幼なじみのいる風景

月波結

幼なじみ

 ミカとユウヤは幼なじみだ。家が隣同士だった。

 ずっと一緒にいたので、高校生になった今もずっと一緒にいる。それはちょっとおかしくないかな、と本当は少しずつ思ってるのだけど、お互いに黙ってても重くならない空気が楽で言い出せずにいる。


 今年の夏は異常な暑さだ。


 ユウヤの部屋にはミカもいた。午前中は美術部で油絵を描いていたミカは、スマホで作業用BGMを聴きながら、丹念にイラストを描いている。2学期に行われる文化祭のパンフのイメージイラストを頼まれたらしい。


「なぁー、ミカ」

「何よ、忙しいんだけど」

 ユウヤの部屋には巨大な本棚があって、それでも本があふれていた。図書委員の彼は、やはり文化祭に本の紹介を書かねばならず、午前中は学校にいた。帰宅途中でミカと一緒になった。


 ……紹介するための新しい本を開いていたがなぜかちっとも頭に入らない。

「オレたちさ」

「ん」

「受験生じゃん? こんなんしてていいのかなー」

「こんなんて、何さ」

 ミカは気に入らない線に、紙が毛羽立たないよう注意深く消しゴムをかけていた。ユウヤはそんなミカをじっと見ていた。

 要するにかまってほしいのかもしれない。だけど言えない。今まで、そうしてきたから。


「オタク」

「はいはい、オタクですよ。日本文化、バンザイ」

 そんなことが言いたいわけではなかった。ミカの鉛筆の滑る音が、エアコンの動作音とともに部屋を満たしていく。いつまでも聞いていたいような心地の良い音と、空間。


「こっち向けよ」……そんな簡単なことがどうして言えないんだろう。今を壊すのが、自分はそんなに怖いのだろうか? それでも。動かなければ今のままでいつまでもいられるわけがない。


「ミカ」

「何よ、オタクになんの用なのよ」

 ミカは再三、ユウヤが声をかけてくることに苛立っていた。もう少しでいいラインが掴めそうなのに……。

「ミカ、オレたぶん……」

「たぶん?」

「お前が好きだ……」


 最後の方は尻つぼみだった。ミカはヘッドホンをゆっくり外した。

「今年の暑さは酷いよね? 暑さにやられた?

 キリンレモン飲む? 」

 ミカの言葉は妙にやさしくて、ユウヤは開いていた本で顔を隠した。


「バーカ。まじだよ。お前、そんなんだから男にモテないんだ」

「バカはお前だ。毎日こんなん遊びに来てたら他の男なんて来るわけないわ。みんなわたしがあんたのだと思ってるでしょ。今更感、半端ないわ。ほんと、早く言葉にしてくれたらってどんだけ思ったか」


 ミカはさっとヘッドホンをかけ直して、またスケッチブックに線を描き始めた。窓越しから差し込む日差しが、スケッチブックの白に痛いくらい反射した。

 ユウヤはまた本を開いて、床にごろんと転がった。拍子抜け。

 自分だけがずっと悶々としていたのだ。

 早くこの本をやっつけて、彼女ともっと話をしよう。心地良い沈黙の前に、知っているはずの彼女をもっとよく知ろうと、ユウヤは思った。


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幼なじみのいる風景 月波結 @musubi-me

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