第5話 職探し
――シエル視点
街への移動は速かった。覚えばかりの飛行魔法は陸地を進む何倍もの速さで移動できるから、正にあっという間に到着してしまった。でも、私は全開でスピードを出していたのに、カリンを抱えたままのラピスちゃんが余裕の表情で着いて来たのにはちょっと傷ついたけど……。
ラピスちゃんは家をそのままにして出てきたけど、特に気にした様子もなかった。畑はまた耕せば良いし、家畜も飼っていないから特に問題ないんだとか。貴重品も特にないみたいで、持ち出したのは何枚かのかなり古い貨幣だけだった。
古すぎて今は使えないって伝えたらショックを受けてたっけ。
「お、お前達……今、空を飛んでこなかったか……?」
街の正門で顔なじみになっている兵士が、空から降りてきた私達を見て驚いていた。ふふん。やっぱり誰も使えない魔法を自分だけが使っているってのは気分が良いわね。――と、いけないいけない。そんな事よりラピスちゃんを案内しなきゃ。
「とっておきの魔法ってとこね。それより中に入りたいんだけど」
「ああ……。そうだった」
人頭税は一人当たり銅貨一枚だ。私は懐から人数分の銅貨を取りだして兵士に渡し、街の中へ足を踏み入れた。
「わあ……」
後ろを着いて来ているラピスちゃんが控えめに驚いている。修行中は特に感情を表す事のなかったあの娘が驚いているのを見て、私の方が驚いていた。それにしても、改めて見ると本当に可愛い。そこら辺を歩いている女の子達じゃまるで勝負にならないレベルの美形よね。屋台のおっちゃんは口をポカンと開けて彼女の事を見ているし、道行く人達が何度も振り返りながら通り過ぎていく。私はこの娘と知り合いなんだと自慢したい誘惑に駆られた。
私達がまず向かったのは宿屋だ。と言っても泊まるのが目的じゃなくて、食事をするために寄っただけ。山の中では獣の肉とか山菜とか、まるで猟師みたいな食生活を送っていたラピスちゃんに、ご馳走を振る舞ってあげたかったからだ。
『金の麦亭』と言う名の宿屋は、一階が食堂、二階が宿屋になっているごく一般的な宿屋だ。安い割には美味しい食事を提供してくれる冒険者に人気の宿だけあって、ここの一階はいつも客でいっぱいになっている。食器と食器の当たる音、人の話し声、厨房とやり取りする給仕の大声、いつもならかなりにぎやかなんだけど、今日だけは様子が違っていた。私とカリンが中に入った時はチラリと視線を向けられるだけで済んだんだけど、ラピスちゃんが中に入ってきた途端食堂の喧噪が一気に静まりかえったからだ。自分が何か変な事をしたんじゃないかと戸惑っている彼女の仕草に、屈強な冒険者が何人も悶絶しているのが見える。……気持ちはわかるけど、ちょっとキモいわね。
勝手知ったる何とやらで、私達は店の一角にある空いていた席に腰掛けた。するとすぐ、奥から水の入ったコップを三つ持った給仕が私達の方に向かってくる。
「いらっしゃいシエル、カリン。今日は可愛いお連れさんがいるんだね」
「まあね。今日の日替わりは何?」
「今日は魚の揚げ物。人数分で良い?」
「ええ。それと、食後にデザートを三つ頼むわ」
彼女は給仕のリオ。この宿の亭主である親父さんの一人娘であり、看板娘でもある女の子だ。歳は私と同じ二十二。茶色い髪をポニーテールにして、白いエプロンがトレードマークの元気の良い娘だ。察しの良い彼女は、普段デザートなど滅多に頼まない私が注文した事で、この席がどんなものなのか理解してくれたんだろう。ウインクを一つ残して厨房へ向かってくれた。
「……久しぶりに街に来たけど、なんか随分様変わりしてるな……」
ラピスちゃんは物珍しそうに当たりをキョロキョロしている。安宿だから特に珍しいものはないはずなんだけど、ずっと山奥暮らしならそれも無理ないか。
「前はいつ街に来たの?」
なんとなくを装った私の質問に一瞬言いよどんだ後、彼女は続ける。
「……かなり昔だよ。正確な年月は覚えてないかな」
やっぱり――もしかしてと思ってたけど、疑惑が確信に変わった。この娘は歳を誤魔化してる。それも一年や二年とか短い間隔じゃなくて、何十年単位で。でも……なんで? 外見が若いままで実年齢がとんでもない種族なんて、多くはないけど珍しくない。エルフとかドワーフとか。彼等ほどではないけど、獣人やリザードマン達も人間に比べると寿命は長い。ラピスちゃんの外見はそのどれにも該当していない。誤魔化す理由はその辺にあるのかな? とっても気になるけど、まだ秘密を喋ってくれるほど仲良くなれていないからね。自重しないと。
運ばれてきた料理はどれも量が多かったけど、ラピスちゃんは目の色を変えながら食べていた。追加で色々注文した分は、ほとんど彼女一人で食べてしまった。あの小さな体のどこにそんな量が入るのか不思議でしょうがない。最後に出てきたデザートを口にした時は、今までに無いぐらい喜んでいて、こっちまで嬉しくなった。本当、見てるだけで飽きない娘だ。
「もうお腹いっぱい。ありがとう二人とも。ご馳走してくれて」
「これぐらいじゃ少しもお返しになってないけどね。それよりラピスちゃん、今後どうするかについて相談なんだけど」
彼女を待ちに引っ張り出したのは良いけど、流石に一人で放っておく訳にはいかない。しばらくは私の家で面倒を見るからいいとしても、彼女がいつまでも居候の身分で良しとするとも思えない。きっと自立したがるだろうから、私とカリンはラピスちゃんが定住できる家を探して、何か収入を得る手段を見つけるのが役目だと思ってる。
「ラピスちゃんはどんな仕事がしたい?」
「うーん……特に希望はないかな。て言うか、今はどんな仕事があるのかわからないから、何が向いているのか見当もつかないんだ」
「そっか。じゃあ発想を変えて、出来る事に合う仕事を探そうよ」
彼女は超一流の魔法使いだけど、剣の腕も同じぐらいとんでもないとカリンから聞いてる。
この目で見たわけじゃないけど、ドラゴンを一撃で倒すとか言ってたっけ……。
「俺が出来る事かぁ……。えーと、余程特殊な物じゃ無い限り武器は一通り使えるし、魔法は全属性の攻撃魔法と、回復魔法、それから状態異常回復も使えるかな。読み書き計算は出来るけど、商人ほど得意じゃない。後は……腕力と体力には自信があるし、力仕事なら出来そうだ」
「…………」
……とんでもない事を言い出したわねこの娘。凄い凄いと思ってたけど、全属性の魔法使いって何よ。そんなの古の勇者パーティーに参加してた、伝説の魔法使いぐらいしか聞いた事無いわ。魔法戦士ってのはたまに居るけど、大抵どっちつかずの実力になっている人ばかりだ。なのにこの娘は……。
「それなら……私達と冒険者でもやってみる? 魔物を倒して素材を買い取ってもらうだけで、かなりの額になるわよ。ラピスちゃんの強さなら余裕だろうし」
実際、彼女にはそれが一番向いている仕事だと思う。彼女の能力ならいくらでも士官先は見つかるだろうけど、世間知らずだから妙な派閥争いに巻き込まれないか心配だ。良いように利用される危険がある。それなら冒険者が一番だ――と思ったんだけど、ラピスちゃんの口からは思ってもいない言葉が出てきた。
「冒険者……と言うより、ギルドで出来る仕事は無いかな? たとえば受け付けとか」
変な事言い出したわねこの娘。これだけ強いのに受け付け希望なんて……。確かにずっと同じ場所で動かないから楽そうに見えるけど、あれは見た目以上に酷な仕事だと思う。冒険者は血の気の多い奴ばかりだし、理不尽なクレームとか日常茶飯事だ。この娘がそれに耐えられるの――と、そこまで考えて気がついた。この娘なら、そこいらの冒険者が束になっても敵わない。何か因縁をつけられても実力でねじ伏せるのも可能なはず。なら心配ないのか。
「良いんじゃない? でも、あれは受け付けだけやってるわけじゃないよ? 中で書類仕事とかあるだろうし、それでも良ければ私の伝手を紹介するけど」
「かまわないよ。紹介してくれると助かる」
「なら決まりね。早速この街のギルドに向かいましょうか」
善は急げだ。食事を終えた私達は宿を後にし、街の大通りに面した建物を目指す。そこにあるのは冒険者ギルド。勇者パーティーの一人である女魔法使いソルシエールが作った冒険者ギルドは、三百年をかけて大陸中に根を張るまでになっている。ギルドがあるおかげで、戦う事しか出来ないような血の気の多い連中が日々の収入を得られるようになり、彼等に魔物を討伐させる事によって治安も劇的に良くなった。ソルシエール様々だ。
「あらシエルじゃない。しばらく見なかったけど、何処に行ってたの?」
「ちょっとね。それより、ギルド長に会えるかしら?」
ギルドの中に一歩足を踏み入れた途端、やっぱりここでもみんながラピスちゃんに注目している。いつもは依頼を探す冒険者や報酬をもらいに来た冒険者、そして素材を持ち込む冒険者で大騒ぎになっているのに、みんなが手を止めてラピスちゃんを見つめていた。そんな中、私達は受け付けのあるカウンターへと進み、そこに座っていた女性と挨拶を交わす。彼女はこのギルドにいる受付嬢の一人で、名をカミーユ。確か今年で四十歳になるベテラン受付嬢だ。もともと冒険者をしていた彼女だけど、結婚を機に現役を引退して、子育てしつつ出来る仕事としてギルドの職員を選んだらしい。ギルドは基本的に元冒険者の雇用を優先する傾向があるので、彼女は難なく今の職に就けたけど、ラピスちゃんはどうだろう?
「ギルド長? 居るけど……そっちのお嬢さんが理由?」
「そんなところ。悪いけど取り次ぎお願いね」
「わかった。じゃあ待ってて」
カミーユが奥に消えたので、さっきから興味深そうにキョロキョロしているラピスちゃんに、ギルドの説明をしてあげる事にした。
「色んな人が居るんだな」
「そうね。種族も年齢もバラバラ。でも、ここじゃ誰もが平等に評価される。実力次第で名を上げたり大金を稼いだり、士官先を探す事だって出来るわ」
「へぇ……それは何て言うか……良いな」
どの部分が気に入ったのか解らないけどラピスちゃんは上機嫌だ。掲示板に貼り付けてある依頼書を眺めてどんな依頼があるのか調べたり、素材の買い取り交渉をしてる冒険者を横目で眺めたりと、退屈していない。しばらく時間が経つと、奥から戻ってきたカミーユが私達を手招きしてくれた。
「ギルド長が会うって。奥に行きなよ」
「ありがと。行こうラピスちゃん」
「ああ」
支部とは言え、ギルドの一番上の人間に面会するのに物怖じする様子もない。本当に大したタマだわ。
「ギルド長。シエルです」
「どうぞ。入ってくれ」
「失礼します」
ノックの後、部屋の中から聞こえてきた野太い声に応えて中に入ると、そこには見知った顔の男が事務机で書類仕事をしていた。彼こそがこのギルドのギルド長――クリークだ。五十をちょっと過ぎたぐらいの年齢で、受付を務めているカミーユ同様、若い頃は冒険者として活躍していたらしい。白髪の交じった渋いおっさんで、物腰も穏やか。密かに女性冒険者の人気の高い人だ。
「シエル。君から尋ねてくるとは珍しいな。それにカリンまで。ふむ……そっちの美しいお嬢さん絡みかい?」
「そうなんです。実はギルド長にご相談したい事がありまして……」
「聞こう。まずは掛けなさい」
手振りで席を勧められ、私達三人は大人しく腰掛けた。カリンは緊張気味に、ラピスちゃんは自然体で、事の成り行きを黙って見ている。成り行きで交渉は私が担当する事になってるから、ちょっと気合い入れないとね。
「実は――」
私達とラピスちゃんの出会いから話し始め、紆余曲折あって彼女を街に引っ張り出し、仕事を紹介するためにここを尋ねたと説明すると、クリークは時には驚き、時には感心しながら最後まで話を聞いてくれた。
「なるほど、そういう事情か。確かに人手も足りてないし、手伝ってくれるというならすぐにでも雇いたい」
「じゃあ――!」
喜びかけた私をクリークは手だけで制する。
「ただしだ。ギルドの体面上、元冒険者でもない人間を試験も無しに雇う事は出来ないんだ。冒険者ギルドはあくまでも冒険者を支援するための組織。ラピス君には筆記か実技、どちらかの試験を受けて合格してもらわなければならない」
試験か……。能力的には問題無さそうだけど、手加減とか常識とか、色々とズレてる娘だから少し心配かも。どうするか視線だけで問うと、ラピスちゃんはやる気になっているみたいで頷いた。
「受けます」
「そうか。じゃあどちらの試験を受けるか選んでくれ。内容としては……筆記がギルドの成り立ちから始まる歴史、魔物の知識、一般常識。実技は私と剣で打ち合ってもらう。と言っても別にどちらかが倒れるまでやる必要はない。気の荒い冒険者に絡まれても一人で大丈夫だと私が判断したら合格だ」
「じゃあ……実技で」
「ほほう。大した自身だな。シエルの話が誇張でなかったと期待しているよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるクリーク。これに合格すれば、とりあえず就職先は確保出来るわ! 頑張ってラピスちゃん!
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