第38話 衝撃の情報

――シエル視点


部屋の奥に案内された私達は、ソルシエール様から適当に寛ぐように言われて戸惑った。寛ぐも何も、この部屋に椅子は一つしか無い。ベッドの上は衣類が散乱しているし、部屋の中は何だかわからないもので足の踏み場もない状態だ。私達は顔を見合わせた後、とりあえず衣類を綺麗に畳んでからベッドの上に腰掛ける事にした。


「お茶なんて気の利いたものは無いから期待しないでね。水ならいくらでも出せるけど」

「最初から期待してないから気にしなくて良い。それより、この街は何だ?」


ラピスちゃんの問いに、ソルシエール様は口の端をくいっとつり上げて笑った。まるでイタズラが成功した子供のような無邪気な顔で。


「ここはね。私が作った街よ。種族を問わず、世界から居場所のなくなった者達のために作った街」

「居場所の……なくなった……?」


何故かラピスちゃんはショックを受けたように固まっている。今の言葉で引っかかるようなところがあったかしら?


「そう。例えば、自分に非がないのに国を追い出された者。誰にも望まれずに生まれてきた者や、政変で国を追われた者と言った風に、罪を犯した以外の理由で行き場がない者達の居場所を作ったのよ。もちろんそんな奴はいくらでも居るから、いちいち受け入れていたらキリが無い。当然取捨選択はさせてもらうけどね」


たぶん、私はその判断基準が何なのかわかる。街を行き交う人々の顔と態度に共通していたことが一つだけあったからだ。それは穏やかな笑顔。誰にでも突っかかるような人間を受け入れたら、まず間違いなく他の住人と衝突する。結界まで張って隔離している小さな街でコミュニティなんだから揉め事は厳禁のはずよね。血の気の多い人間は入れないようにしているんだと思う。


「種族も年齢も性別も関係無し。一度入ったら出られない契約を結んでもらうから、街の噂がどこかに広がる心配も無いわ」

「入ったら出られないって……」

「もちろんあなた達は別よ。ただ、この街の秘密をバラせないように制限はかけさせてもらうけど」


ソルシエール様の言葉に思わずギョッとする。折檻でウェアウルフの耳や尻尾を引きちぎるような人だ。契約を破ったらどんな目に合わされるか、その結果を想像してラピスちゃんを除く全員の顔が青くなった。ソルシエール様はくすくす笑いながら、そんな私達を見ているだけだ。


「……何の目的でそんな街を作ったんだ?」


ラピスちゃんの言葉に応えず、笑いを引っ込めたソルシエール様は窓を開けて外に顔を向けた。まるでここには居ない誰かに思いを馳せるように。


「……私が昔、勇者と仲間だったのは知ってるわよね?」


それを知らない人間はここに居ない。三百年前、勇者と共に旅をして、魔王を打ち倒したのがこのソルシエール様だ。その後の数々の偉業を抜きにしても有名すぎる話。世界中の人間が知っている事実だった。


「勇者は――彼は強すぎた。圧倒的だったわ。力も魔力も常人を大きく越えていた。あまりに巨大すぎる力だから疎まれるようになるぐらい」

「勇者は……穏やかな余生を過ごせなかったんですか?」

「一時的に平穏な生活を手に入れたみたいだけど、国王も貴族も、国中の……いえ、世界中の人間が、彼を受け入れられなかったのよ。強すぎたからね」

「そんな……」


カリンが自分のことのように悲しんでいる。おとぎ話だと、魔王を倒した勇者はみんなに迎え入れられて、幸せな余生を過ごしたことになっている。なのに実際は受け入れられるどころか排除されていたなんて……。


「彼の仲間である私達は、あそこまで強くなかったから居場所があった。国に雇われたりしてね。でも巨大すぎる力は人を不安にさせる。本人に敵意や害意はなくても、力の無い人間には側に居ると言うだけで脅威だったの。だから彼を排除しようとした。滑稽よね。魔王すら倒す勇者を、ただの暗殺や毒殺でなんとかなると思うんだから。彼が本気で怒って自分達に牙を剥いたらどうなるのか、そんな事も想像出来ないなんて」


ソルシエール様は苦笑しているけど、私達は笑うどころじゃなかった。まさか世界を救った英雄に対して、褒美どころか暗殺者を差し向けるなんて。他人事ながら頭にくる。当時の人達は何を考えていたの!?


「彼の仲間だった私達が、もっと速くそれに気づいていれば、何か手を打てたかも知れない。でも私達は私達で新しい仕事に忙しかった。それぞれが責任ある役職を任されていたからね。気がついた時にはもう、彼はへんぴな田舎に引っ込んでしまっていたわ」


窓枠を掴むソルシエール様の手に力がこもる。彼女の気持ちはわからないし、想像するしかないけど、きっと凄く後悔したんだと思う。何度も一緒に死線をくぐり抜けてきた仲間が、自分の知らないうちに社会から排除されたら? 仮にカリンが同じ目に合わされたとしたら? 私なら周囲を恨むだろうし、力が及ばなかった自分を赦せなくなるかも知れない。


「だからね、いつか彼が戻ってきた時に、定住出来る街を作りたくなったのよ。それがこの街を作った理由。何処にも居場所のない人達のために作った、誰も近寄れない、誰にも見つけられない街よ」


振り返ったソルシエール様は、そう言って恥ずかしそうに笑った。伝承によると、当時のソルシエール様は宮廷魔法使いの地位に就いて、国の舵取りという重大な仕事を任されていたはず。彼女の知識は大きく国に貢献して、彼女の所属した国を長く繁栄させたらしい。なのにある日突然、彼女は忽然と姿を消してしまった。それこそ行方の解らなくなった勇者のように。一説には魔法の実験を失敗して死んだとか、魔法を極めて別の世界に旅立ったとか、眉唾物の話がいくつもあったみたいだけど、まさか仲間のために地位も名誉も捨ててこんな街を作っていたなんて……。勇者が聞いたらどう思うんだろう?


「……グスッ」


ふと横を見て私は驚いた。ラピスちゃんが泣いている。いつも自信に満ちあふれて、どんな困難にも怯まないこの娘が泣いた所なんて見た事が無い。そんな彼女が静かに涙を流していた。


「ラ、ラピスちゃん?」

「どうしたの? 大丈夫?」

「うん……。ありがとう。大丈夫だから」


涙を拭いた彼女は恥ずかしそうに顔を上げたけど、瞳の端にはまだ涙が浮いている。今の話で何が彼女の琴線に触れたのかわからない。わからないけど、きっと私の想像も出来ない事があったんだ。それこそ、強い彼女が泣くほどに。


「あれ~? なんで君が泣くのかな? 全然関係無いのに」


まるで照れ隠しのようにソルシエール様がラピスちゃんをからかう。


「うるさいな。それより、俺達をここに呼んだ理由を言えよ。昔話をしたかったわけじゃないんだろ?」

「そうだったわね。じゃあ本来の目的を果たしましょうか」


少し真面目な顔になったソルシエール様は、椅子を引き摺って私達の正面に腰掛けた。その雰囲気に飲まれて緩んだ空気が引き締まる。わざわざウェアウルフを使いにしてまでラピスちゃんを呼びつけたんだから、何か重要な話があるのは想像に難くない。


「魔王が復活しているのはもう知ってるわよね?」


みんなが頷く。復活した魔王――それを討伐するために各国で勇者を生み出し、一般の兵士や冒険者までが強くなるために訓練を積んでいる。確認こそ取れていないものの、魔王が復活した事自体は誰も疑っていないはずだ。


「こんな場所に居るから、私はもう少し詳しい情報を掴んでいてね。それによると、魔王は一人だけじゃないみたいなの」

『!』


複数居る!? 一人だけでも大変なのに、それが複数!? あまりの事実に一瞬気が遠くなってくる。


「そ、それ本当なんですか!?」

「本当よカリンさん。正確には復活した魔王が一人と、彼と同等の力を持った魔王が数人現れたってだけ」

「え? 私、名前言ってないのに……」


名乗ってもいないのに名前をズバリと当てられてカリンが戸惑っている。この家に来て名乗ったのはラピスちゃんだけなのに、いったいどうやって?


「そんなの簡単に解るわよ。今の冒険者登録システムを作り上げたのは誰だと思っているの? 私は冒険者の事なら何でも知ってる。あれのデータベースと私は繋がっているからね。冒険者がどこでどんな敵を倒して、どれだけの利益を得たのか。どんな罰を受けたかまでバッチリわかるわ」


凄い人だと思ってたけど、ここまでとんでもない人だったなんて。全ての冒険者の動きが解るなら、直接見聞きしなくても何処で何が起こっているのかある程度の推測は出来るはず。流石は伝説の魔法使いね。


「あれってそんな使い方があったのか。いやまぁ、それも驚いたけど、魔王が複数ってのは確かなのか?」

「ええ。あなた達を案内してきたワンちゃん同様に、私が使役する魔物は結構居るのよ。彼等に直接潜入して調べてもらった情報だから間違いないわ」


確かに魔物なら怪しまれずに潜入することが出来るわね。


「あの、それを伝えるだけなら、ソルシエール様が直接街に来て教えてくれても良かったんじゃ?」


挙手しながらそう言ったヴィティスに、ソルシエール様は静かに首を振っただけだ。


「私はもう俗世と関わる気が無いの。今起きている問題は、今頑張っている人達が解決するべきだと思うから。何かある度に私みたいなのが解決してたら、人は絶対に依存するようになる。自分達じゃ何もしなくなるわ。非常時にだけ便利に使われて排除された勇者のようになるのはご免だしね」

『…………』


彼女から勇者の過去を聞かされたところだから、私達は何も言えなかった。一度命懸けで世界を救った彼女にもう一度戦えなんて無責任なこと、とても言えない。少なくても直接命のやり取りをする冒険者や兵士は言えないはずだ。もっとも、それでも言えてしまうのが王様や貴族や、戦いと無縁な一般人なんだろうけど……。


「本当なら世界で何が起こっても、この街に居る限り無視して引きこもっていれば良い。でもそれじゃあんまり薄情だしね。せめて敵の情報ぐらい提供しておこうと思ったのよ」

「と言う事は、この情報を上に伝えても問題ないんだな?」

「ええ。ただしさっきも言ったように、この街に関する情報は口外できないように制限をかけさせてもらうわね。口で話す事はもとより、筆記でも不可能になるから。上の人達には上手く誤魔化しといてね」


そう言って、彼女は杖を引っ張り出したかと思うと、私達に向けてその先端を突きつけた。


「別に約束を破ったら石になるとかカエルになるとかないから。ただ自然に、この街の情報だけを話せなくなるし、書くことも出来なくなるの。一種の呪いね。もちろん解けるのは私だけ」


杖が輝く。まるで光の魔法を使ったみたいに一瞬部屋が白く染まった後、私達は思わず顔を見合わせた。


「別に体に違和感とかは……ないわね」

「うん。今までと同じ。でもこれで……」

「そう。もうあなた達には魔法がかけられている。これで私の用事は済んだわ。もう帰って良いわよ」


誘った時も唐突なら、帰れというのも唐突だった。結構マイペースな人だな。もう彼女は私達に興味を失ったように、手近にあった魔導書の一冊を手に取ってページを捲っている。


「情報、ありがとうな。じゃあ失礼するよ」


ラピスちゃんは慣れっこなのか、そんな態度を見せるソルシエール様に背を向けた。昔なじみみたいなのに思い出話もしないなんて、いったいどんな関係なのかしら? ここに留まる訳にもいかないのでぞろぞろと彼女の後ろについて部屋を出かけた時、ソルシエール様が声をかけてきた。


「ねえ、ラピスちゃん。あなたが望むなら、元に戻してあげても良いのよ?」


いったい何のことか解らず、私達は戸惑うばかりだ。でもそれだけでラピスちゃんは何のことか理解したみたいで、小さく肩を竦める。


「遠慮しとくよ。もう今の状態で生きてきた時間の方が長いからな」

「そう。じゃあもう何も言わないわ。ああ、居場所がなくなったらここに来なさい。貴女の住み処ぐらい、すぐに用意してあげるから」

「なるべく世話にならないように頑張るよ。じゃあ、またな」


視線を本に落としたまま、ヒラヒラと手を振るソルシエール様に、ラピスちゃんはそう言って別れ告げた。

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