第7話 初出勤
早朝。まだ外が白み始めて夜が明けきっていない時間。俺は隣で寝息を立てているシエルを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、彼女の家にあった桶を借りる。来たばかりなので井戸が何処にあるのかは知らないけど、俺には魔法があるので特に問題は無い。指先から生み出した水を桶いっぱいに張り、ついでに氷をいくつか追加して冷水にしてから、パシャパシャと顔を洗った。
顔面が引きつるような冷たさに少しだけ残っていた眠気が吹き飛ぶ。昨日買ったばかりのタオルで顔を拭って着替えを済ませ、シエルの家に一つだけあった手鏡で身だしなみを整えた。
「よし!」
変な寝癖や目やになどはついてない。昨日のうちに顔合わせは終わっているけど、出勤初日だから変なところは見せられない。同僚や訪れる冒険者達に侮られないようにしないとな。
「うーん……ラピス……ちゃん? もう起きたの?」
眠い目をこすりながら身を起こしたシエル。薄い肌着が寝崩れて胸元が露出しそうになっていたので、慌てて視線を逸らした。女に変わってから随分経ってるのに、こんなところは男のままなんだなと、我ながら変なところで感心する。まったく、目に毒だ。
「おはようシエル」
「おはよう……。そっか、初日だもんね。気合いも入るか」
苦笑気味に身を起こしたシエルはベッドから降りると、顔を洗って食事の用意をし始めた。と言っても自炊じゃない。昨日買っておいたパンとスープを魔法の炎で温め直すだけだ。彼女のような冒険者は長期間家を空ける事が珍しくない。なので家で食料を保管していると、腐って食べられなくなるか、最悪虫が湧くまで放置される事になる。だから食事は基本的に買い食いか、前日の買い置きになる。
「知恵の神ウィダムよ、今日の恵みに感謝します」
「いただきます」
今シエルが祈りを捧げたのは知恵の神ウィダムだ。彼女のように日々の祈りを捧げていると、時々神から恩恵を与えられる事があるそうだ。なのでこの世界の人々は大体が何かの神を信仰している事が多い。
神――この世界には他にも正義と光を司る神リュミエル、戦いを司る戦の神ゲール、生命の誕生を司る豊穣の神ファルティラ、取り引きや契約を司る商売の神トレド、技術の向上や伝承を司る匠の神アーティー、闇と破壊を司る神ダムエルが存在する。
人によって信仰している神はそれぞれだけど、どの神を信仰しようと基本自由……のはずだ。三百年前、魔王が信仰していた神がダムエルだったので、ダムエルを信仰していると表だって言えば俺の時代なら迫害されていた。でも今が同じとも限らない。その辺は周囲の反応を見ながら、徐々に調べていけば良い。
俺は特にどの神も信仰してないけど、神々からの恩恵は常に受けている。その影響が常人離れした筋力だったり、全属性の魔法だったり、一度覚えたらなかなか忘れない記憶力だったり、勘で判断すると大体正解していたりと、人が聞けば羨ましがるような状態だ。まぁ、それぐらいでないと勇者なんてやってられないんだけど……。
シエルは魔法使いだけあって知恵の神ウィダムを信仰しているんだろう。一般的なウィダムの恩恵は、魔力の増加、記憶力の向上ぐらいのはず。神官でも無い限り効果は僅かだろうけど、無いよりはあった方が良いに決まってる。
食事を終えた後は歯磨きだ。小さな木の先端に、豚の背中から取れる毛を集めて縛ったもので歯を磨いていく。三百年経ってもここは変化がないらしい。磨き終わったら何度か水で口をゆすぎ、口の中にある不純物を外へ放出する。俺はこのささやかな爽快感が好きだ。
そうこうしていると太陽がさっきより高い位置に移動していた。それぞれの職場に向かう人々が家を出て、そろそろ外も騒がしくなってきた頃だ。
「じゃあシエル、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいラピスちゃん。頑張ってね」
見えなくなるまで手を振っていたシエルに手を振り替えし、一人大通りをギルドに向けて歩いて行く。数多く並ぶ商店では見習いの子供が忙しく動き回り、店の品出しや清掃に一生懸命だ。俺も負けていられないな。
ギルドの前に到着すると、早朝から仕事を求める冒険者や、依頼を報告するために戻ってきた冒険者、そして素材を買い取ってもらうために魔物の死体を抱えた冒険者などが列を作って受付が始まるのを待っていた。そんな彼等の横を通り過ぎ、中に足を踏み入れると、ちょうど来ていたらしいギルドマスターのクリークと目が合った。
「おはようございますギルドマスター」
「おはようラピス君。予定の時間より少し早いね。感心感心」
キョロキョロと辺りを見回してみたけど、まだ他の職員の姿がない。どうやら早く来すぎたみたいだ。
「本当ならこの時間帯に全員集まってるはずなんだけどね。うちの職員は集まりが悪くてな。連日の激務で疲れが溜まっているから大目に見てるんだが……」
なんか……随分時間にルーズな連中みたいだな。でも、だからといって俺が他の職員同様遅れてくるわけにはいかない。居場所を確保するためにも真面目に働かなくちゃな。
「では早速で悪いが準備を手伝ってくれ。なに、やる事は簡単だ。中と外の掃除、それから補充が必要な部材の追加を頼む。掃除道具はそっちの奥、部材の在庫はあっちの倉庫にあるし、棚には品名を書いてあるからわかるはずだ。何かあったらまた声を掛けるように」
「わかりました」
さあ、いよいよ本番だ。俺は改めて気を引き締め、早速掃除道具を片手に内部の掃除を始めた。多くの冒険者が連日押しかけるのが原因なのか、ギルドの中は結構汚れが酷い。土埃は勿論、魔物の死体から滴り落ちた血液や、誰かが落としたらしい食べかすまで放置されている。公共の場所を無神経に汚す連中の神経を疑いたくなりつつ、俺はそれらを拾い集めた後、隅から隅まで箒で掃き掃除を終わらせた。
次にやるのは部材の追加だ。カウンターの裏側にある各種書類や、何に使うのかわからない謎物質で出来たプレート、そしてインクやペンの先が主な追加用品だった。つまりこれは一日の内に頻繁に使われる物なんだろう。
中の仕事が終わったら今度は外の掃除だ。列を作る冒険者達が遠慮無く眺めてくれるけど、それは全部無視して掃除を始める。ギルドの前をある程度掃き終えたのでついでに周囲も掃除しておくか――と思ったその時、人相の悪い二人組の冒険者が俺の前に立ちはだかった。
「……何か?」
「姉ちゃん見ない顔だな。新人か?」
一瞬絡んできただけかと思ったけど、どうも新顔が気になっただけのようだ。やっぱり見た目で判断しちゃいけないな。
「今日からですよ。ラピスと言います。よろしく」
職員になったからには言葉遣いも気をつけなくては。誰にでもため口じゃ流石にマズいだろうし。
「ギルドの職員なんかしてても大して儲からないだろ? 俺達と付き合えば良い暮らしをさせてやれるぜ? 今からちょっと付き合わないか?」
……前言撤回。やっぱり見た目と中身はリンクしてるらしい。いきなり人の職業を貶めるなんてろくな奴じゃ無いぞ。
「遠慮しておくよ。これから仕事だし」
「そう言うなって。な? 良い事してやるから」
「酒でも付き合えよ」
馴れ馴れしく肩に手を回され思わずカチンとくる。体に触られた事より、シエル達に買ってもらった服を汚い手で汚されたのが頭にきたんだ。一瞬痛めつけてやろうかと思ったけど、ここで暴れたら初日でいきなり首になるかも知れないし、とにかく我慢しないと……。なるべく穏便に事を収めようと心がけながら、感情を出さないように自制心を総動員して、諭すように説得を試みる。
「あの……触るのは止めて貰えませんか? あなた方に付き合うつもりなんか無いんで」
「……あのさ。優しく言ってる内に大人しく言う事聞いとけよ」
「俺達を誰だと思ってんだ? 俺達のクラスは
お前等が誰かなんて俺が知るわけ無いだろう――と怒鳴りそうになるのを必死で堪える。肩に回された手に力がこもり、こちらの首を絞めるような動きに変わった。流石にここまでされて黙っている訳にもいかないので、その手を捻り上げようと掴みかけたその時、一人の冒険者が列の中から飛び出した。
「や、止めろよお前等! 嫌がってるじゃないか!」
その冒険者は、まだ少年と言って良い外見だった。幼さの残る顔は眉がつり上がって、口が真一文字に引き締まっている。意志の強そうな目は狼藉を働く二人組の冒険者を睨み付け、買ったばかりに見える皮鎧や腰に差した剣は、他人の物のようにちぐはぐな印象を受けた。
飛び出したまでは良いものの、怯えているのか、少年の体は細かく震えている。無理もない。二人組と比べるまでもなく、この少年は戦い慣れしているようには見えない。たぶん駆け出しか、下手をするとまだ登録も済んでいない見習い同然の可能性もある。二人組は一瞬呆気にとられたようだけど、顔を合わせてニヤリと笑うと、大股で少年の方に近寄っていった。
「何だって? 聞こえなかったからもう一回言ってくれるか?」
「……止めろよ。彼女、嫌がってるだろ」
「はあ!? 何!? 聞こえない!」
「ぎゃはは!」
不快な笑い声が神経に障る。可哀想に、少年はすっかり怯えてしまっている。それを解ってあの二人組は威嚇しているんだ。もう我慢ならない。締め上げてやる。こんな連中を放っておいたら精神衛生上良くないし、何より冒険者の狼藉を見逃したらギルドの沽券に関わる。ギルドマスターには後で謝っておこう。俺はズンズンと勢いよく近寄って、二人組の一人に手を伸ばした。
「何だ姉ちゃん? 俺達と付き合う気に――いでででで!?」
「なんだ!?」
腕を掴んで背中に回り、そのまま関節を決めて捻り上げる。男は痛みのあまりエビのように体を反らせたが、構わずそのまま地面に引き倒した。
「お前! 何やってんだ!」
もう一人が掴みかかってきた腕を、逆に掴み返してそのまま片手で投げ飛ばす。男は回転しながら飛んでいき、ギルドの壁に激突すると、気絶でもしたのかそのまま動かなくなった。一瞬の出来事で、周囲の人間は全て唖然とした表情を浮かべている。俺を助けようとした少年や、腕を捻り上げられている男も同様に。すると騒ぎを聞きつけたのか、中で準備をしているはずのクリークが飛び出してきた。
「どうした!? 何があった!?」
「えーと……」
……この状況、どう説明したらいいんだ? ギルドの前には伸びた男が一人と、俺が取り押さえているのが一人と、今日初出勤の新人だ。そして最後に立ったまま呆然としている少年が一人。ひょっとしたら俺がいきなり暴れ始めたと誤解されかねない。上手い言い訳を考えられずに口をパクパクさせていると、クリークが何かを察したのか、倒れた男を肩に担ぎながらチラリとこちらに目を向けた。
「事情を聞こう。そこの少年とラピス君は中へ。ああ、その男も連れてきなさい」
よかった。一方的に悪者にされる事態だけは回避できたみたいだ。抵抗する男を無理矢理引き摺りながら中に入ると、クリークは無造作に男を床に寝転がせた。クリークがこちらを一瞥して頷いたので、俺は捕まえていた男の腕を放す。すると男は慌てて飛び退き、自分の腕をさすり始めた。
「つぅ……可愛い顔して無茶苦茶しやがるな姉ちゃん」
「文句は後で聞こう。まずは事情聴取からだ。ラピス君。何があったのか話してくれ」
クリークの目つきが鋭くなっている。嘘をついたら許さないと言わんばかりだ。俺はなるべく私情を入れず、第三者的な目線でさっき起こった一連の出来事を説明していった。途中何度か男が口を挟もうとしたけど、その度にクリークが睨んで黙らせていた。そしてクリークは少年と男にも同様の質問を繰り返す。少年の言い分は俺とほぼ同じだった――が、男の言い分はまるで真逆。困っていそうだったから声を掛けたのに、いきなり俺が暴力を振るってきた事にされていた。挙げ句少年は俺の仲間だそうだ。まだ名前も知らない相手が仲間扱いなんて色々無理があるだろうに。そこまで頭が回らないのかな。
「……なるほど、事情は大体把握した」
「ならコイツらを早く処罰しろ! ギルドはよくこんな暴力女を雇ってるな!」
身勝手な言い分に再び怒りが湧いてくる。自分が処罰されるなんて欠片も考えていない言動だ。でもここは俺が口を出す場面じゃない。沈黙する俺の前でクリークはスッと男に手を差し出して、静かに、迫力のある声でこう言った。
「処罰するのは君等の方だ。本来なら衛兵を呼んで連行してもらうところだが、今回だけは厳重注意で勘弁しよう。冒険者プレートを出したまえ」
「な、何でだよ!? 最初に暴力を振るったのはその女だぞ!」
「いや、先に彼女の体に触ったのは君だ。なので正当防衛が認められる。こっちの少年の証言もあるしな。どちらが嘘をついているかは明白だ。さあ、大人しくプレートを出しなさい」
男は悔しそうに歯を食いしばりながら、懐から一枚のプレートをクリークに差し出した。初めて見るそのプレートは鈍くて艶のある光沢をしている。男がさっき口走っていた鉄アイアンと言うのは、このプレートが関係しているんだろう。
それにしても、さっきまであんなに騒いでいたのに急に大人しくなったな。何か理由があるのか?
クリークは男からプレートと受け取ると、今度は伸びたままの男の懐からもプレートを取りだし、カウンターにある紙に何かを書き写し始めた。そして男に持っていたプレートを差し出す。
「名前は記録しておいた。次に何かあれば今度は本当に制裁を加える事になるから注意する事だ。もう行って良いぞ」
「ちっ!」
舌打ちしつつ、男は仲間を担いでよろよろとギルドから出ていった。やれやれ、なんとか一件落着か。思わずホッと息が漏れたら、クリークは苦笑しつつ俺を見た。
「初日から災難だったなラピス君」
「いえその……何事も無くて安心しました」
「ギルドの職員としては正解な対応だ。冒険者の中には今のように力で他者を言いなりにしようとする不届き者もいるからな。本来なら発見次第捕らえなければならないが、ああいった連中は悪知恵だけは働くから、強い職員の前では大人しい。今回は君の強さを知らずに絡んだのが運の尽きだった」
そう言って肩を竦めるクリーク。なるほど、外見だけなら弱そうだもんな、俺。
「それよりそっちの君。君はなかなか見所がある。格上相手にも向かっていくその正義感は得がたいものだよ」
「ど、どうも……」
クリークに褒められて少年が照れている。そう、俺もこの少年の行動には感心していた。あの時冒険者は沢山居たけど、誰一人助けに入ろうとしなかった。実力的には確実にこの少年より上回っているはずなのに。面倒事を避けたのか、助ける価値もないと思われたのかはわからないけど、あの場で一番正しい行動をしたのは間違いなくこの少年だ。
「ところで君は新人のようだが、今日はどんな要件でギルドに?」
そう言われて少年はハッとした。まさか……目的を忘れてたんじゃ……?
「あの! 俺、冒険者になりたくて田舎から出てきたんです! 一生懸命働いて貯めた金で装備を調えて、後はギルドに登録するだけだったんですけど……この騒ぎがあったんで」
「ああ、なるほど。ならちょうど良い。ラピス君。実地も兼ねて、この少年の手続きをやってみなさい。私が教えるから」
「は、はい!」
いきなりだな。でも外の冒険者が雪崩れ込んできて混雑で焦りながら教わるより、俺達三人以外誰も居ない静かなギルドで仕事を教えて貰えるのはありがたい。
クリークは俺と少年の二人を手招きしながらカウンターに移ると、一枚の紙と一本の針、そして何も書かれていない青銅のプレートと、見事な輝きを放つオーブを取りだした。
「ギルドマスター、これは?」
「この紙は少年の氏名と年齢、性別と種族を控えるのに必要な物。こっちの針は血を採取するための物。そしてこの青銅のプレートはこれから名前を彫り上げるための物。そして最後は、新たに得た情報を各地のギルドと共有するために必要なオーブだ。まずはやってみようか」
そう言って、クリークはペンを片手にインクの蓋を開けた。そしてそれをこちらに押し付けてくる。
「これから登録するために必要な情報を、君が少年から聞き出して記録するんだ。内容は名前、年齢、性別、種族の四つ。他は必要ない」
「わかりました」
初仕事に手が震える。深呼吸して気持ちを落ち着けた後、俺は少年が話しやすいように、笑顔を心がけながら問いかけた。
「まず、あなたの名前を聞かせてください」
「は、はい! えっと、名前はアベル。歳は十七で、男です。人間です!」
……全部質問する前に答えられてしまった。話を聞いてたから当然か。苦笑しつつそんなやり取りを見ていたクリークは、今度は針を少年に差し出してくる。反射的にそれを受け取ったアベルは困惑の表情を浮かべた。
「えっと……?」
「これで君の指を刺して血を一滴プレートに垂らしてくれ。ああ、指が嫌なら腕でも足でも構わないぞ。血が採れれば文句はないからな」
「じゃあ……指で」
躊躇なく指に針を刺したアベル。俺が慌てて差し出したプレートの上に、アベルの指から滴った血が落ち、淡い光を放ち始めた。どう言う仕組みなのか、プレートには今俺が書き留めたばかりのアベルの情報が浮かび上がってくる。やがて光が収まると、そこにはアベルの情報が書き込まれた青銅のプレートが出来上がっていた。
「ラピス君。今度はそっちのオーブに手を添えるんだ」
言われるままにオーブを触った次の瞬間、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。びっくりして手を離しそうになった時、クリークの鋭い声が響く。
「そのまま! ……慌てなくて良い。それは情報を共有するためのオーブだから、今まで登録した冒険者の情報と繋がっただけだ。ラピス君は今できたばかりのプレートを手に持って、頭の中で内容を読み上げるだけで良い。以前登録していた者が別名義などで不正を働こうとしたらこの時点でバレるし、何も無ければ登録は完了する。血の中には様々な情報が含まれていて、それはこの世に二つと無いものだそうだ。詳しくはこのシステムを作り上げたソルシエール様しか解らないがね」
やっぱりこれはソルシエールの奴が作ったものか。にしても、頭の中で読み上げる……か。俺は手に持ったプレートを眺めつつ、アベルの情報を黙読していく。すると不思議な事に、俺が繋がっているオーブを通して、何かに情報が書き込まれた感覚があった。今のが情報の登録なんだろう。便利な物があるんだな。
「よし、これで手続きは終了だ。アベル君。これで君も今日から冒険者の仲間入りだ。歓迎するよ」
「ありがとうございます!」
差し出されたプレートを受け取って、アベルはニコリと笑った。心の底から嬉しそうだ。なんだか微笑ましい。
「冒険者の禁止事項は簡単だ。法を犯すような真似さえしなければ良い。悪事や不正を働いたりするとギルドから罰があるから注意する事。最初は注意、次は警告、それでも改善されなければ身分の剥奪。最悪の場合は討伐命令が出る事もある。ギルドの活動は各国が公式に認めているから、正式な依頼や討伐の際はたとえ殺人でも許可される。つまり実際に殺される事もあると言う事だ。十分注意するように」
「……わかりました」
アベルの喉がゴクリと鳴った。緊張してるみたいだけど、アベルなら大丈夫だと思う。この子が不正を働くのは想像出来ないし。
「これが冒険者登録の流れだ。簡単だったろう?」
「はい。これなら何とかなりそうです」
もっと難しいと思ってたからな。手続きが簡単なのは、やる側としたらありがたい。そうこうしていると入り口から何人か入ってくるのが見えた。カミーユや他の職員が出勤してきたみたいだ。
「おや、ラピスちゃんとギルドマスターじゃないか。何をしてるんだい?」
「なに、実地で登録をしてもらってただけだよ」
「そうなのかい? ラピスちゃんは随分仕事熱心なんだね」
気持ちの良い笑い声を上げるカミーユ。彼女が来たって事は、もうそろそろ開店時間なんだろう。俺の予感は当たっていたらしく、クリークは俺の肩をポンと叩いた。
「さあ、ラピス君。いよいよ本番だ。君は受け付けでカミーユの仕事を観察してくれ。そして出来そうな仕事は自分から声を掛けて受けるように。良いね?」
「わかりました」
「良い返事だ。それじゃみんな、今日の仕事を始めるとしよう」
クリークが扉を開けると、外に並んでいた冒険者達が続々と中に入ってくる。そんな人波に若干気後れしつつ、俺は気合いを入れ直した。
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