第9話 贈り物
ギルドで働き始めてから一ヶ月が過ぎた。カミーユさんやミランダさんのフォローもあって、俺は何とか毎日仕事をこなせている。ミランダさんはシエルと同じぐらいの年齢で、赤い髪と引き締まった細身の体が魅力的な女性だ。そして彼女は短剣で戦うのが得意な冒険者でもある。元がつかないのは何故かと言うと、彼女はまだ現役で、子育て期間だけギルドで働いているからだそうだ。あと二、三年もしたら現役に復帰して、親子で各地を冒険するのが夢なんだとか。そんな生き方もあるんだって教えられて、色々な人が居て面白いなと思った。
「ラピスちゃん、今日は給料日だよ。何か買う予定はあるのかい?」
「そうですね……。まずは世話になってるシエルやカリンに贈り物をして、残りは貯金です。自分の部屋も借りたいし」
カミーユさんの問いかけに俺はそう答えた。働き始めてから知ったんだけど、ギルドの給料はこの街の平均より随分高いらしい。確か……一般的な下働きの倍近く貰えるんだとか。何でだろうと思ったいたらミランダさんが理由を教えてくれた。
血の気の多い冒険者に関わって、精神的にも体力的にも過酷な仕事だから、これぐらい払わないと誰も続かないから――と言うのが理由だった。なるほど、最近は滅多に無いけど、働き出して一週間か二週間は俺も凄まれる事が多かった。普通の人ならあれは確かに怖いかも知れない。
そんなわけで、俺は思ったより早くシエルの部屋から出て行く事になりそうだった。彼女はいつまでも居てくれて良いと言ってくれるけど、流石に居候のまま一生ってのは考えてない。今は良いけど、彼女だって将来いい人が見つかるだろうし、そんな時、邪魔者になりたくないからな。
家賃と食費を払うとシエルに言ったら、いらないと突っぱねられたので、何とか説得して食費だけは受け取って貰える事になった。つまり食費以外は自由に使えるって事だから、貯金に回しても何の問題もない。ここの給料なら三ヶ月も働けば安い部屋を借りられるはずだ。でもその前に、初給料は世話になってる二人のために使いたい――と言っても、ずっと一人で暮らしてた俺には、二人が喜びそうな物が見当もつかない。ここは色々と経験豊富な先輩達に聞いてみよう。
「あの……俺、贈り物とかした事がないんで、何か良い店知りませんか?」
「なら昼の休憩に雑貨屋を回ってみる? 女の子が喜びそうな物が沢山ある店を知ってるよ。連れてってあげる」
「本当ですか? 是非お願いします!」
ミランダさんならシエル達と歳も近いし、きっと良い贈り物を選んでくれるはずだ。これで一安心だとホッとする俺を、何故かミランダさんは複雑な表情で見つめていた。
「どうしたんですか?」
「いえその……ラピスちゃんなら男から贈り物とか山ほどもらってそうだったのに、全然そんな感じじゃなかったから……意外だなって。人から沢山もらってると何となくわかりそうだからね」
ああ、そう言う事か。確かにこの外見なら男から色々誘いを受けてもおかしくない。働き始めの時は何度か声をかけられたりしたけど、その度に無言で睨み付けてやったら、仕事以外で近づいてくる男は居なくなったし。
「田舎暮らしですからね。回りは年寄りばかりだし、若い人はすぐ出ていくしで、そんな経験ないんですよ」
「勿体ない。私が男だったら絶対口説くのに」
ケラケラと笑うミランダさん。もちろん今のは作り話だ。俺の回りには年寄りはおろか人間自体が居なかったからな。
「じゃあ昼休みお願いしますね」
「任せといてよ! きっと二人が気に入る物を選んでみせるから」
胸を叩いて自信ありげなミランダさん。彼女に任せておけば大丈夫だろう……たぶん。
§ § §
昼飯を早めに食べ終わった俺達は、早速ミランダさんの案内でいくつかの雑貨屋を回る事にした。一口に雑貨屋と言っても種類が豊富で、日用品を主に扱う店から小さな装飾品を扱う店まで様々だ。そんな中で俺が連れられていったのは、女の子向けの商品を多く扱っている店だった。
「いらっしゃいませ」
入り口で扉を開けてくれた店員が、そう言って笑顔で挨拶してくる。会釈を返して中に入ると、昼時だというのに多くの女の子達が商品を手に取って、ああでもないこうでもないと楽しく品定めしている。まだそんな空気になじめない俺が躊躇していると、ミランダさんは俺の手を取り、女の子達の集団に突撃していった。
「ラピスちゃん、これなんかどう? シエルの髪に似合いそうじゃない? こっちはカリンにピッタリだと思う」
「ええと……」
髪飾りとかブレスレットとか色々手渡されるけど、正直言ってあまり違いがわからない。どれもこれも似たような形をしているように見えるんだけど……。でもせっかく選んで貰ったんだし、ミランダさんのセンスを信じて自分でも色々と観察してみた。俺と違って回りの女の子達は自分の髪や体に色々とつけてきゃいきゃいと騒いでいる。あれは贈り物じゃなくて自分が買うためなんだろうな。手に取った商品をシエルとカリンが身に着けている所を想像してみたけど、二人がこの子達と同じように喜んでいる姿が浮かんでこなかった。
「なんかピンときてないみたいね。じゃあ次は服でも見てみる? 装飾品より値は張るけど、その分喜んで貰えると思うよ」
「そうですね。じゃあそっちに行きましょう」
休憩時間は短い。急いで選ばないと買う時間がなくなってしまう。急ぎ足で次の店に入ると、そこでもさっきと同じような光景が展開されていた。二度目ともなると今更怯んだりはしない。遠慮なく女の子達をかき分けていくミランダさんに必死で食らいつき、普段着の並ぶコーナーに到着した。ミランダさんは素早く商品を物色して、次々と俺の前に並べていく。その手際の良さには感心させられた。
「さあラピスちゃん、こっちがカリン向け。こっちがシエル向けの服よ。選んでちょうだい」
それぞれ五着ずつぐらいかな? 俺は一つ一つ手に取って目の前で広げてみせる。カリンは短髪で茶色い髪と目をしているから、同系統の色はやめておいた方が良いだろうな。なら暗い色じゃなくて明るい色――白系統が良いかもしれない。シエルは長くて綺麗な桃色の髪が特徴的だし、ハッキリ色が浮き出る黒系統が良いと思う。魔法使いだしね。
結局悩みに悩んで俺が選んだのは、カリンに白いワンピース。シエルには黒地に白い縁取りのされたチュニックだった。二つとも二人の外見にピッタリだし、普段着使いするならちょうど良い服なので、これなら喜んで貰えると思う。会計を済ませた商品を鞄の中にしまい込み、ミランダさんに向けてぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。ミランダさんのおかげですよ。俺一人じゃ選べなかったし」
「良かったわねラピスちゃん」
散々付き合わせたミランダさんに礼を言い、帰りに果実のジュースを奢ってみたら、思ったより喜んでくれた。また改めて礼をしないとな。夕方になり、仕事の終わった俺はいつものようにシエルの家に向かわず、慣れ親しんだ食堂へと足を向けた。今日は俺の給料日だから、彼女達に食事を奢る約束をしていたんだ。
食事時だけあって店を出入りする人は多い。何人かすれ違い様に人の事を遠慮なく見てくるけど、全部無視して中に入ると、店の一番奥にあるテーブルで、二人がエールをちびちびやっているのが見えた。
「ラピスちゃん!」
「こっちこっち!」
店の喧噪に負けないように二人が大声で俺を呼ぶ。手を振ってそれに答えながらテーブルに着くと、給仕のリオが注文を取りに来てくれた。
「いらっしゃいラピスちゃん。今日は何にする?」
「今日は給料日だからね。このコメール牛のステーキを三人前頼むよ」
「奮発したわね~。わかったわ! 美味しく作ってくれるように父さんに頼んでおくね」
コメール牛と言うのは、食用に交配を重ねて作り出した牛で、その肉は目玉が飛び出るような値段で取り引きされる事が多いらしい。その肉で作ったステーキなんだから、この大衆食堂でもそれなりに値段が張る。カリンとシエルが少し心配そうな顔になってたけど、俺は何でもないと言う風に二人に笑いかけた。
「大丈夫なのラピスちゃん? コメール牛って」
「無理してない?」
「大丈夫だよ。ギルドの給料が良いのは二人も知ってるだろ? 滅多にある事じゃ無いし、他に使い道も無いし、こんな時ぐらいお金を使わないとな。それより今日二人はどこに行ってたんだ? 近場の依頼だったんだろ?」
「ああ、そうそう。聞いてよラピスちゃん。カリンってば、私が止めるのも聞かずに魔物に突っ込んじゃって――」
「ちょっとシエル! それ内緒にするって約束でしょ!」
ギルドで受付をしていると二人の手続きをする事もあるけど、生憎今日の二人はミランダさんが手続きを終わらせていたから、俺は詳しい内容を知らない。どこに行ってどんな魔物を討伐したのか、二人が面白おかしく話すのを笑いながら聞いていると、リオが人数分のステーキをテーブルに持ってきてくれた。
「お待ちどおさま。絶品コメール牛のステーキよ。味わって食べてね」
「うわぁ! 私初めて食べるかも!」
「そんなの私もよ。全然縁がなかったしね」
長くこの食堂に通っている二人でも、このメニューは食べた事がないらしい。奢り甲斐があるってもんだな。
「二人とも、感心してないで冷めないうちに食べよう」
「そうね。いただきます!」
「いただきます。わあ……凄く柔らかい」
フォークを突き立てた途端、肉汁が中からあふれ出してきた。今まで食べた肉には見られなかった現象だ。それだけこの肉が上質ってことなんだろうな。ゴクリと喉を鳴らしながらナイフで切り込みを入れてみると、シエルの言うとおり、大した抵抗もなく切り分ける事が出来た。少し興奮に震えそうになる手に持ったフォークで肉を一切れ串刺しにして、ゆっくりと口に運んだ瞬間、今まで食べた事のない味が口の中に広がった。
「う……うま――!」
「美味しい! 何これ!」
「今までこれを食べなかったなんて、私は人生を損してたわ」
三者三様に驚きながら次々と肉を口に運んでいく。追加で頼んだエールで喉を潤しながら、残った肉をパンに挟んだり野菜に挟んで食べたりと、様々な楽しみ方をしてみた。美味い食事はそれだけで人を幸せにしてくれる。肉を食べ尽くし、みんなが上機嫌で寛いでいた時、俺は昼間の事を思い出して鞄から買ったばかりの服を引っ張り出した。そして首をかしげる二人に、それぞれ服を手渡していく。
「ラピスちゃん?」
「これは?」
「それは、いつもお世話になってる二人に対する贈り物。お礼だよ。初給料だから二人には何かを送りたかったんだ」
驚いた二人は何度か手の中の服に目をやると、感激したように飛びついてきた。
「うわ!?」
「ラピスちゃん!」
「あなたって娘は本当にもう! なんて良い娘なの!」
目に涙を浮かべた二人にもみくちゃにされる。興奮した二人に体中叩かれたり、髪の毛が無茶苦茶になるまで撫で回されたりしたけど、不思議と嫌な感じがしない。むしろ嬉しい。今までになかった感覚に柄にも無く戸惑っていた。
「よ、喜んで貰えてなりよりだよ。今度の休みはそれを着て、三人で遊びに行こうか」
「そうね! 是非そうしましょう!」
「楽しみね! その時は思いっきりお洒落しないと!」
二人がこんなに喜んでくれるなんて嬉しい誤算だ。今度の休みはどこに行こう? 頭の中で考えるだけでも楽しくなってくる。街に出て一月とちょっと。このまま何事も無く幸せに暮らしていければ良いなと、俺は心の底からそう願った。
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