第7話

 とある日曜日。その日、勇人は身支度を調えて家を出ていた。今は青空の下を走る電車に乗っている。

 これから向かう先は、電車で三十分ほどかかる位置にある最近完成したばかりの大型複合商業施設だ。乗っている電車にも行き先は同じなのか、かなり人が多い。天気も一日快晴とまさにお出かけ日和なのだが、

「なんでショッピングモールなんだ」

 行き先がショッピングモールであることに文句が言いたいわけではない。勇人としても不本意とはいえ、この世界での生活にも慣れている。完成した商業施設に興味がないわけではない。だが、ソフィアは調査と言っていたのだ。その行き先が商業施設ではただ遊びたいだけなのではと思ってしまう。

「まあ、その辺はあとで訊くか」

 車窓を流れる景色をなんとなく見送る。いくらソフィアが現役女子中学生のような思考回路になりつつあるとしても、七大王であり、魔族の頭領であったことには変わりない。ああ見えてきっとなにか考えるはずだ……と思いたい。

「しかし、おかしなこと、ねぇ……」

 実をいえば、ソフィアにそのことを言われてから勇人は頭の片隅でずっとそれを考えていた。おかしなことでいえば、この世界に来たことがまずおかしいのだが、そこはとりあえず置いておく。

「なにかを企てそうな奴はいくらでも思い付くが……」

 目的の商業施設から近い駅までまだ時間があるのでもう一度考えてみる。アルカディアでの経験を思い出すに、やはり最有力なのは七大王の面々だろう。計画を立案するに十分な聡明さを持っているし、それを実行に移せる能力もある。

「あとは……」

 思考を巡らせて違う可能性を考える。

「……いや、あいつなら大人しくしているわけないし、ないだろうな」

 頭の片隅の浮かんだ可能性を否定する。勇人の中で七大王以外で思い当たる人物がひとりいた。思想の危険度でいえば七大王すら凌駕する危険人物だが、その人物との戦いはアルカディアにいた頃に終えていた。もし、その人物がこの世界にいるとしたら、すでに事を起こしていてもおかしくない。それくらい危険な奴なのだ。今日までこの世界が平穏でいられるとは思えない。

 と、そこまで考えたところで降りる駅名が車内アナウンスから聞こえてくる。勇人はここでいったん思考を打ち切った。今日に至るまで少なくとも十五年の猶予があったのだ。もし、とても用意周到で用心深い奴が水面下で行動していたとしたら、一朝一夕で推量するのは難しいだろう。ひとりで勝手に思考の沼に嵌まるのはよくない。

「ま、なにもないに越したことはないけどな」

 本日は調査という名目だが、これがただの出掛けで終わってくれるのなら、それが一番の着地点だ。

『お降りのお客様は――』

 目的の駅に着いて降車を促すアナウンスが聞こえてきたので、勇人は席を立つ。降車扉の窓越しに見える空は眩しいくらいの濃い青だった。


「まだ来てないのか」

 商業施設に複数ある出入り口のひとつで勇人はふたりの到着を待っていた。もちろん、適当に決めて待っているのではなく、勇人のいる出入り口はソフィアから集合場所として指定された場所だ。先日、電話をもらったときのソフィアの声は楽しみにしているような感じだったので、てっきり早く来ているのかと思っていたがそうではないようだ。

 事前に遅れるという連絡は受けているので、事故などではないようだが、いったいなにがあったのだろうか。

「まあ、色々準備に時間がかかっているんだろうな」

 現在時刻は午前の十時五分で集合時刻は午前十時となっているが、今回の主眼はあくまでも調査だ。どこかの店を予約しているわけでもないし、時間を気にする必要は特にない。それに勇人自身、短気というわけではないので待つことに文句はない。というか、そもそも一日で調査を完遂する必要性もなく、何日かかったところで問題はないのだ。

 のんびり待とうと近くに腰をかけられるものはないかと周囲を一瞥したところで、視界に見覚えのあるふたりが映った。

「なっ……」

 結果として、集合の遅れは大したことはなかった。そんなことが些細なことに思えてしまうような、もっと衝撃的な光景が目の前にあった。

「そ、ソフィア、だよな……?」

 エレナのほうはまだ分かる。というより、なぜか休日なのに制服を着ているため間違えようがない。

 問題なのはソフィアのほうだった。いや、別に問題にするようなことではないのだが、あまりのギャップに思わず本人か疑ってしまったのである。純白のワンピースにフリルの付いたスカートと、ソフィアの格好はまさに余所行きのそれだ。

「こ、これはあたしの趣味じゃなくて……」

 自分でもこの格好のことは理解しているようで、ソフィアは恥ずかしそうに顔を俯かせる。

「エレナ、これお前の仕業だろ」

 恥ずかしがるソフィアをうっとりと見とれているエレナに声をかける。

「仕業とは人聞きの悪い。女帝様が多くの大衆の目に触れるのだ。相応の格好じゃないと女帝様が恥をかいてしまう。聞くところによると、この世界の女性は外に出るとき、おめかしとやらをするらしく、私の持てる全てで女帝様をおめかししたんだ」

 なぜか自慢気のエレナ。どうやら遅れた原因はこれのようだ。自分の格好はお洒落とは程遠いというのに、ソフィアにはこれでもかというくらい丁寧に時間をかける辺りさすがとし言いようがない。

「理屈は分かるが、あくまで今日の目的は調査なんだろ? だったら、そこまで身なりに気を遣う必要はないと思うんだが」

 いくら魔族だったとはいえ、今は年頃の女の子だ。周囲からの見え方もある程度気になるのは理解できるが、今日の目的からするとそこまで気合いを入れる必要ないとも思うのだ。

「私は女帝様にはいつもお美しくいてもらいたいだけだ」

 こうもきっぱりと言い切られるとそれ以上なにも言えない。とはいえ、エレナの性格からして調査だろうがなんだろがソフィアのことには全身全霊を捧げるだろう。そういう意味では終始一貫していると言える。

「も、もちろん調査をするのつもりでいるわよ。この格好はその、物の序でよ」

 ソフィアはそうは言っているものの、どこか胡散臭さを感じて勇人はさらに一歩踏み込んでみる。

「まさかとは思うが……遊ぶためにここを選んだわけじゃないよな?」

「うっ……」

 それきりソフィアは黙り込む。下手のことを言うまいと黙っているのかもしれないが、それが逆に遊ぶのが目的だったことを裏付けていることには気付いていないようである。

「薄々そんな気はしてたよ……」

 ソフィアから電話をもらったとき、通話口の向こうの声がわずかにうきうきとしていたので、まさかとは思っていたが、その予想は当たっていたようだ。

「貴様、気安く女帝様に近付くな」

 ソフィアが詰められているように見えたのか、エレナが間に割って入る。詰めるというほど責めているつもりはなかったのだが、ソフィア第一の彼女にはそう見えたのかもしれない。

「女帝様。この腐れ勇者の言うことなど、聞く耳を持たなくていいのです。私は調査でも遊びでもどっちでも構いません」

 ソフィアを慰めるような優しい口調でエレナは言う。勇人には一度もしたことのない柔らかな微笑みだ。そんな態度を取られると、まるでこちらが悪者のようではないか。

「文句があるのなら、貴様だけ帰ってもいいんだぞ?」

 厳しい言葉を放つエレナだが、言外に帰ってくれという思いが溢れている。エレナとしてはふたりっきりになりたいのだろう。

 このまま帰っても構わないが、それはそれで電車賃が無駄になってしまう。こちらとしては調査をする腹積もりではあったのだが、これも想定の範囲内だ。別に帰るようなことでもない。

「いや、別に怒っているわけじゃないし、それならそれで構わない」

「そ、そう。なら良かったわ」

 ソフィアは安堵したようにひとつ息を吐いた。エレナのほうは露骨につまらないような顔をしている。

 ふと周囲を見渡すと、だんだんと行き交う人が多くなってきた。次いで時間を確認すると、もうすぐ十時半だ。

「じゃあぼちぼち行くか」

 通行の邪魔にならないよう脇に避けて話をしていたが、さすがにいつまでもここにいるわけにもいかない。せっかく来たのだから、時間は有効に使いたい。

 ソフィアが先陣を切って歩き出す。そのあとをエレナと勇人が続いた。

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