ドラゴンテイマーズ
@yuto0528
ドラゴンテイマー竜騎
1
オルドラス歴九四〇年。
東に位置するカリヅム王国へ侵攻を始めていたマキュル帝国の兵士たちは国境を超える一歩手前の草原で休息を取っていた。
主に黒で統一された鎧を装着していた彼らはそれらを脱ぎ捨てると、伸びをして身体をほぐす者が大半を占めていた。
ここは草原のため、見晴らしがとてもいい。約一〇〇人の見張りも何かが近づけば一瞬で分かるはずだ。
そしてそんな部隊の隊長を務める俺――オルナル・カルバスも伸びをする一人だった。愛馬から降りた俺は自分で言うのもなんだが、肩幅が広く、背丈も二メートル程の巨漢だ。その無駄のない筋肉で鋼鉄のように鍛えられた身体と、顔に残る切られた古傷が俺の貫禄を更に上げる。歳は四〇歳程度なのだが、普段から睨んでいるような鋭い目で生活しているせいか、額にしわがより、実年齢よりも一〇歳程度老けて見えるのが玉に瑕だった。
今回の俺の任務はカリヅム王国の戦力調査だ。
小国であるカリヅム王国は古くから戦を嫌い、エルフやドワーフと言う亜人族と共存関係を築いてきた。そのため、亜人族の秘術を持っておきながら、それを戦に利用したくないと馬鹿な事を言い張り、他の人間族からは嫌悪の対象として見られている。
では何故そのような小国が今現在も建立しているのか。それは奴らが持っている亜人の秘術にある。奴らは普段、エルフの使う結界を自分たちの領土に張っているため、国外からの侵入を阻止している。
その結界は透明ながらも強力で、何千の人間が束になっても破壊されない程の防御力を備えていた。
そこで生まれたのは、『ではどのようにして結界を破壊するか』という疑問だ。
結界は基本、結界を張っている術者を攻撃すれば解けるものなのだが、その術者は結界内におり、攻撃をする事は不可能。では、結界という秘術を持つエルフに吐かせるという手もあるのだが、エルフの国も結界に守護されており、侵攻する事は不可能だ。
そこで出た結論はこうだ。
『最強の盾には最強の矛で突けば良い』
最強の矛――ドラゴン。
いつの時代も絶対的な力の象徴であるドラゴンは、誰にも手がつけられず、一度逆鱗に触れてしまえば国一つぐらい安いものだと言う人物さえいる。
簡単に言ってしまえば生命を持った天災だ。
とても人知では制御出来ない最強にして最凶。食物連鎖の頂点に立つ生物。だからこそ、俺はこんな事を考えていた。
「もう戦力調査とかまどろっこしい事なんかせずに、このまま落としてもいいんじゃね?」
何故なら……
俺は連れて来た何千の部下には目もくれずに、彼らの隊の一番後ろに控えている二つの巨体を眺める。城程の青と赤の巨体を持つその二体は、人がとても制御出来ないと信じられている、最強にして最凶の生物だ。
「こっちには、ドラゴンが二体もいるんだからな……」
一般的には知られていないが、人間レベルではないにしろ高い知性を持っているドラゴンは、卵から産まれたばかりの幼少の頃から人間に服従するように調教しておけばある程度の意思疎通は可能である。つまりはすりこみ現象のようなものだ。
ここまで調教するまで二、三〇〇年くらいかかったらしい。
「隊長、ドラゴンのブレス攻撃、準備完了しました!」
俺が力強い四肢を持つ二つの巨体を眺めていると、そのドラゴンの足元で(何の役に立つのか分からないが)ドラゴンの首に付けられた手綱を持った部下の一人が俺に話かける。ドラゴンの飼育係として見分けが付くようなのか、フードを目深く被っていた。
「うむ」
貫禄を出すために、隊長用の喋り方に変えた俺は、一度深呼吸をすると、
「これからカリヅム王国への侵攻を再開するッ‼‼ 奴らは弱いがために戦から背を向けた負け犬、糞虫と言っても過言ではないッ‼‼ そんな奴らに遅れを取るような脆弱な腰抜け野郎はこの隊には勿論いないだろうなッ⁉⁉」
「「「「「オオオオオオオオォォォォォーーーーーッッッッッ‼‼‼‼‼」」」」」
隊のドキを上げた俺は部下たちを整列させ、そして愛馬に乗り、隊の戦闘に立つ。隣には副隊長のヴァイル・モリガンが平走していた。
俺の隊のムードメーカーと言うべくヴァイルは悪戯坊主のよう顔で俺に話かけてきた。
「オルナル隊長、帰ったら一杯どうすか? 奢りますよ」
「バーカ。部下に奢らせるようなクソな上司がいるかよ。おそらくこの任務が終わったら賞与が出るから俺が奢るよ」
「マジすかっ⁉ その言葉、しっかりこの耳が聞きましたからね!」
そういうとヴァイルは馬に乗ったまま隊の方を振り返り、片手を上げる。
「おーい! 帰ったら隊長様が賞与で宴を開くってよ! 何と部下の俺たちの分は全部奢ってくれるってよ! オメエら気張っていけよ!」
「「「「「ウィィィィィッッッッッスゥゥゥゥゥ‼‼‼‼‼」」」」」
「お、おいこらお前ら‼」
何トンデモ発現はしているんだこの馬鹿副隊長は⁉
隊の中からはどんな酒を飲むか、何を食おうか、などの声で満たされ最早収集の付かない事態になっていた。
っと言っても隊の兵士が一体何千人いると思っているんだ⁉ 心の中だからハッキリ言うけど全く理解していないぞ⁉ だって多すぎるんだもん‼ 数えるのが馬鹿らしいってのが凄い似合うもん‼‼
俺はあからさまに苦悶の表情をするとヴァイルは馬鹿みたいな高笑いをしながら俺の背中を叩く。
「ハッハッハッ! 隊長殿、僭越ながらこの副隊長事ヴァイル・モリガンが宴の費用の半分を出して差し上げます!」
「元々テメェが撒いた種だろうが‼ 全額を払いやがれ‼ しかもなんで少し上から目線なんだよ⁉ 俺は隊長だぞ⁉ そしてお前は副隊長だ‼」
「まあまあ、小さい事は気にしないで」
「全然小さくねぇよ‼ 俺の賞与が吹っ飛ぶんだぞ⁉ 下手したら、いや、下手しなくてもマイナスだよ‼」
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
「何がおかしいかっ!」
う~~ん~~……頭痛がしてきた。
この馬鹿(副隊長)、全く俺の叫びが響いてねぇ……
俺は話の通じない馬鹿を放っておく事にした。
深呼吸をして一度頭を冷静にする。
どっちみち、この任務を遂行しない事には変わりはない。なら、今は後の金欠よりも目の前の任務に意識を集中した方がいい。
俺は息を肺一杯に吸い込むと、隊の方に振り返る。
その瞬間、隊は一瞬にして静寂に包まれた。先程までの宴の盛り上がりはまるで嘘のようだ。俺はそんな部下たちの切り替えに満足気に頷く。そして、
「ドラゴン、ブレス用意‼」
俺が言うや否やドラゴンたちは口を大きく開ける。
青いドラゴンの口には、極寒を連想させる白と青の入り混じったブレスが輝いていた。
そして赤いドラゴンの口には、それと相対するように、百熱のマグマを連想させる赤と黒が入り混じった光が輝いていた。
天災級の破壊力を持つ最強にして最凶の破壊の象徴による攻撃。
この攻撃がきまれば結界は破壊され、カリヅム王国にとっては約二〇〇年ぶりの戦争の再開となる。奴らの国で脅威と言えるのはおそらく亜人族の使う秘術ぐらいのものだ。しかし、こちらにはその秘術を打ち破るドラゴンを二体も従えている。万が一にも負ける可能性はない。
俺は言う。
「ブレス、発射ぁぁぁぁぁッッッッッ‼」
二体のドラゴンの大地をも揺るがす咆哮と共に、無慈悲な破壊をもたらすブレスが結界に直撃する。人間が何千という束でもビクともしなかった結界はまるでただのガラスのように高い音を発して砕け散っていった。
一瞬、その光景を目の当たりにした全ての人間が一気に唾を飲む。しかし、俺を含め、その場に全ての人間が勝利を確信した。
確かにドラゴンの攻撃は恐怖でしかない。けれどもそれは敵に回したらの場合だ。その力が今は自分たちの戦力と考えれば、コレ以上頼りになるものはない。
ハハハ……勝ったな。
「行(コウ)シィィィィィィィィィィィィンッッッッッッ‼‼‼‼‼」
俺の一声を共に勝利への歩みが始まった。
数分後、確実で何も心配しなくてもいい勝ち戦を確信していたはずだったのだが……
「……うん? あれは……?」
遥か彼方の広大な空に小さな影が飛んでいた。俺は全体に止まるよう呼び止める。
「オルナル隊長、あれは……?」
「鳥……か?」
しかしそれはおかしい。
絶対の力の象徴であるドラゴンが二体もいるんだ。その災いから逃げるようにこの場に俺たち以外の生物はいない。
獣はおろか、鳥すら自分たちの持つ生存本能によってこの場から逃げ出すはず……しかしあの影は……見ればコッチに向かって飛んできているようにも見える……
まあ、コッチにはドラゴンが二体もいるんだ。武力争いになれば心配事はない。
そう考えながら俺は進軍を続ける。
俺たちも進み、例の影もコッチに向かって近づいて来る。その事もあり、俺たちと影の距離は瞬く間に縮んでいった。
そして近づくにつれて俺たちの顔は驚愕に変わっていく。
謎の影の正体、それは……ドラゴンだった。
「オルナル隊長‼ ど、ど、ど、ど、ど、ドラゴンです‼」
「あ、あ、あ、あ、あ、安心しろ! コッチにはそのドラゴンが二体もいるんだぞっ!」
あたふたする俺とヴァイスだが、進軍するにつれ、ドラゴンの姿が鮮明に見えて来る。そしてふぅ、と安心する。
「ちっさ」
その山桃色をしたドラドンの大きさは丁度人間を一人背中に乗せられるくらいの大きさだった。
何故、そんな事が分かったのかというと……
「背中に人が乗っていないか?」
「乗っていますね」
人が乗っているんだもん……何で?
2
この国を守る結界が破壊された事により、せっかくの休日なのに姫様に呼び出された俺は、相棒の山桃色の体表を持つ『フェアリー・ドラゴン』――フェアリーに乗ってその調査に取り掛かっていた。
城門を出た瞬間に、それはまあデッカイドラゴンが二体もいるからな。あれ以外で結界が壊れた原因が思い浮かばねぇや。
しかも飛んで近づいて行ったら、それはまあトンデモない程のイカツイ兵隊がわんさかといるし……まさか戦争でもするつもりなのか?
俺はフェアリーを少し低空飛行にして、兵隊の隊長だと思われる人物に声が届く位置にまで移動する。
「俺はカリヅム王国所属の水木(みずき)竜騎(りゅうき)。あんたらの所属と結界を破壊した目的を言ってくれ」
男は一歩前に出ると、俺に顔を向ける。
歳は五〇代くらいの男だった。なんというか……凄い貫禄がある。
「俺はマキュル帝国所属、名前はオルナル・カルバス! 我々はこれより貴国への侵攻を開始する。結界を破壊したのはその戦線布告だ!」
って本当に戦争をやるつもりなのかよ……なんて厄日だ……でも……
「そんなに馬鹿正直に話してもよかったの?」
戦争をするとなると、俺は彼らにとって敵国の者だ。その俺にいろいろとペラペラ喋って、俺が戻ってそれを姫様に言いつけたら今すぐにでもカリヅム王国の全軍隊が出陣するんだぞ?
「な~に、コッチにはドラゴンが二体もいるんだ。万が一にも負ける可能性はない」
あっ、確かに普通ならそう考えるか。
「それに……貴様、本当にカリヅム王国所属のものか? 『ミズキ・リュウキ』と言う変な名はカリヅム王国の名前(もの)ではないだろう?」
「テ、テメェッ! 人の名前をバカにしてんのかッ⁉ 俺の世界では『ドラゴンナイト』っていうカッチョイイ意味なんだよッ‼」
「俺の世界では……?」
「や、ヤベ‼」
口が滑ったあああああぁぁぁぁぁ~~~~~‼‼‼‼‼ 姫様には絶対にバレないようにしろって言われていたのにっ‼
俺が一人でテンパっていると、神妙な顔をしていた男はふと何かに気付いたように顔を驚愕の色に変えた。
「貴様、もしかして異邦者かっ⁉ いや、カリヅム王国は亜人族以外との人間族とは一切の関与をしていない。しかし、その姿は明らかに人間族のもの……ま、まさか貴様っ⁉ 異世界――」
「はいそれ以上はストーーーーーップーーーーー‼‼‼‼‼ 俺がマジで姫様に怒られるから‼ あの人、マジで怒ったらメッチャ恐いから‼ これ以上はベラベラ喋るな‼ 心の中で考えてくれ‼」
俺のマジの勢いに押されたのか、どうにか隊長は黙ってくれたようだ。まあ、ここには俺以外のカリヅム王国の人はいないから聞かれる事はないと思うけど、万が一という事がある。その万が一の事が起こったら……考えただけで背筋に悪寒が走る。いや
俺的には別にバレてもいいんだけど、何か姫様がバレたら殺す……程ではないんだけど、それっぽい事を言ってんだよな……よし、早くこいつを倒してこの話を終わらせよう!
「おい、隊長様よ、戦争をしに来たんだよな? ならまずは俺を倒してみてから進みな」
俺は通せんぼでもするかのように両手を目一杯広げる。
そんな俺を見て隊長や、その隊全員の笑い声が辺り一面に響いた。
「ハッハッハッハッハッ‼ 貴様は頭でも沸いているのか? 確かに貴様にはドラゴンを従える事ができるようだが、コチラにはそのドラゴンが二体もいんのだ! 貴様のちびドラゴンではなく巨大なドラゴンがな!」
男は俺が乗っているフェアリーを下から見ているくせに見下したように見やがる。これには正直俺はカチンときた。俺の相棒をバカにするやつは全力で殴ってやりたい。しかし、この場には俺よりも頭にきているものがいた。
「グルルルルルゥゥゥゥゥ~~~~~‼‼」
フェアリー本(ほん)竜(にん)だ。俺には分かる。こいつ、完全にキレている……
フェアリーは喉の底で唸ると、隊長に突進を始めた。って、おい⁉
確かにフェアリーはドラゴンの中では小型だ。しかし仮にもドラゴン。小型の事もあり、他のドラゴンと比べて機動力は優れている。そのためもあり、フェアリーのスピードは今では急降下する時のジェットコースターに匹敵していた。そんな絶叫生物(ぜっきょうマシン)に俺は勿論、
「止まれ止まれ止まれフェアリー‼ 今日の晩飯は大盛りにしてやるから‼‼」
「グルルゥゥ……」
風圧が強く、一瞬で髪がボサボサになった。舌を噛まなかったのが幸運だった。
どうにか止まってくれたフェアリーだが、まだ少し不満があるらしい。後で遊んでストレス解消でもさせてやるか、と俺は考える。
と、その時、
巨大な百熱のマグマが俺とフェアリーを襲った。
反射的に動いたフェアリーのおかげでどうにか直撃は避けられた。が、
「危ねっ⁉」
マグマが飛んできた方向に首を向ければ、そこには口を大きく開けた赤いドラゴンの姿があった。どうやらさっきのは、このドラゴンのブレスだったらしい。
そして、隣には同じく口を大きく開けた青いドラゴンの姿が見え……
「青、発射!」
隊長が声を発すると同時に青いドラゴンから極寒の寒さを思わせる氷塊の混ざった吹雪を連想させるブレスが放たれた。
今度は不意打ちじゃなかったため、難なく躱せた俺とフェアリーだったが、
「赤、発射!」
避ける。
「青、発射!」
避ける。
「赤、発射!」
避ける。
「青、発射!」
避ける。
…………
…………
…………
何度繰り返されただろうか。
次から次へと交互に放たれる百熱のマグマと極寒の吹雪を連想させるブレスは容赦なく俺とフェアリーを襲った。二体のドラゴンのブレスにより、周りの地形は大きく変わり果て、そこはもう俺が見慣れた草原ではなくなっていた。サラサラとした粘り気のないマグマブレスが草を溶かし、次に土を溶かすところで、吹雪ブレスが一気にその熱を奪う。結果、黒く熱を発する新たな地面が誕生していた。もしバランスを崩して地面に落っこちてしまったら、最悪死ぬかもしれない。
落っこちないにしても、二体のドラゴンから繰り出される絶大な温度差の攻撃で今すぐにでも心臓麻痺を起こしてしまいそうで少し心配だ。それにいくら機動力の優れているフェアリーでも、こう休憩を入れなければバテてしまう。フェアリーに乗っているだけの俺でさえ周りに発生した水蒸気の温度上昇によって肩で息をしている状態だった。水蒸気が集まり霧になっていき、徐々に視界が悪くなっていく。
いや、百熱のマグマブレスと極寒の吹雪ブレスがぶつかっているんだ。水蒸気爆発が起きていないだけまだマシと考えた方がいいのか? って、ヤバッ⁉ 水蒸気爆発が起こったら俺やフェアリーなんてひとたまりもねぇじゃねぇか‼
俺がこの状況の打開策を必死に考えている中、ドラゴンたちのブレスは無残にも続く。
「――ッ」
水蒸気爆発という、いつ起こるか分からない時限爆弾の存在に気付いた俺は焦っていた。
フェアリーの動きも鈍くなってきている。ここは……もうしょうがない。
俺は腰に掛けていたデッキケースを開くと、デッキからカードを一枚取り出す。
「来い、俺のエース‼ 『ストーム・ドラゴン』‼」
俺は掛け声と共に、手にしたカードに魔力を注ぎ込む。
現れたのは深緑のドラゴンだった。全てを薙ぎ払う暴風を放つストームはまさに天災。眼前の二体のドラゴン程の巨体を持ち、異常に発達した四肢に、力強い鋭く緑色に光輝く瞳。日本の風神をモチーフにしてデザインされたこのドラゴンは、まさしく風神の竜化した姿と言えた。
ストームが出現した時に発生した暴風で周りの霧が一気に消し飛ぶ。その暴風に当てられ、隊長やその他の兵、赤と青のドラゴンまでもがひるんだ。
「き、貴様ッ‼ 今何をした⁉」
さっきまで、発射! としか言っていなかった隊長の頭に青天の霹靂が落ちたのか、状況が飲み込めずに唖然としていた。
その他の兵たちも隊長と同じような顔をしていた。
誰一人としてこの状況を理解している者がいなかった……俺以外は。
このファンタジー世界の住人から見ても非現実的な光景だったのか、場は静寂に包まれている中、
「か、神だ……神の御業だ……」
誰が言ったのかは分からない。しかし、沈黙に包まれたこの場にはその声が実際よりも大きく聞こえた。そしてそれは波紋のように群衆に広がっていく。『神』という単語が印象強かったのか、しきりに彼らはその単語を繰り返していた。一人が恐怖し、集団心理で全兵が降伏するのが最もベストだったのだが、彼らはやはり訓練を受けた軍人。それでも効果はあった。それは彼らの顔を見れば一目瞭然だ。
世間では天災と呼ばれているドラゴンが何もない空間から突如出現したのだ。いくら特殊な訓練を受けていようと、これに驚かないのは感情が皆無なヤツくらいだ。
「ストーム・ブレスッ‼」
そんな困惑した隙を突くように、俺は隊長に向けたブレス攻撃をストームに指示する。困惑している隊長は自軍のドラゴンに何も指示を出さない。そのため、ストームのブレスを妨げるものは何もなかった。
隊長に直撃したブレスは、地面をも削り取り地形を大きく変える。暴風により砕かれた地面は宙を舞い、同じく宙を舞った隊長ごと群衆へ降りかかる。
一斉に散らばる群衆だが、数が多過ぎた。人は危機的状況に陥った場合、自分が一番大切なものだ。自分が好き勝手に動き回り、そして他の兵にぶつかり、動きが鈍くなる。他の者に構っている暇はない。そんな者はお人好しか、到底のもの好きらしい……前に姫様に馬鹿にされたが、俺が助けるのは仲間だけだ。敵まで助ける義理はないし、それで背後を刺されたら元も子もない。
落下した砕かれた地面がそれから降りかかり、それに巻き込まれた兵は次々へと潰されていく。しかし、
「――ッ⁉ ストーム・ブレスッ‼」
形勢逆転と粋がっていた俺にマグマブレスと吹雪ブレスが放たれた。それを相殺するように、俺も反射的にブレスを放つが、相手は二つのブレスで、俺側は一つのブレス。それに加え、俺が渋々ストームを出したのはこれ以上はマジで死ぬかと思ったからだ。そのため、フェアリーを出した時に消費した魔力を回復しきれていないのに、ストームを出した。つまり、俺がストームに分け与えたのは残りカスのような魔力だ。それではドラゴンの力も半減するし、人間相手なら楽勝なのだが流石にドラゴン相手になると……
「そりゃ、負けるわな」
普通はな、と付け足す俺。
俺は更にデッキから一枚のカードを取り出した。
そこに描かれているのは全身を装甲で包まれた、四足歩行をするまるで亀のような銀色のドラゴンだった。
「俺の守将! 『プロテクト・ドラゴン』‼ 特殊能力発動! こいつが場に出ていない場合、手札から使用する事で、一度だけ自分のドラゴンに装甲を装備する! 俺は『ストーム・ドラゴン』に装備!」
特殊能力の場合は魔力を使わないのが幸いした。
通常、特殊能力というものは場に出てから発動するものであり、場に出る時には膨大な魔力を使用しなければならない。そんな状況の中、特殊能力を発動する度に魔力を使用しなければならないのは、ハッキリ言ってしんどい。予め検証しておいて本当に良かった。
虚空から出現した幾つもの銀色の装甲(プロテクト)がストームを覆った。その多すぎる装甲を装備したストームは鎧を着たドラゴンのようで、装備がし終わると同時に、ブレスを中断して俺の前に移動する。
そして両手をクロスしたストームはその鋭く力強い眼差しで二つのブレスを待ち構える。
次の瞬間、天災級の二つのブレスが同時にストームを襲う。
「グウゥゥゥッッ――」
「頑張れ、耐えてくれ、ストーム!」
ストームのおかげで直接はさせられたが、そのブレスの勢いは留まる事を知らず、ストームを更なる苦痛へと蝕む。背後にいる俺とフェアリーはブレスの風圧に負け、遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。って、ヤバッ‼ 下はマグマ、落ちたら死ぬ⁉
「フェアリーッッ‼」
必死に呼ぶが、フェアリーもスタミナが尽きたのか、翼をバタバタとバタつかせているのだが、一向に俺たちの距離は縮まらない。
すると、首を背後に向けたストームは、ブレスに耐えるのを止め、俺とフェアリーを助けようと手を伸ばした。次に目を開けた時、俺とフェアリーは逞しくも大きなストームの手の中で共に息をしていた。安堵する俺とフェアリーとストーム。しかし、
「グウゥッッ‼‼」
巨大な爆発音と共にストームが短い悲鳴を挙げた。
「ストームッ⁉」
次の瞬間、ストームの巨体が揺らぐ。
そこから見えた光景はストームの背後を狙った青を赤の二体の竜の姿だった。不幸中の幸い、装甲のおかげで命を失う事はなかったが、体力が底を尽きたストームは光の粒子となり、カードの形となって俺の手に戻ってきた。
ストームが消えた事で俺とフェアリーの落下は再開される。どんどん迫る地面に死の恐怖が迫りながら、俺はフェアリーに語りかける。
「なあ、フェアリー……仲間が命(たま)張って俺たちを守ったんだ。俺たちも命張らなきゃ男じゃねぇよなっ⁉」
何か不思議だ。仲間がやられると、死の恐怖が迫っているのに全然怖く感じなくなる。
俺の問いかけにフェアリーは短い咆哮で答えた。
「なら根性だせ、フェアリーッ‼ 俺の相棒ならまだまだお前は飛べるはずだ‼」
「グルルルルルゥゥゥゥゥッッッッッ‼‼‼‼‼」
「よっしゃあああああ――‼‼」
脳内麻薬でもアドレナリンでも何でもいい。俺は叫んで恐怖心を押し殺す。
再び自由に空を飛び出したフェアリーの身体に飛び乗る。
フェアリーが立ち直った時には既に地面スレスレだったが、どうにか助かった。がしかし、安心は出来なかった。状態を立て直す事で一杯だった俺たちは相手の行動に目を向ける余裕がなかった。
気が付けば、眼前には赤と青の二体のドラゴンがおり、二体が同時にブレスを吐こうとしていた。
「――ッ⁉」
一瞬、頭の中が絶望に染まる。何も考えられなくなり、目の前の光景を嘘だと勝手に脳が判断しようとする、しかし、身体に感じる天災級のエネルギーは紛れもない本物だった。
『死』
その一文字により俺の脳内が浸食されていった。
先程出まくったばかりの脳内麻薬があるのがなお悪い。そのせいで、一瞬の出来事のはずなのに、数十秒にも思える。
赤が溜めているマグマブレスが熱い。
青が溜めている吹雪ブレスが冷たい。
ほんの五秒程前まで粋がっていたはずなのに……
実際、ヤル気があってもどうにもならないものなのか……
俺が半ば諦めかけた時、希望の手を差し伸べたのは一人の男の声だった。
「止めッ!」
その声と同時に赤と青のドラゴンのブレスが空に霧散した隙に、二体のドラゴンのブレスが当たらないと思われる位置にまで猛スピードで避難する。
再び二体のドラゴンに対面した俺とフェアリーだったが、赤いドラゴンの頭の上には先程までいなかったはずの何者かの姿があった。そいつは被っていたフードを取ると、俺を見据える。
「少し話さないか?」
その声は、俺に希望の手を差し伸べた男の声だった。
背のすらっとと伸びた色白の男だった。長い白髪をした彼の特徴を言うならば……人間にしては耳が異常に長いという事だ。
「……エルフか……」
歳は一〇代後半から二〇代前半程。しかし、エフルは長寿のため、見た目=年齢とは限らない方が多い。
通常、エルフは戦を嫌う種族。そして武力で事の大半を解決する人間を蛮族と罵る種族だ。カリヅム王国は戦を嫌あったため、友好を築いているが、他の人間族と友好関係を持っているとは考えてもみなかった。
いや、実際これはおかしな事ではなかったはずだ。武力で争う人間の中にもカリヅム王国のような戦嫌いがいる。なら、戦嫌いなエルフの中にも戦に加担するエルフがいても不思議ではない。
エルフの男は俺の手にあるカードに目を向けた。
「『神の御業』……と言われていたな。確かに天災と言われるドラゴンを虚無の空間から出現させるというのはエルフの秘術でも聞いた事がない。となると……貴様、その札は一体何だ? どこで入手した?」
どんどん質問攻めにあう俺。
まあ、助かったのは彼のおかげだし。それに、知ったところで彼にはどうにも出来ないしな、教えてやっても大丈夫だろ。
「これは俺の故郷(くに)発祥の超人気OCG『ドラゴンテイマーズ』のカードだよ。一パック七枚入りでお値段なんと税込み二〇〇円だ。ちなみに構築済みデッキは税込み一二〇〇円な」
「な、何だそれは⁉ 『オーシージー』? 『ドラゴンテイマーズ』? 『エン』? 知らぬ単語ばかりだ、もっと分かるように詳しく説明しろ‼」
「いや、これ以上説明しろと言われてもなあ……あっ、原作の漫画なんだけどよ。始めは『ドラゴンテイマーズ』はたくさんある遊戯の中の一つで本来の物語は、闇の力を得た小学生サイズのいじめられっ子高校生が友情を深めていく物語だ」
男エルフの要望通り、懐かしく思いながら更に詳しい説明をしたのだが、
「またも聞いた事のない単語が増えた⁉」
どうにも男エルフの期待した情報ではなかったらしい。
俺もこれ以上はどうしようか、と考えている時、ふと身体の異変を感じた。どうやらこれ以上は相手の話相手をしなくてもいいらしい。
「分かった、取り敢えずこの戦いを先に終わらそう。出来れば面倒事は先に終わらせたいタイプなんだ。この戦いでお前が勝ったら俺も根掘り葉掘り何でも喋ってやるよ。万が一死んだら秘術でも使って俺の記憶を探ってくれ」
俺は疑問を持ったままモヤモヤが隠せない男エルフに見えるようにカードをちらつかせる。すると、男エルフは思いのほかすんなりと戦いを受け入れた。
この宣戦布告はいわば俺なりの礼だ。
流石の俺も不意打ちでは気分が悪くなる。
相手が根っからの悪党なら話は別だが、彼からはそんな雰囲気は微塵も感じられない。どちらかというと、純粋に戦闘を楽しみたい、力を得たい、という感情が大きく感じられる。そこに一切の負の感情は混じっていなかった。
「じゃあ、いくぞ。これ以上は手加減しないからな」
「こちらはいつでも準備が出来ている」
俺は手に持つカードをデッキケースの中へとしまう。
男エルフは魔法で自身の周りに小さな竜巻を起こし、それに乗る事によって空を自由に飛び回る。
こうして、俺と男との闘いは始まった。
3
先に動いたのは男の方だった。
「赤、青、同時にブレス!」
フェアリーに乗り難なく避ける事に成功する俺だが、俺が移動した場所には既に男の姿があった。
「――ッ」
男が振り下ろす剣を紙一重で躱すが、どうやら髪が数本持っていかれたらしい。
そうか、だからヤツは飛び始めたのか。
今となってはもう遅いが、ようやく気付いた。
二体のドラゴンのブレスは一撃でも当たれば即死間違いなしの一撃必殺だ。しかし、当たらなければ問題はない。でもこれはあくまでドラゴンのブレスだけを避ける時だけの考えだ。今回は人間よりも剣術も魔法も優れたエルフも俺を狙っている。俺がドラゴンのブレスを避ける事を計算して予め避ける場所を把握しておけば、自分たちより劣る人間族を倒す事は簡単なのだ。
しかし、それは普通の人間族に限って俺はその例外だ。先程、会話している途中に感じた身体の異変。あれは俺の消費した魔力が完全に回復した時に感じるものだった。
魔力が消費していたから先程まで苦戦していた。
魔力が消費していたから男エルフの話に乗っていた。
全てはこの時のため。
魔力が完全回復し、全力を振るえるようになるための布石。
「終わりだッ‼」
一瞬で俺の背後に移動した男。男の手には人を殺すには十分な剣を握り絞められており、それは俺に降りかかろうとしていた。しかし、
「サポートカード発動! 『ドラゴンの残誇(ざんこ)』‼ このカードはドラゴンが場から離れた時(ターン)に発動出来る! 力尽きてもなお消滅しないドラゴンの誇りが盾(バリア)となり展開する! ストーム、俺を守ってくれ!」
「何ッ⁉」
もう俺にカードの出し惜しみをする理由はない。
エルフが剣を振り下ろすと同時に、俺の周りには目には見えない盾によって剣が弾き返される。そして、突如として弾き返された剣に身体を持っていかれそうになったエルフには極僅かにだが隙が生じた。俺は盾を展開したままフェアリーごとエルフにタックルを繰り出した。相手は凶器を持っているが、俺は盾の中。フェアリーはそのままの状態だが、彼の持つ程度の剣で傷付く程ドラゴンはやわではない。
結果、このままタックルを繰り出すのが一番効率的なのだ。
「イッケェェェェェ、フェアリー‼ 地面に叩きつけろぉぉぉぉぉ!」
俺の指示と同時にフェアリーのスピードとパワーは更に増していく。
すぐ近くに二匹のドラゴンが控えているのだが、この二体は巨体が故に、敵諸共主を殺してしまう、と考えているのか動く事はなかった。
五秒もしない内に気付けば地面が眼前に迫っていた。
「よしっ!」
軽くガッツポーズをする俺だが、これがフラグになったのかは定かではないが、エルフは地面に直撃する瞬間に、地面に向かって魔法で作った全力の風をぶつける。即席で作られた風のクッションによって、地面への衝撃は緩和された。しかし、地面は先程まで放たれていたマグマブレスと吹雪ブレスによって、鉄板並みの熱さを発する新たな地面へと生まれ変わっている。
「うがあああああぁぁぁぁぁ――ッ‼‼‼」
身体ごと落ちた男に全身火傷は避けられない。
人が焦げる気持ちの悪い臭いが俺の鼻孔をくすぐる。この異臭から一刻でも離れたいのはやまやまなのだが、それではこのエルフを逃がしてしまう事になる。
俺はこのまま押し潰そうとするが、エルフは今まで飛ぶ事に使っていた魔法を手に圧縮させると、それに更に魔力を加えてフェアリーの顔面にぶつけた。
これにはたまらずフェアリーも悲鳴を挙げ、その隙にエルフは熱を放つ地面から逃れるように勢い良く、熱の伝わりづらい靴を履いた足で立つ。
肩で呼吸をしている彼には、本来持つエルフの雪のように白く美しい肌は既に見る影もなく、四肢や背中、顔のところどころには赤く腫れあがった火傷の跡があった。しかし、
「回復(リカバリー)」
次の瞬間には、彼の全身火傷は淡い緑色の光に包まれると嘘のように消えてしまった。それはまるで彼の身体の時間だけが巻き戻ったような感覚にもとらわれた。
「やっぱり汚ぇ! エルフだけ傷が治るなんて汚ぇぞ!」
「五月蝿い! 貴様のようなドラゴンの力をポイポイ使う男に言われたくないわ!」
秘術。
それは人間族や亜人族が共通に使える魔法とは別の超常の力。
この世界の進化の過程で培われてきたその力は、その種族の本質を表すものだった。そしてその中には方法を知り、努力さえすれば誰にでも使えるものもある。
戦を嫌うエルフを例に挙げるのならば、自分を守る『結界』や傷を治す『回復』などだ。魔法と同じように使用する際に魔力を消費する事には変わりないのだが、『結界』や『回復』などと言う能力ははっきり言って敵に回したらかなりやっかいだ。
そして、俺とエルフが一定距離以上離れた事により、ドラゴンたちの猛攻が再開された。
赤いドラゴンと青いドラゴンのブレスが再び俺を襲う。
「言ったはずだ! 手加減はしないってな!」
そう言って俺がデッキケースから取り出したのは二枚のカードだった。
「来い、俺のドラゴンたち! 『メテオ・ドラゴン』‼ 『キングス・ドラゴン』‼ メテオ、赤いドラゴンに向かって『メテオ・ストライク』! キングス、青いドラゴン目がけて『キングス・スマッシャー』!」
現れた隕石を思わせる流星のドラゴンと、金色に光輝く筋肉の凹凸が激しいドラゴンに俺は攻撃指示を送る。二体のドラゴンは出現すると同時に赤と青のドラゴン目がけて真っ直ぐ突進を始めた。
「ば、馬鹿な⁉ ブレスを避けようとしないだとッ⁉」
メテオは地球に振ってきた隕石をモチーフとしたドラゴン。大気圏に比べれば、マグマ程度の熱さはもろともしない。そして、キングスの方はだが……特にモチーフはなく、設定はおろか、特殊能力もなければブレスも吐けない。しかし、そんなキングスの最大の武器は、他の何にも頼らないドラゴンの中でも随一な強靭な筋肉だ。前に筋肉を付けていれば寒さはあまり感じないと聞いて、キングスを出したのだが……どうやら問題はなかったらしい。
メテオもキングスもそれぞれブレスの中を突っ切って敵ドラゴンへと豪快な体当たりを繰り出した。
「「ギャオオオオオォォォォォ――ッッ‼‼‼」」
初めて悲鳴を挙げる敵ドラゴン。
そして、一瞬怯んだドラゴンたちに躊躇なく拳や尻尾で追撃を続けるメテオとキングス。
エルフの男はそれを苦虫を奥歯で噛み潰したような顔で眺めていた。
「なあ」
「何だ?」
「あのドラゴンたちは貴様が操っているんだよな?」
「操っているというか、協力してもらっているというか……」
実際、俺は魔力を消費して彼等(ドラゴンたち)を召喚しているだけなので、操っているとそうだが、どちらかと言えば協力してもらっている点が多いと思うが……
悩む俺に向けて彼は、
「はっきりしないやつだな。まあいい、つまり貴様を倒せばあのドラゴンたちは止まるという事だな」
「そういう事だ」
俺が肯定を示した瞬間、男の目にも止まらぬ剣捌きが俺を襲う。しかし、それが俺に届く事はなかった。男の剣が俺に届く前に何者かの手が男の剣を受け止めたからだ。
「――ッ⁉ 誰だ貴様は⁉」
突如の新たな第三の人物に驚きを隠せない男は、無理に攻め込もうとはせずに、距離を取った。
俺の目の前には一人の男が立っていた。背丈が二メートルもある体格のいい大男だ。
「…………」
山桃色の体表を持つ彼はエルフの男の問いかけに答えずに、ただジッと俺を見つめる。そのワイルドと言う言葉が似合う瞳は底まで澄んでおり、純粋な力の塊が人の皮を被っていると言われれば信じてしまいそうだ。
「フェアリー、いくぞ」
俺は手に持ったサポートカード『竜人化』のカードをデッキケースにしまうと、新たなカードを手に加えた。
「サポートカード発動。『竜との融合(ドラゴニック・フージョン)』」
次の瞬間、俺とフェアリーの身体が激しく発光しだした。その光は次第に大きくなり、そして一つの光となる。あまりの眩しさに俺は瞼を閉じる。
本来はドラゴン同士を融合させて、新たなドラゴンを召喚するサポートカードなのだが、この世界では少し効果が変わっていたりする。
これが例だ。
この世界では一時的な時間だが、どうやら俺とドラゴンなら融合できるらしい。
そして今度は次第に小さくなる光。その光の中から現れた俺は、竜人化したフェアリーの姿になっていた。正確には、人型になったフェアリーと一心同体となった。
普段、ドラゴンの姿のフェアリーがいきなり人型になっても思うように動けない事の方が多い。だから、そこを補うように俺がフェアリーの中に入って内側から操るのだ。
その現象をほとんど理解出来ずに呆けるエルフを(人型フェアリーの身体で)指差し、俺は言う。
「三度目の正直。もう手加減はしない」
「ぐはっ‼」
俺は言うと同時にエルフの前まで移動すると、全力の拳を彼の腹にめり込ませる。
この身体は現在は人型だが、そもそもドラゴンのものだ。分かりやすく言うのならば、ドラゴンの力を保ったまま人間に形を変えただけだ。そのため、さっきの移動も軽く一歩スキップような感覚で彼の前まで移動しただけだ。それでも地面が粉々に砕けるのだからやはりドラゴンの力は凄いと思う。
俺が拳を放つ瞬間に自身の周りに反射的に『結界』を張ったのか、その場で倒れたエルフの男は口から胃液と血液を吐き出しながら、顔だけを俺に向けた。
「ど、どういう事だ……? な、何が起きた……? 俺は何故倒れ……ている? 貴様は一体……何者……だ?」
この男、身体は死の淵ギリギリだというのに、目が死んでいない。恐るべき精神力だ。
はっきり言おう。俺は彼の質問に答えたい。自分の自慢を他人にしたいと思うのは人間の心理だと思う。しかし俺は、
「教えない」
ただ淡々に言う。
「一つ、俺とお前が戦う前にした約束は、お前が勝ったら俺は根掘り葉掘りカードの事を教えるという事だ。そして二つ、姫様に俺がバラした事が知られたら、マジで俺は泣くはめになるからだ」
「ば、馬鹿な……でも、俺はまだ負けて……いない……」
「いやいや、その身体でどう戦うんだっての。秘術で回復するにも、そんな身体じゃ残りの魔力もないだろ? それに、あれを見ろ」
「……ッ⁉」
「な?」
俺とエルフが同じ方向に顔を向ける。
そこにはメテオとキングスが上空でガッツポーズをとっていた。そして彼らの足元には青いドラゴンと赤いドラゴンが倒れている。
「身体の傷も治せず、主力のドラゴンさえ失った今のお前に一体何が出来るって――」
俺が問いかけ終わるよりも早く、信じられないようなものを見る目のエルフはその場で意識を失った。
4
「という訳で姫様、俺にボーナスをくれませんか?」
「ボーナスですか?」
「ほら、先日の件。俺が休暇で気持ちよく友達(だち)たちと飲んでいたらいきなり王宮に呼び出されて、マキュル帝国の兵団と戦った件。休日出勤だから勿論ボーナスと言わないまでも少しは付くよな? それに酔っぱらった状態でいきなり憲兵に半強制的に連れていかされたからさ、結構ご近所さんで俺が何かやらかしたみたいな噂が立ってんだよ。その名誉棄損でも金をくれ」
シュンッ‼ とその瞬間、俺の顔スレスレで何が通る。
え? とポカンとなった俺の目の前には、それはそれは見るだけで凍えるような瞳で姫様が俺を見下していまして……
俺は恐る恐る首だけを回して背後の床に突き刺さるものの正体を確かめた。
そこにあったのは……
「ほら、棒(ボー)ナスです。これで文句はないですか?」
棒に突き刺さったナスがありました……だから怖いんです‼ この姫様‼ でも……うん、まあ、姫様に逆らったら自身の身が危ないと再認識したところで……
「あ、あ、あ、あ、あの……一つだけ質問してもよろしいでしょうか? ひめでんか」
「どうぞ」
震えながらも何とか声を出す事の出来た俺、エライ。
「か、か、か、か、彼とドラゴンたちはどうなったのでしょうか?」
「あなたが先日、捕虜として連れて来たエルフと赤と青のドラゴンの事ですか?」
「はい」
実はあの後、あのままだと助からないと思った俺は気を失った彼を背負って捕虜扱いで城で治療する事にした。ドラゴンたちに関してはだが、メテオとキングスに城壁まで運んでもらい、王国に住んでいたエルフに『結界』を張ってもらった。普通は、ドラゴンを結界に閉じ込める事は不可能に近いのだが、今回に関しては相当弱っていたらしく、簡単に捉えられたらしい。
俺が知っているのはここまでで、その後の事を今から姫様が話してくれる。
「捕虜扱いのエルフの事だけど、どうにもあの二体のドラゴンは彼のペットらしく、彼の言う事しか聞かないらしいの」
「という事は……」
「ええ、ドラゴンは一体でも絶大な戦力になります。そして彼はそのドラゴンを二体も飼っている。彼を我が軍に入れない理由はありません。ただいま現在進行中で彼に力を貸してもらえないか交渉中です。で一方の二体のドラゴンなのですが……運ばれてからまだ一度も目を覚ましていません。あなたに相当痛めつけられたのでしょう」
何か皮肉っぽい事を言っている気もするが、そこはあえてスルー。
「分かりました。姫様、でもどうしましょうか?」
「どうしようとは、一体何を?」
俺が顎に手を置くと、姫様は首を傾げる。
「マキュル帝国は結界を破壊しました。あれ程の結界、そう易々と張れるものではありません。再度、結界を張る隙にマキュル帝国が攻め込んできたら……」
俺は天災と呼ばれるドラゴンの力を使える。ドラゴンは力の象徴として、一騎当千は当り前だ。しかし、それにも限度はある。俺は不安を顔に表すと姫様はいえ、と首を横に振った。
「攻め込んでくるのはマキュル帝国だけではありません。他国が私たちカリヅム王国に今まで手を出さなかったのは、結界が張られていたからです。しかし、結界が破壊された事が知れ渡ったら、ここぞとばかりに他国が押し寄せてくるでしょう」
「じゃあ、もしかして俺たちの敵は……」
嘘だろ? こんな理不尽があるかよ……俺は絶対に信じないからな!
「一つ、二つの他国どころではなく、ほぼ全ての人間族の国です」
…………
…………
…………
勝てねぇだろ。
「はい、勝たなくてもいいんです」
「って、何で俺の心の声が分かった⁉ いや、それよりも……」
勝たなくてもいいってのは、一体どういう事だ?
俺は姫様の理解不可能な言葉に頭を悩ませる。すると、そんな俺が面白いのか、姫様はフフフッと笑うと、玉座を立つ。
「さあ、会議室に向かいますよ、リュウキ。そこで話の続きをしましょう。おそらく既に参謀たちが待っているはずです」
「ち、ちょっと待ってくれ! ……下さい。会議室に行くからには何かしらの会議でしょうけど一体何の会議を?」
「だから言っているではありませんか。戦争に負けて勝負に勝つ会議ですよ」
どこまでもマイペースな姫様は、それだけ薄く笑いながら言うと俺の返答を待たずにそのまま足を進めた。なんかこう……意地悪? とは少し違うけれど、このモードに入ってしまった姫様には、これ以上何を聞いても答えてくれないと確信した俺は、そのまま姫様の後を追って会議室へと向かった。
〈完〉
ドラゴンテイマーズ @yuto0528
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