第4話 飛行魔法

カリンと言う名の冒険者と別れてから、俺の生活は以前のように落ち着きを取り戻していた。畑を耕し、農作物を収穫し、獣を狩って肉を食べ、皮を加工して身の回りのものを作る質素な生活だ。若い頃は寂しさを感じて何度か人里に戻りたいと思った事もあったけど、何十年も独りで過ごす内にそんな気持ちは綺麗に消えて無くなっていた。この山の中なら工夫次第で何でも手に入るし、水や炎などは魔法でどうとでもなるし、独りで困らないと言うのも大きな理由だ。




そんな俺が久しぶりに出会ったのがカリンだ。喜怒哀楽の感情がハッキリと見える彼女は、ここ何十年か会話すらしてなかった俺にとって、とても刺激の強い人間だった。それは眠っていた寂しさと言う感情を思い出させる事になり、この数日は落ち着かない気分で過ごしていたんだけど、それも一月ほどで元に戻ってくれた。




「やれやれ……」




単調な日々は退屈だけど心に余裕を持たせる。済んだ水面のように落ち着いた気分で過ごしていると、まるで自分が木にでもなったみたいだ。いつか気が変わって人里に降りたくなる時があるかも知れないけど、それは当分先の事だろうな――と思っていた俺の元に、再びカリンがやって来た。しかも今度は別の人間を連れて。




「お久しぶりですラピスさん! これお土産です!」




高級な包装がされている酒瓶らしきものを受け取りながら、俺は自分の眉間に皺が寄っている事を自覚していた。




「……何しに来たの?」




俺の表情に若干引きつった愛想笑いを浮かべていたカリンは、めげる事無く後ろに居た女の背中を押す。すると緊張で顔を強ばらせた女は、大きな帽子を乗せた頭を勢いよく下げてきた。




「初めまして! 私、冒険者をやってるシエルと言います! 今日はラピスさんにお願いがあってやって来ました!」




つばの大きな帽子にゆったりとしたローブ。そして手に持った大きな杖。このシエルという女、見た目通りの魔法使いなんだろう。そんな彼女が世捨て人みたいな生活をしている俺に一体何の用があるのか? 何故かこのまま追い返した方が面倒が無くて良いような感じがしたけど、流石に遠い距離を、手土産まで持って尋ねてきた相手を追い返すのは気が引ける。




「……なんだかよくわからないけど、とりあえず中に入りなよ。お茶くらい出すから」


「お邪魔しまーす!」


「お邪魔します」




カリンは元気よく、シエルは少し遠慮気味に中に入ってきた。小屋と言っても俺が一人で生活するために建てたものだし、広さは宿屋の一室より少し広い程度しかない。家具も極端に少なく、テーブルと椅子が二つにベッドが一つあるだけだ。見ず知らずの女の子をベッドに座らせるのもどうかと思ったので、二人に椅子を勧めた俺は、お茶を入れた後ベッドに腰掛けた。




「それで、お願いって言うのは?」


「はい。あの……不躾なのは十分承知しているんですが、私に飛行魔法を教えていただけないでしょうか?」


「…………」




なんか面倒な事を言い出したな。狙いが解らず少し首を捻る。するとカリンが何やら悶えていたようだけど、無視だ無視。




「飛行魔法を教えて欲しい?」


「そうです。このカリンから、貴女が飛行魔法で空を飛んでいたと聞きました。是非それを私に教えてくださいませんか?」




飛行魔法――言わずと知れた空を飛ぶための魔法だ。日常生活は勿論、戦闘でも活躍できる使い勝手の良い魔法で、俺が現役の頃はほとんどの魔法使い達が当たり前のよう使っていた。なんでそんな魔法を、こんな山奥に住んでいる俺に今更習いたいのか、さっぱり理解出来ない。




「わざわざこんな所まで来なくても、その辺に居る腕の良い魔道士に教えてもらえば良いんじゃないの? 君にもお師匠さんぐらいいるんでしょ?」




俺の言葉に、何故かカリンとシエルは唖然としたような表情になった。




「その辺に居るって……。あの、ラピスさん。私が知る限り、ラピスさん以外に飛行魔法を使える人を見た事ありません」


「そうですよ! 王国の宮廷魔道士でも使える人は居ないと思います」


「……嘘だろ?」




あれだけ普及してた魔法がそんなに廃れていたなんて、一体この三百年の間に何が起きたんだ? 魔王が倒れたから攻撃魔法が発達しなくなったとしても不思議じゃない。けど、飛行魔法なんて日常で使う便利魔法だ。そんなのがどうやったら無くなるんだ? あまりにも世間に関わらなすぎて、空白の三百年に何が起こったのか想像もつかない。




「えーと……俺、山奥暮らしが長くてさ、外で何が起こってるのかよく知らないんだ。悪いけど、ここ数百年の歴史を教えてくれないかな?」


「良いですよ。じゃあ、私が知る限りの歴史を話しますね」




自分の得意分野になったからか、シエルが少し嬉しそうに胸を張る。豊かな膨らみを直視するのがはばかられたので少し視線を逸らし、彼女の話に耳を傾けると、彼女の口から驚くべき内容が語られた。




三百年前、古の勇者――つまり俺が魔王を倒し、人類と魔物の生存を掛けた大戦は終結した。そして勇者パーティーは勇者を除いてそれぞれが重要な役職に就き、勇者のみが忽然と姿を消した。残ったパーティーメンバーは冒険者ギルドなど、後の世に残る重要な組織の雛形を作った。うん。ここまでは俺が知っている歴史だ。




その後の数十年間世界は平和になったけど、今度は人同士が争う戦争が起きた。最初は二国間の争いだったのに気がつけば戦域はどんどん拡大して、気がつくと世界規模での争いになっていたそうだ。その間地図から消えた国や新しく現れた国があり、その争いは百年ほど続いたと言う。この間の事を戦乱期とか百年戦争とか呼ぶそうだ。自分が必死で戦って救った世界なのに、今度は人同士が殺し合う結果を知らされて、俺は密かにため息を吐いた。まったく……何をやってるんだか。これじゃ俺は何のために……。暗い気分になりかけたのを、頭を振る事で振り払う。




その後は小競り合いがおきつつも大きな戦争はなく、世界は今の形に落ち着いたらしい。そうは言っても平和的な併合や滅亡などがあったので、ずっと同じ形じゃなかったみたいだけど。




「これが今の地図です」




シエルが懐から出してくれた地図をテーブルに広げてくれる。興味を抑えきれずに身を乗り出すようにのぞき込むと、そこには俺の脳内と全く違う形の地図が書かれていた。まず知ってる国がない。海岸や山の形も変わっているらしく、細部が違って見えた。三百年も経つと陸地の形まで変わるのか?




「今はこんな事になってたのか。随分様変わりしたな……」


「ほぼ百年以上この形なんですけど……。ラピスさんは一体何歳なんですか?」




額に一筋の汗が垂れるシエル。マズい。口が滑った。




「そんな事より! 魔法が廃れた原因って言うのは――」


「お察しの通り、戦争が原因です。優秀な魔法使いは一人で戦局を左右できる貴重な存在。彼等は前線で引っ張りだこになった挙げ句、次々と倒れていきました。後世に貴重な魔法や技術を伝える事無く」




沈痛そうな表情で俯くシエル。魔法使いである彼女にとって貴重な魔法が失われた事は、カリンなど普通の戦士に比べると深刻さが全然違うんだろう。




「そんな事があったのか……」


「はい。ですからお願いです! 私に飛行魔法を教えてください! 私は少しでも昔の魔法を復活させたいんです!」


「…………」




頭を下げるシエルからは、彼女が本当に魔法を復活させたいんだと言う真剣さが伝わってくる。どうしようか……? 心情的には助けてやりたい気もするけど、俺が魔法を教える事によって、余計な争いの火種にならないかが心配だった。でも、せっかくこんな所まで来たんだし、ただ追い返すのも可哀想だ。いつの間にか引き受ける気になっている自分に気がつき呆れてしまう。……やっぱり俺は、頼られたら断れない性格なんだな。




「わかった。そこまで言うなら教えるよ」


「あ……ありがとうございます!」


「良かったねシエル!」




抱き合って喜ぶ二人を見ながら苦笑が浮かぶ。俺にとっては大したことの無い魔法でも、彼女にとってはかけがえのないものなんだな。本当に嬉しそうにしているシエルを見ていると、なんだかこちらまで嬉しくなってくる。




「じゃあ早速……と言いたいところだけど、見たところシエルの魔力はまだまだ少ないね。飛行の魔法を使うと結構大量に魔力を消費するから、今教えてもろくに飛べずに終わると思う」


「え……」




天国から地獄に落とされたように一気に絶望的な顔になるシエル。横に居るカリンはあわあわと慌てるだけで、どうやって彼女を慰めて良いか見当もつかないみたいだ。




「慌てなくて良い。しばらく俺が稽古をつけるから、魔力に関しちゃ心配いらないよ。ただ、結構辛い修行になると思うから覚悟しておいてくれ」


「は、はい……」


「ついでにカリンも稽古をつけてやるよ。ただ見てるだけじゃ退屈だろうし」


「ええぇ!?」




驚く二人にニコリと微笑む。まるで変化のなかった生活に久しぶりの刺激なんだ。二人には悪いけど、せいぜい良い暇つぶしになってもらおう。二人の怯えたような表情が少し気になったけど、俺は密かに決心していた。




§ § §




翌日から始まった訓練は色々と新鮮だった。三百年以上生きているくせに、なにせ人にものを教えると言う経験が皆無だったものだから、全てが手探りの状態だった。




自分基準で筋トレをさせてみたら、ろくに回数をこなせずにぶっ倒れるし、魔法を使うために肺活量を鍛えさせようと水の中に沈めてみれば、そのまま沈んで危うく溺死しそうになっていた。希望とやる気に満ちた目が、後悔と絶望に彩られるまで、それほど時間がかからなかった。




「鬼だ……」


「可愛い顔して……ラピスちゃんは悪魔の化身よ……」


「酷い言い草だな。こっちは善意で鍛えてやってるのに」




連日の訓練で二人はボロボロになっている。身につけていた装備はあっという間に壊れたし、剣の類いは刃こぼれして鈍器と変わらなくなっている。それとは逆に、二人の体は目に見えて変わってきていた。無駄な肉がそぎ落とされた体は引き締まり、まるで野生動物のようになっている。目つきも鋭く変化して、俺に対する敬意とか遠慮がきれいさっぱり無くなっていた。おかげで今はラピスちゃんとか呼ばれている。これも新鮮な体験だった。




二人が修行を始めてからどれぐらい経ったろう? 一ヶ月は確実に過ぎているけど、二ヶ月には至らないぐらいか。今の基準は知らないけど、昔の新兵程度の実力はついてきたと思う。




「これで良い?」


「そうそう。そうやって魔力を上手く体内で循環させるんだ。大分上達したじゃないか」


「そりゃあね。起きてる時は勿論、寝てる時も魔力の循環を心がけろって言われて続けてきたんだから、上手くなって当然でしょ?」




シエルの魔力は最初に比べて倍以上に増えている。彼女はもともと素質があったけど、今まで生ぬるい戦闘しか経験してなかったみたいだから、使われずに眠っていた部分を目覚めさせてやったんだ。すると全体的な魔力の増量に加えて、魔力のコントロールも別人のように上手くなっていた。同じ魔法でも使い手によって威力は変わってくる。たとえば、今のシエルが炎の魔法を使ったら、恐らく鉄でも溶かす威力があるに違いない。以前の彼女なら鉄を赤くするのがせいぜいだっただろう。




「さあラピスちゃん! もう一本!」




カリンも剣の腕がかなり上がっていた。彼女はシエルと違って魔法を使うための修行が必要ない。なので最初からずっと、俺と実戦形式の試合を続けていた。実戦形式だから当然怪我をする。拳を叩き込まれれば骨折もするし、剣で切りつけられたらスッパリと体が切れて血が吹き出る。でも問題ない。俺の魔法であっという間に治せるからだ。最初は怪我をする度に大騒ぎしていたカリンでも、今は骨折したぐらいじゃ声も上げなくなっている。俺の剣に合わせる事も出来なかったのに、今じゃ辛うじて一撃だけ受け止められるようになっていた。




「よーし、じゃあそろそろ修行は終わりにしようか」




突然の終了宣言に二人がポカンと口を開けている。期限とか区切らず始めたし、終わりも唐突過ぎたかな。




「え……?」


「終わり?」


「うん。終わり。もう二人ともかなり強くなってるよ。シエルは飛行魔法に耐えられる魔力量があるし、カリンは一人でもこの辺りの魔物を狩れる実力がついてる。と言うわけで卒業試験をしよう」




試験という言葉を聞いた途端、二人が物凄く嫌そうな顔になった。自分の基準ではぬるい訓練でも死にそうになってた二人だ。それが試験になったら今まで以上に厳しくなるとでも思っているに違いない。俺はそんな二人を安心させるようにニッコリと微笑んだ。




「心配しなくて良いよ。試験は簡単なやつだから。まずシエル。今から飛行魔法を教えるから、空中に浮くのを明日の朝まで維持するんだ。そしてカリン。君は周囲の魔物を二十匹狩ってこい。種類は何でも良い。こっちも明日の朝までが期限だ」




今は日が昇って数時間経った頃だ。と言う事は、シエルはほぼ二十四時間宙に浮き続けなくてはならない事になる。魔力は勿論、気力や体力、何よりも集中力が要求される試験内容だ。ただ魔物を狩ってくれば良いカリンと違い、シエルの試験はかなり過酷な内容だと思う。




「明日の朝って……」


「シエル、大丈夫?」




心配そうにするカリンに、シエルは青ざめた顔で力なく笑って見せた。




「大丈夫よ。ここまで修行した成果を見せてあげるわ。カリンも魔物の討伐しっかりね」


「……うん。じゃあ行くね。なるべく早く戻ってくるから」




抱擁を交わした後、カリンは刃こぼれした剣を片手に飛び出していった。今のカリンなら一人で放っておいても大丈夫だ。それより今はやるべき事をやってしまおう。




「シエル。覚悟は良いか?」


「もちろん。いつでも良いわよ」


「よし。じゃあ教えるぞ。飛行魔法と言うのは――」




飛行魔法を簡単に言うなら、自分の体の中にある魔力を体外に放出して、重力などの物理的干渉を無くす事で空を飛ぶ魔法だ。この魔力を外に出すと言う方法は色々と応用が利くので、昔は魔法使いだけでなく、数多くの戦士も使っていた。当然俺も使える。カリンの使っている安い剣でドラゴンの首を落としたのも、これを応用した技を使ったからだ。




説明を聞いたシエルは真剣な表情のまま、覚えたての詠唱を小声で繰り返していた。そしてキッと視線を前に向けると、全身に魔力を巡らせながら堂々とした口調で飛行魔法を唱えていく。




「――世界の根源たる魔力よ! 我を重力の楔から解き放ち、大いなる翼を与えたまえ!」




次の瞬間、シエルの体はふわりと浮き上がったかと思うと、凄い勢いで上空にすっ飛んでいった。




「きゃああああぁぁ!?」


「シエル!」




慌てて追いかけ、パニックになっているシエルの横に並びながら、彼女を落ち着かせるために必死で呼びかける。ビュウビュウと耳元で風が鳴っている。それに負けないように、俺は大声を張り上げた。




「落ち着け! 落ち着いて魔力を制御するんだ! 流れている魔力量を絞れば自然と速度も落ちるし高度も下がる!」


「わ、わかったわ!」




このやり取りをしている間に、眼下にある俺達の小屋は豆粒ぐらいの大きさになっていた。予想以上の速度に俺の顔が引きつる。思っていたよりシエルと飛行魔法の相性が良かったみたいだ。落ち着きを取り戻したシエルの上昇は次第にゆっくりになっていったかと思うと完全に停止し、今度はゆっくりと降下し始めた。良かった。このまま上昇し続けたらマジでやばかったからな。




「そう……そのままゆっくり……」




シエルは俺の声に応えず、ずっと意識を集中しているようだ。その真剣な様子に、知らずに笑みがこぼれた。俺がこんな風に何かに打ち込んだのって、一体何百年前だろう。新しい事に挑戦出来るシエルが少し羨ましかった。




§ § §




「ただいま……あっ! シエル!」




ボロボロになって帰ってきたカリンが、宙に浮いたままのシエルに駆け寄ろうとしたのを慌てて止め、静かにするように唇に人差し指を当てた。カリンは目標の魔物二十匹を上手く狩れたようで、証拠になる部位を山のように担いできていた。カリンの性格で数を誤魔化すような姑息な嘘をつくと思えないから、わざわざ確認する必要もない。




「凄い。シエル、本当に浮いてる」


「まだまだ先は長いからな。カリンは疲れてるだろうし、先に寝てて良いぞ」


「ううん。私も付き合うよ。何も出来ないけど側で応援ぐらいしたいしね」




睡眠は当然として、食事を摂る事も出来ないシエルに付き合うように、カリンはすぐ側に座ると黙って彼女を見つめていた。何時間経っても、腹の虫がなっても、疲れで眠気が襲ってきても。朝までシエルを見守り続けた。




長い長い、一分が十倍にも二十倍にも感じられる時間は過ぎ、ようやく東の空が明るくなり始めていた。夜の寒さで冷え切った体を温めるように、柔らかな日差しが俺達を包んでいく。シエルはそろそろ限界が来ているのか、さっきから上下に体が揺れていて高度が安定していない。そんな彼女をカリンは必死になって励ましていた。




「シエル! 頑張って! もう一息だよ!」




声援を受けたシエルは歯を食いしばって高度を維持しようと少し上昇した。しかしそれが限界だったんだろう。糸が切れたようにいきなり落下したシエルの体を、走り込んだ俺が慌てて受け止める。




「シエル……!」


「大丈夫。寝てるだけだ」




腕の中のシエルは静かに寝息を立てていた。その表情は困難を乗り越えたように誇らしく、自信に満ちあふれているように見えた。




§ § §




「と言うわけで、二人とも合格だ。よくやったな」


「やったああぁぁ!」


「いよっしゃー!」




合格を告げられた二人は女の子らしくない雄叫びを上げながら喜びを爆発させている。その様子に少し引いたけど、この際目をつむろう。シエルが限界を超えて倒れてから、彼女は丸一日眠り続けた。それは別に珍しい事じゃなく、魔力枯渇に陥った魔法使いによく見られる現象だ。次の日、飛び起きたシエルは試験の失敗を心配していたみたいだったけど、とりあえず先に飯を食わせて落ち着かせ、そして今試験の結果を伝えたわけだ。




てっきり失敗していると思っていたシエルの興奮はかなりのもので、拳を突き上げながら飛び跳ねるという謎の動作を繰り返している。カリンはカリンで床を転げ回ると言う奇妙な方法で喜びを表していた。




「えーと、そろそろ良いかな?」




ひとしきり喜んだ二人は流石に落ち着きを取り戻したらしく、恥ずかしそうに居住まいを正すと何事も無かったように席に着く。いやいや、そんなんで誤魔化されないから。




「これでシエルも目標である飛行魔法を手に入れた事だし、二人がここにいる理由はなくなったわけだ」


「あっ……」




今更それに気がついたように二人はハッとする。約二ヶ月も厳しい修行を耐え抜いたんだから、後は街に戻ってそれぞれが活躍し、俺は俺でいつもの静かな生活に戻るだけだと思っていたのに、カリン達は予想外な事を言い出した。




「それなんだけど……ラピスちゃん! 良かったら私達と一緒に街に行かない!?」


「は……?」




俺がこの山から下りる? 考えてもいなかった提案に柄にも無く動揺してしまう。なんで二人はそんな事言うんだ? 俺がそんなにみすぼらしい生活をしているように見えたんだろうか?




「自分じゃ気づいてないと思うけど、ラピスちゃん、時々寂しそうな顔をしてる時があるの。それは大体私達が街で体験した楽しい事とかの話をしてる時だった」


「何か理由わけがあってここに住んでるのはなんとなく解るよ。でも、特別な理由りゆうがなければ、私達と一緒に行こうよ。きっと楽しいから」




寂しそうにしていた……? 俺が? そうなんだろうか? この三百年、ここで暮らし始めてから、退屈だと思う事はあっても寂しいと感じる事はなかった。それはやっぱり、多くの人に邪魔者扱いされ事を引き摺っていて、人と接触するのが怖かったからだ。それでも、自分が気がつかない内に人との接触を求めていたんだろうか?




「駄目……かな? 私達、ラピスちゃんをこんな寂しいところに一人でいさせたくないの」「お願い! 私達を助けると思って! 嫌になったらすぐ戻っても良いから!」




なんでそこまでして、二人が俺の世話を焼こうとしているのかがわからない。でも、二人が俺を心配しているのだけは伝わってきた。人に心配されたのっていつ以来だろ? 力がありすぎるから、一緒に戦った仲間ですら心配する対象だったしな。なんか、それがむず痒くて、少し喜んでいる自分に今更ながら驚いていた。




「そう……だな。じゃあ、お言葉に甘えて一緒に行くよ」


「本当!? 良かった!」


「やったね! ラピスちゃん、世話になったお礼に色々と見せてあげるからね! 退屈はさせないから!」




ひょっとすると、また嫌になってすぐここに戻ってくるかも知れないけど、久しぶりに人里に降りてみるのも悪くない。退屈なだけの生活に良い刺激を与えてくれるはずだ。三百年経った世界の姿がどうなっているのか、この目で確かめてみようじゃないか。俺を抱きしめて喜ぶ二人に苦笑しながら、密かに心躍らせていた。

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