても、全てが言葉を介さない、知性の無い化け物ばかりじゃない。中には人間などより遙かに知能の高い魔物も存在する。私は特別頭が良いわけではないが、人狼なので当然そこそこの知能を有する。顔の形が狼だから言葉を発するのに多少苦労するが、ゆっくりと、片言でなら人間との会話も可能だ。
そんな私がなぜこんな森の奥深くに潜んでいるのかと問われれば、人間と友誼を図るためと答えよう。もちろん私が望んだわけではない。魔物としての本能は人間を敵だと感じているし、姿を見れば爪の一つも振るいたくなる衝動に駆られる。しかし私は主の魔法でそれが禁止されている。歯がゆいことだ。
私がこの小屋に居る人間達にワザと姿を晒してからしばらく経った。主の予想ではそろそろ冒険者なる社会不適合者の一団が現れるはずだそうだ。ふむ……ちょうど私の鼻も、数人の人間の匂いを捕らえた。そろそろだな……。私は小屋から少し離れた木の陰に身を隠し、現れた人間達を観察してみる。
数は四匹。オスが一匹にメスが三匹。人間と言うのは番いで行動するものだと聞いていたのだが、メスを三匹も連れているとなると、あのオスはそこそこ強いのだろう。さて、私の仕事は話がわかりそうな冒険者に主の手紙を渡すだけで良いのだが、どうやって声をかけたものか悩むな。いきなり出ていっても敵と認定して攻撃されるだけだろうし、背後からでも同じ結果になりそうだ。
と、土壇場になって頭を悩ませ始めた私は、目の前に氷で出来た槍が飛んでくるのが見えて、慌てて身を捻った。
派手な音を立てながら、さっきまで身を隠していた木が盛大に爆ぜる。危なかった。まさかいきなりこちらの場所を把握して攻撃してくるとは、奴等は思った以上に腕が立つようだ。
「予定通りいくぞ!」
「わかった!」
「了解!」
オスが私の正面から突っ込んでくる。三匹居たメスの内、二匹が左右から回り込むような動きを見せていた。生意気にも挟み撃ちにするつもりのようだ。残り一匹のメスはその場から動かず、杖を掲げて魔力を高めている。我が主には遠く及ばないものの、なかなかの魔力の持ち主のようだ。さっきの魔法もコイツが放ったのだろう。魔法に強い耐性を持つ私の体だが、奴の魔法には十分警戒しなければ。
「おりゃあ!」
オスが盾に半身を隠しながら突き出してきた剣を、爪で弾いて体勢を崩す。すると左右に分かれていた二匹のメスが、それをカバーするように攻撃を繰り出してきた。
「は!」
「やあ!」
盾を持ったメスの攻撃は難なく躱せたが、長剣を持ったメスの攻撃は鋭く、全力で剣の腹を蹴り上げて後ろに跳躍する。あのメス、剣に魔力を纏わせて切れ味を増している。普通の剣なら私自身の熱い体毛に阻まれて大したダメージを受けないが、あれは別だ。まともに受けては私でも致命傷を負いかねない。この冒険者達の中で警戒するのは長剣を持ったメスと、後ろで魔法を唱えるメスだ。後の二匹は大した強さじゃない。弱いオスとメスの攻撃を捌きながら、強いメスの攻撃を躱し続けていると、奴等は一斉に私の前から飛び退いた。それと同時に再び氷の槍が飛んでくる。しかも今度は複数だ。躱しきれないと悟った私は、被弾面積を最小にするべく、空中に跳躍して体を小さく丸めた。
「グワウッ!」
苦痛の声が勝手に漏れる。飛んできた四本の内二本は躱したものの、残りの二本が私の腕と足を掠めていった。傷は浅いが、放っておくと出血で身動きが取れなくなる。そうなる前に本来の目的を果たさなければ。
後方に着地した私に、再びオス達三匹が向かってこようとする。私はそれをとどめるように両手を前に突き出し、奴等にも解る言語で叫んだ。
「マデ!!」
ビクリ――と、三匹が足を止めた。後ろのメスも驚いたようにこちらを見ている。そんな彼等が再び向かってこないように、私は主に教わった人間の間で使われている、友好のポーズを取る事にした。その場で膝を折り、頭と両手を大地にピッタリと着ける。すると私の気持ちが通じたのか、冒険者達から戸惑いの感情が伝わってきた。
「なんだコイツ……土下座してるぞ……」
「それより、今喋ったよね。ウェアウルフって喋れるの!?」
「敵意がないのかな? 避けはするけど、こっちに攻撃してこなかったよね」
「……みんな一旦落ち着いて。警戒は解かず、武器はそのまま。何か伝えたい事があるみたいだし、聞くだけ聞いてみましょう」
さすが我が主の教えてくれた友好のポーズだ。殺意と敵意に満ちあふれていた瞳だったのに、今では彼等の目に理性の光が戻っている。私は彼等の攻撃が止まったのを確認して、腰に縛り付けてあった一枚の羊皮紙を取りだした。その動きにビクリと三匹が反応したが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「ウゲドレ」
そう言って、オスに向かって羊皮紙を投げつけた。オスは直接受け取らず、剣ではたき落とした後、警戒しながらそれを拾い上げる。失礼な奴め。毒でも塗ってあると思ったのか? そんなものを使わなくとも、私がその気になればお前達など一捻りだと言うのに。
「これは……手紙? 内容は…………え!?」
「何が書いてあるの?」
「あ……うん。読んでもらった方が良いかも」
オスの手から順番に手紙が渡っていく。すると全員が全員、驚きに顔を歪めていた。
「これは本当なのか? 魔境に住んでる人が居るなんて……」
「しかもこの名前って、誰でも知ってるあの人でしょ? 大昔の人だし、俄には信じられないかな」
「でも、ウェアウルフが手紙を持ってるってのも変じゃない? こっちに攻撃もしてこない魔物なんて、魔法で従属させている以外に考えられないよ」
前衛を務めていたオスとメスは半信半疑と言った様子だ。しかし、一番強い反応を示した者が一匹だけ居た。後ろで魔法を使っていたメスだ。
「本当に、あなたはこの人から手紙を託されたの? 間違いなく本人?」
「ゾウダ。ワガアルジカラ、タクサレタ」
「そう……。それなら一度依頼を中止してでも、その人に会いに行かなくちゃね」
「シエル!? 本気なの!?」
どうやらこのメスだけは乗り気のようだ。よかった。これで主に折檻されなくて済む。失敗したらそこらの犬と無理矢理交尾をさせられる屈辱の儀式が待っていたところだったから、私は内心胸をなで下ろしていた。
「と言っても、このまま黙って帰るわけにもいかないわね。村人の手前もあるし、ウェアウルフを追っ払ったという証拠が欲しいわ。ねぇあなた。あなたの主という人から、他に何か預かってない?」
「……アル。スゴシマデ」
私が背負っていた道具袋の中をぶちまけると、冒険者達は目を丸くして驚いていた。
「これは……ウェアウルフの素材? 本物みたいね」
「この毛並み……君とそっくりだけど、どうやって取ったの?」
「ワガアルジガトッタ。トキドギ、セッカンサレル。モッダイナイガラホガンシテダ」
「……折檻で耳や尻尾を引きちぎって保管してた? なんか、話に聞いてたより随分危ない人みたいね。でもこれで依頼を達成したって誤魔化せるわ」
我が主は、私より少しだけ頭が良い。だから訪れた人間達がどう言う人種で、何が必要なのか、事前に把握しているのだ。
「じゃあ私達はあなたの主が言うように、目的の人物を連れて戻ってくる。でもあなたはここを離れなさい。また村人に目撃されたら、今度こそ話も聞かずに殺されてしまうかも知れないからね」
「ワガッダ。オマエダチガカエルマデ、カクレデイル」
「戻ってきた時はどうやって解るの? 魔法か何かが使えるのかしら?」
「ニオイデワガル。ハナレデイデモ、ニンゲンノニオイ、ヨグワガル」
「そう。じゃあ問題ないわね。みんな、すぐ村に戻りましょう。依頼が終わった事にして、早く街に戻らないと」
魔法使いのメスに促されて、残りの三匹も村への道を引き返し始めた。よし、これで仕事は一旦終了だ。後は奴らが戻ってくるまで、この森で息を潜めて待つとしよう。我が主ソルシエール様。貴女に与えられた役目、何の問題も無く果たせそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます