第8話 受付嬢の一日
――カミーユ視点
アタシの名はカミーユ。元冒険者で今はギルドの受付嬢をやってる女さ。受付嬢と言ったら若い娘を想像しがちだけど、このギルドは人手不足だからアタシのようなオバサンでも使ってくれている。冒険者を引退した時はガックリきたけど、今じゃ愛しい旦那と子供のために働けるって事で、充実した毎日を過ごさせてもらってる。
ギルドの受付嬢はアタシの他にもう一人ミランダがいるんだけど、今日は休みをもらって留守にしてる。仕事を一人で捌かなきゃならないから、必死になって動き続けてたら、ギルドに見た事も無いような綺麗な娘が入ってきたんだ。
肩口まである金の髪と宝石のような青い瞳。貴族でも見かけないような整った顔立ちと、若いのになんだか妙に威厳のある言動。そんな神に愛されてるような娘に出会えたんだから、ギルドの中にいた冒険者連中はもちろん、アタシでさえ一瞬呆けるぐらい驚いたさ。
その娘の名はラピス。顔なじみの冒険者、シエルとカリンを頼って田舎から出てきたらしい。ギルドに就職希望だから連れてきたんだって。アタシはこれが神様からの贈り物だと思ったね。だってそうだろう? 毎日必死になって働いても仕事が減るどころか増える一方なんだ。そんな時にギルドの、しかも受付希望ってんだから。おまけに可愛いときてる。思わず心の中で商売の神様トレドに祈りを捧げちまったよ。
でも本当に雇って貰えるかは正直厳しいと思った。だってギルドは基本的に、冒険者として功績を残した者しか雇わないからさ。登録もしてない一般人は厳しい試験が課されて、それに突破しないと雇って貰えない。筆記なら糞難しい歴史や計算問題を、ぶっつけ本番で山ほど解かなきゃならない。実技ならギルドマスターを納得させるような強さを見せつけなきゃならないんだ。今のギルドマスター――クリークは、若い頃は名うての冒険者だったんだよ。何人もの冒険者が倒された魔物を討伐して名を上げて、一時は王国の騎士に推薦された事だってある。冒険者以外に興味がないって話を蹴ったみたいだけど……。まぁとにかく、それぐらいクリークは強いって事さ。ラピスちゃんは戦えるようには見えないし、試験を突破するなら筆記で頑張るしか無いだろうね。
アタシが半分以上諦めかけてた時、ギルドの訓練場からクリークやラピスちゃん達が戻ってきた。クリークが疲れたような顔してたから、ああ、こりゃ駄目かな……と思ったんだけど、驚いた事にラピスちゃんは合格してたんだ。しかも実技で。シエルが連れてきたからひょっとして魔法使いなのかと思ったけど違うらしい。いや、クリークに聞いた話じゃ魔法も使えるみたいだ。でも実技で使ったのは剣一本。あのクリークが手も足も出なかったって言うんだから、アタシなんかじゃ逆立ちしても勝てない相手だ。いや、人は見かけによらないもんだね。
なんにせよ、ギルドは優秀で可愛い受付嬢を増やす事が出来た。アタシにとっては万々歳の結果だね。
次の日、アタシがギルドに出勤したら、ラピスちゃんは既に来ていた。クリークと同じぐらいの時間に来てギルドの中と外を掃除しててくれたんだって。本当に良い娘が入ってくれたよ。一緒に居たアベルって名前の子が練習台になってくれたみたいだし、登録は教えなくても出来るようになってるし、言う事無しだね。
「それじゃあみんな、今日の仕事を始めるとしよう」
クリークが扉を開けると、待ってましたとばかりに行列を作っていた冒険者達が雪崩れ込んでくる。アタシにとっちゃいつもの光景だけど、初めてのラピスちゃんは面食らったみたいだね。
「ラピスちゃん。登録はあんまり数が多くないから、全部任せて良いかい?」
「はい!」
「良い返事だね。じゃあ頼んだよ。慌てずに落ち着いてやればいいから。解らなくなったらアタシに聞きな」
テキパキと仕事を捌いていく横で、ラピスちゃんは一人一人丁寧に対応してた。冒険者登録をする奴は大体が田舎から出てきたばかりの若い子達だから、緊張で要領を得ない会話になる事が多いんだけど、あの娘は笑顔を浮かべたまま、根気よく付き合ってた。このままなら任せても大丈夫だと思ってしばらく経つと、ラピスちゃんが声をかけてきたんだ。てっきり何かわからない事があったのかと思ったけど違ってた。
「カミーユさん。登録したい人が居なくなったので手伝います。依頼書が持ってこられたら、こっちの書類に記入して、間違いないかプレートを確認すれば良いんですね?」
「あ、ああ……そうだよ」
驚いたね。横でチラッと見てただけなのにもう仕事を覚えてる。物凄く物覚えの良い娘だよ。
「おい姉ちゃん! 報酬が足りなかったぞ! 銀貨二十枚のはずが十八枚しかねぇぞ!」
さっき報酬を受け取ってギルドを出かけた冒険者の一人が戻ってきた途端、いきなりラピスちゃんを怒鳴りつけた。ああ、たまに居るんだこんなのが。依頼書に書かれたとおり正規の報酬を受け取った後に、難癖をつけてギルドから金をむしり取ろうとする奴が。理不尽な要求な上に、強面の冒険者に凄まれるもんだから、筆記で雇った一般人の女の子はこれが嫌で辞めていく事が多いんだ。駆け寄って助けてやりたかったけど、生憎アタシも他の冒険者の対応で手が離せない。まだ入ってきたばかりのラピスちゃんが上手く処理するのも難しい――と思ったアタシの予想は見事に外れた。
「わかりました。ではプレートを拝見します。それと受け取った報酬を出してください。依頼内容の記録と照らし合わせますから」
「さっきそっちの女から受け取ったんだよ! そっちで調べりゃ良いだろ!」
「プレートと報酬を出してください。確認できなければ支払いようがありません」
「何だとこの!? 俺が嘘を言ってるってのか!?」
唾を飛ばして怒鳴り散らす冒険者と対照的に、ラピスちゃんは涼しい顔だ。凄いね。少しも動揺した様子が無いよ。見かけによらず肝が据わってる娘だ。
「嘘かどうかを調べるためにも、今言ったものを提出してもらわないと困ります」
「良いから早く差額を出しやがれ! ギルドのミスだろうが!」
駄目だ。全く話が通じてない。いや、これはあれだね。ワザと通じてないフリをして、勢いで何とかしてやろうって魂胆だ。ちょっと待ってなラピスちゃん。今こっちの仕事が終わったから、すぐにその不届き者をとっちめてやるから。アタシが腕まくりして二人の会話に割って入ろうとした時、アタシの体にとんでもない重圧がのしかかった。これは……冒険者なら誰もが経験してる感覚――殺気だ。背中に氷柱を突っ込まれたような強烈な殺気。アタシが現役の時、いくつものパーティーでやっと討伐した強力な魔物でも、ここまでの殺気は放ってなかった。体中から冷や汗が勝手に吹き出てくる。金縛りにあったように身動き出来ない中、唯一自由になる視線だけ動かしてみたら、ギルドに居合わせた他の冒険者も似たような感じで固まってた。そして全員が恐怖に引きつった顔で一点を凝視してる。その先には、やっぱりと言うか、予想通りって言うか、ラピスちゃんの姿があった。
「おかしいな? 俺の言葉が聞こえてないみたいですから、もう一度言いますね。プレートと、受け取った報酬を出してください。あれ? 聞こえてませんか?」
可愛らしい笑顔のままで周りの人間が凍り付くような殺気を放たないでおくれ! 彼女に難癖つけてた冒険者なんか、立ったまま気絶してるじゃないか! クリーク! あんた、とんでもない娘を雇ってくれたね!
「あれ? なんか寝ちゃってますね。疲れてたのかな? カミーユさん、この人邪魔になるんで、そっちの隅に運んでおきますね」
「え? あ……うん」
そう言うと、ラピスちゃんから放たれてた殺気が消えて無くなった。アタシや他の冒険者達は、思わず、はぁー……と、盛大にため息を吐いちまったよ。ラピスちゃんは気絶したままの冒険者を片手でひょいと掴み上げて、まるで魔物と遭遇したように慌てて彼女から離れていく冒険者連中なんか気にもとめないで部屋の隅に行くと、そこに抱えてた冒険者をぞんざいに投げ捨てた。ああ、ありゃ起きてから体が痛くなるパターンだ。間違いない。
「みなさんお騒がせしました。手続きを再開しますのでどうぞこちらに」
ニッコリ笑う彼女の前に、すぐ並ぼうとする度胸のある冒険者は居ないみたいだ。当然だね。そこそこ腕の立つ冒険者なら、今のやり取りだけで彼女がどれだけ強いかわかったはず。下手に怒らせたらさっきの男みたいに捻り潰されるかも知れないからね。でもアタシの予想はまた外れた。誰もが遠慮する彼女の前に、一人の少年が立ったんだ。
「あの、これ! この依頼を受けたいんですが!」
その少年の顔には見覚えがあった。今朝出勤してきた時に、クリークがラピスちゃんの練習に付き合わせてた新人冒険者だ。ちょっと顔に怯えが見えるけど、逃げ出す素振りは少しも見せない。こっちも見かけによらず度胸があるね。
「アベル君……はい、それじゃあプレートと依頼書を見せてください」
アベルって名前の少年が差し出したのは、初心者向けに常に張り出されてる薬草採取の依頼だ。駆け出しの冒険者はああ言った依頼を数多くこなしながら装備を調えて、討伐依頼を少しずつこなしていくのが基本的な流れになっているのさ。アタシも若い娘の時はよくやったもんだね。
依頼書の処理は初めてのラピスちゃんは、少し戸惑ってたけどカウンターの中から確認用の依頼書の束を取り出して、アベルの差し出した依頼書と照らし合わせ始めた。依頼書には依頼者の名前と住所、それと依頼料と依頼内容が書かれているから、受付はそれに間違いは無いかを確認して、何か不備や罰則があれば事前に冒険者へ伝えなきゃならない。
まぁ薬草採取の依頼はギルドが出しているものだし、罰則も無いし、間違えようが無いんだけど。
「……確認できました。ではアベル君、初依頼頑張ってください。期限は特にないので慎重に。危なくなったら逃げるのも選択肢の内ですよ」
「ありがとう! 俺、頑張ってくるよ!」
受け取った依頼書を畳んで懐にしまいながら、アベルは顔を赤くしてた。可愛い女の子に励まされたら、あの年頃の男の子じゃ舞い上がっちまうだろうね。しかも相手はラピスちゃんだ。やる気になるってもんさ。遠巻きに見ていた冒険者達も、アベルとのやり取りを見て危険は無いと判断したのか、次第にラピスちゃんの前に並び始めた。やれやれ、一悶着あったけど、この調子なら上手くいきそうだね。
§ § §
ある程度人も捌けたんで、ギルドの受け付けは昼休憩に入った。いくらギルドが休み無しだからって、アタシ達まで休み無しで働けるはずが無いからね。一日一回、一時間の食事休憩が唯一心の安まる時間だよ。アタシはラピスちゃんを連れてギルドの二階にある会議室に入った。ここは本来会議室なんだけど、滅多に使われる事が無いから、普段はこうやって職員の休憩室代わりにされてる。中には先に休憩に入ってた事務の連中が届けられた食事を食べてて、部屋に入ってきたアタシ達を見ると手を上げた。
「よう! カミーユとラピスちゃんじゃないか! こっちに来なよ」
そう言って手を振っているのは事務方で一番お調子者のケビンだ。アイツは可愛い女の子に目が無い奴だから、ラピスちゃんにちょっかいでもかけようってんだろうね。でもまぁ、緊張気味なこの娘にはちょうど良いフォロー役か。この娘ならたとえ手を出されても自力で何とか出来ると思うし。
「じゃあお邪魔します」
「どうぞどうぞ! あ、これギルドが取り寄せてる食事だから遠慮しないで良いぜ。代金はギルド持ちだし」
「そうなんですか? 昼ご飯の事考えてなかったから助かります」
他のギルドはどうだか知らないけど、このギルドに限っては、ギルドマスターのクリークがギルド持ちで昼飯を提供してるんだ。ギルドの職員は色んな事情を抱えてる者が多いから、自分で昼飯を用意するのが難しい奴が何人も居る。そんな連中が仕事以外でなるべく煩わされないようにって配慮らしい。アタシは自炊しても良いんだけど、クリークの好意に甘えさせてもらってる。一日一食浮くだけでも家計が大助かりだからね。
最初は戸惑ってたラピスちゃんだけど、テーブルに並べられたパンや串焼きを手に取る内に、緊張も解けてきたみたいだった。事務方の連中は期待の新人に興味津々らしくて、さっきから質問攻めだ。
「ラピスちゃんは、どこの出身なんだ?」
「大陸の端の方です。田舎過ぎて誰も知らないと思いますよ」
「剣と魔法の両方使えるんだって?」
「一応は。最近は実戦から遠のいてるんで、勘が鈍ってるかも知れませんけど」
絶対嘘だ。熟練の冒険者を殺気だけで気絶させる娘が、勘が鈍ってるなんて事ないだろう――と言いたかったけど、黙っておく事にした。その後も食べに来たのか話に来たのか解らない調子だったけど、ケビンの放った一言にラピスちゃんが固まっちまった。
「ところで、ラピスちゃんはなんで自分の事を俺って言うんだ? なんか男の子みたいだな」
指摘されるまで気がつかなかったのか、ラピスちゃんが珍しく動揺してる。アタシもそれは妙だなとは思ってたんだ。ラピスちゃんは食事に伸ばしかけた手を途中で飲み物へ変更して、水で口の中の食べ物を胃の中に流し込んだ。
「……田舎だったんで、男女問わず俺って言いますよ? 俺の祖母も自分の事『俺』って言ってましたし」
かなり苦しい言い訳だと思うよ。でも……これは……そうか、あれだ。アタシも子供の時、近所の男の子達に憧れて自分の事を俺って言ってた時期が合ったよ。きっとラピスちゃんはこの年になっても男の子に憧れたままなんだろうね。こんなに可愛いのに勿体ない。アタシは急にこの娘が愛おしくなって、その肩を優しく抱きしめた。
「な、なんですかカミーユさん?」
「良いんだよ。誰にでもそそんな時期があるんだから。恥ずかしい事じゃないんだ」
「……なんか凄く勘違いされてるみたいですけど……」
「良いって事さ! ラピスちゃんの気の済むまでそのままで良いんだよ!」
しきりに首をかしげるラピスちゃんが面白かったけど、残念ながら休憩時間も終わりが来た。アタシ達は一階に戻って受け付けが再開される。殺到する冒険者を次々捌いていき、気がつけば夕方近くになってた。そろそろ今日の仕事も終わりだと思った時、入り口から傷ついた一人の冒険者が入ってきたんだ。
依頼からそのまま帰ってきたような格好は酷いもんだ。誰の物だか解らない血の跡や魔物の体液、そしてボロボロにされた立派な鎧。剣も鞘を無くしてるらしく、抜き身のまま背中に縛り付けられてた。彼を見た冒険者達は息をのみ、目線を下げて沈痛な表情になった。アタシも態度にこそ出さないけど彼等と同じ気持ちだ。長い事こんな仕事をしてるとわかる。あれは依頼を失敗して、仲間を失った者特有の雰囲気。自分一人だけ生き残って、絶望に捕らわれた人間の顔だ。
男は頼りない足取りでヒョコ、ヒョコと、一歩ずつ近づいてくる。あまり目も見えていないのか、カウンターの横にある柱にぶつかりそうになった。
「そっちじゃありませんよ。受付はこっちです」
いつの間に動いたのか、気がついたらラピスちゃんが男の横に立っていた。彼女は傷ついた男の手を取って、受け付けまで誘導していく。そして自分の座っていた椅子に男を座らせて、安心させるような優しい声色で事情を聞き始めたんだ。
「……何があったか話せますか?」
「……仲間が……」
それだけ言うと、男は顔を伏せて肩をふるわせ始めた。俯いた顔から涙の雫がぽたりぽたりといくつも落ちる。……気の毒だね。でも、ここじゃ珍しい光景じゃ無い。冒険者は危険と隣り合わせの仕事だ。この男は一人だけ生き残ったみたいだけど、受けた依頼によっちゃ、全員骨も残らなかった――なんて事が珍しくない。一人残っただけでもマシなんだよね。
見てたら解るけど、ラピスちゃんは鋭い娘だ。男に何があったのかぐらい、とっくにご存じなんだろう。彼女は辛抱強く男が落ち着くのを待って、自分から話し始めてくれるまで話そうとしない。下手な同情や慰めは、相手の神経を逆なですると解ってるんだろうね。
「……すまない」
「いえ。気にしないでください」
落ち着きを取り戻した男は、涙を拭いながら自分達のパーティーに何があったのかを語り始めた。やはりと言うか、予想通り、彼のパーティーは魔物との戦いで壊滅したようだった。依頼で指定された魔物の討伐自体は成功したけど、その帰り道、自分達より遙かに格上の魔物が奇襲を仕掛けてきたらしい。最初は戦おうとし男達は、一撃で仲間の体が細切れになった瞬間、全員が逃げ出したそうだ。自分も必死になって逃げ続けて、命からがらここまで辿り着いたらしい。
「……逃げる途中に仲間の悲鳴が聞こえたんだ。助けてくれ。俺を置いていかないでくれって……俺は恐ろしくて……自分が逃げるのに精一杯で……俺は、俺は卑怯者だ! 自分だけ助かりたくて仲間を見殺しにしたんだ!」
「それは違います」
激高する男をラピスちゃんの静かな声が落ち着かせる。……アタシは何も言わず、彼女がこの事態をどう処理するのか静かに見守る事にした。これから彼女がギルドで働いていくなら、こんな場面は一度や二度じゃなく起こるんだ。今の内に慣れておいた方が良い。
「貴方の仲間は、一人逃げた貴方を責めるような人達なんですか? 貴方が助かった事を恨みに思うような人達なんですか?」
「違う! 絶対そんな奴等じゃない!」
真っ赤な顔で、殺気すら纏わせて激高する男に、ラピスちゃんは静かに語りかける。
「なら、貴方が助かった事をきっと喜んでくれるはずです。一人だけでも逃げ切れて良かったって。そうじゃありませんか?」
彼女の言葉に、男は歯を食いしばると黙って上を見上げた。肩が小さく震えている。亡くした仲間の事を思い出しているんだろうか。彼の胸中は誰にも解らない。やがて落ち着きを取り戻したのか、男は憑きものが取れたような、穏やかな顔になっていた。
「……お嬢さんの言うとおりだ。あいつ等ならきっとそう言ってくれるだろうな。……取り乱してすまなかった。手続きをお願いしても良いかい?」
「もちろんです」
仲間が死のうが依頼は依頼。成功なら報酬を払い、失敗すれば契約通りに罰則を与える。それがギルドの掟だ。男は懐からプレートと依頼書を、そして背負った革袋から魔物の部位を取りだしてラピスちゃんに差し出した。彼女は何も言わずに受け取って、淡々と作業を進めていく。
「……依頼完了です。こちらは報酬の金貨十枚、お受け取りください」
「ありがとうお嬢さん」
ラピスちゃんが差し出した報酬を、男は大事そうに懐にしまい込んだ。仲間と一緒に得た、最後の報酬を。
「あの」
立ち去りかけた男にラピスちゃんが声をかける。今にも消え入りそうな男の背中に、彼女はソッと手を添えた。
「……なんだい?」
「俺が言えた義理じゃないんですけど、頑張って」
瞬間――ラピスちゃんの手が発光して男の傷が綺麗さっぱり無くなった。あまりの光景に男やアタシ、他の冒険者達も度肝を抜かれる。今のは間違いなく回復魔法だ。徳を積んだ神官が使える癒やしの奇跡。並の神官なら長い詠唱を必要とするはずの回復魔法を、一瞬で、しかも無詠唱で発動させるなんて、桁外れに凄い魔力だよ。
「こ、これは……」
「せめてものお手伝いです。次会う時は、是非元気な姿を見せてください」
彼女の励ましに、驚いていた男の顔がフッと緩む。あの穏やかな顔が、彼本来のものなんだろうね。
「ありがとう。約束するよ。きっと立ち直って、またここに来る。その時は君に手続きをお願いしよう」
「待ってます」
手を振ってギルドを後にする男を見送りながら、アタシはラピスちゃんにだけ聞こえる声音で話しかけた。
「ラピスちゃん、今日一日ギルドの仕事を体験してどうだった?」
彼女は少し考え込むと、晴れやかな顔でこう言った。
「難しいですね。でも、とてもやりがいのある仕事です。カミーユさん、これからもよろしくお願いします」
「もちろんさ! 明日からも期待してるからねラピスちゃん」
「はい!」
可愛くておっかない、アタシの妙な後輩の一日はこうして終わりを告げた。これから先色々あるだろうけど、彼女なら乗り越えられる。アタシは心の奥底で、そう確信していた。
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