第30話どうして今日なのかな

 

 服を整え、戻ってきた二人とともにテーマパークを遊びつくす。


 このテーマパークにはジェットコースターは一つしかないため、長蛇の列を並ばなければいけなく、断念することとなったが、他にも激しい動きをするアトラクションはいくつかあり、スフレはすべて制覇しようと張り切っていた。




 三つほどのアトラクションを終えた俺たちは、少しシュゼの気分が悪くなったので、一休みすることとなった。


「シュゼ平気か?」

「た、たぶん……ありがとうございます」


 買っておいた飲料水のペットボトルを差し出し言う。

 すぐさまごくごくと煽り、ぷはっと息を漏らした。


「シュゼが落ち着くまで、あっちの影のベンチで休んでよっか……シュゼ歩ける?」


 うん。とか細く言いついていく。




 ベンチで休んでいると、スフレが移動販売のソフトクリームを見つけたらしく、


「ともき! わたしあれ買ってくるから、お金貸して!」

「ほいよ」小銭入れを渡す。


「何味がいい?」

「んー、俺は抹茶かな」

「じゃ、じゃあ私も……抹茶で」

「おっけー、それじゃゆっくりしてて」


 そう言い残し、夏休みの少年少女のように掛けて消えていった。




「もう酔いのほうは平気か?」

「はい、だいぶマシになりました」


 賑わう園内と木の葉の擦れる音。蝉の唸りと陽炎に滲んだ背景。……夏だなあ。


「暑さは平気か? 熱中症にも気を付けないとだな」

「わたしは平気ですよ、ともきさんも気を付けてくださいね」


 無理に笑わせてないかと心配になってくる。気を遣わせているだけなのでは。


「次は何がのりたい? メリーゴーランドとかゆっくりしたものもあるから、また調子が戻ったら、その辺も回っていこう」


 ええ……とだけ呟く、シュゼはあまり楽しめていないのかもしれない。


「あ――」

「うん? どうしましたか?」

「いや、スフレ一人でソフトクリーム買いに行ったけど、どうやって三つも持って帰ってくるんだ……て」


 シュゼも、はっと気づいたようであわててスフレの後を追った。




 ソフトクリーム屋の列に並んでいるスフレが見えた。代金を支払い、商品を受け取る寸前であった。案の定、三つ目を受け取ろうとして、すでに両手が埋まっている事に気が付く。


 あのポンコツ。


 それでも無理に受け取ろうとし、片手で二つ持ちこちらに向かってきた。

 途中俺たちに気が付いたのか、少し困ったような笑みを浮かべた。

 仕方のないやつだ。


 ソフトクリームを貰いに近づいていくと、スフレは口元から舌をぺろっとだし、はにかむ。――と。気を抜いたのか、ソフトクリームが落ちた。


 あわてて駆け寄る。地面に落ちてしまったソフトクリームはどうしようもできないが、スフレのワンピースが汚れてしまっていた。


「横着するから……」

「えへへ、しっぱいしちゃった……」


 ハンカチやティッシュを使い拭うも、抹茶味の色は薄まる気配もなく、広がっていくだけだった。


「ちょっとおトイレ行ってくるね……」


 掛けていくスフレ。離れていくスフレ。見えなくなった。




 トイレの前で、ソフトクリームを片手に二人取り残された。

 じりじりと溶けていく、ぽたぽたと垂れていく。


「さき、食べてていいぞ。溶けると勿体ないし」


 そういうもシュゼはソフトクリームを口にはしなかった。




 数分後。汚れの目立たなくなったスフレが出てきた。


「おまたせ……アイス、先に食べててくれてよかったのに……」


 二人の溶けたソフトクリームをみて言うなり、悲しい事を言う。


「なんか今日、上手くいかない事ばっかりだね」


 気持ちを切り替えたくて言ったのだろう。


「そんな時もあるさ、俺。ちょっと手洗ってくるから、少し待っていてくれ」

「わ、わたしも」


 二人と一人、今度はスフレが待つ。




「よし、じゃあ気晴らしに遊園地巡りを再開するか――」


 今の淀んだ雰囲気を払拭したくて言ったことだったが、とても重要なものを忘れていた。


 やばいまずいやばいまずいやばいまずいやばいまずい、やらかしたやらかしたやらかした。急いで先ほどまで座っていたベンチに戻る。


 頼む、あってくれ。




「どうしたの?」


 俺の焦りに状況がつかめていない二人。

 ベンチに到着するも、そこにあって欲しかったものはなかった。


「ねえ、どうしたの?」


 スフレが失望していた俺の肩に触れ、問うてきた。

 俺は振り返り、手に何も持っていないジェスチャーをする。


「「あ――」」


 二人とも言いたいことが分かったようだ。


「そんな……」俺と同じくして、息が詰まるスフレ。

 ひどい顔をしていた。させてしまった。


「き、きっと落とし物で届けられてるって……」


 顔には焦りがあった。焦っていながらも、気落ちする俺に配慮してくれる。


「と、とりあえず預けられていないか、み、見に行きましょ……」


 入り口付近にカスタマーサポートがあったのを思い出す。

 ――心不乱に掛けていく。



 独りよがりな考え方は、さらに二人を引き離していく。


「頼む。せめて落とし物として預けられていてくれ」


 焦りが二人への配慮をなくし、俺だけが先行していた。




 カスタマーサポートへと到着し、カウンターに手を突き言う。

「す、すみません。落とし物で、これくらいのバスケットかご見かけませんでしたか?」


 焦っていた俺とは裏腹に、サービススタッフは安堵の通告をくれない。


「そ、そうですか……あ、ありがとう、ございます……」


 消沈する俺に、遅れてスフレたちが駆け寄ってきた。


「ど、どうだったの?」

「落とし物には届けられていなかった……きっと置き引きにあったんだと思う……」


 上手くいかないものだな、今日に限って、


「本当にすまない、俺が見放したすきに……」できれば、先にこの言葉は言いたくなかった。

「そ、そんなともきさんは悪くなんてないですよ」


 シュゼは続けてくれる。


「そ、それに……仕方ないことですよ、置き引きだなんて……運がわるかったってだ――」


「仕方なくない!」言葉を遮ったのはスフレだった。


「仕方なくなんかない! ……仕方なくなんて……ない」


 悔しがるスフレ。

 知っている。悔しがる理由も、仕方なくない理由も全部知っている。


「でも……」

「でも、とか。だって、とかじゃなくて。シュゼは悔しくないの? 一生懸命つくったんじゃないの? だったら……だったらもっと悔しがってよ! 一人でいる私が馬鹿みたいじゃない」


 何も言えないシュゼ。きっと悔しいのは分かっている。俺でさえこれほどまでに悔しいのだから。


「どうして……今日なのか……な」


 嘆くスフレに駆ける言葉も見つからない。

 一人で歩いていく。


「お、おいどこに行くんだ?」

「ついてこないで……一人にして」


 悔しくて恨めしくて仕方なくないのは分かる。分かりすぎるから辛い。


「シュゼ……頼む。傍に居てやってくれ」


 シュゼは神妙な面持ちで頷き、後を追いかけていった。




 ベンチに腰掛け、肺に溜まった重たく不快な息を不安とともに吐く。

 ほとんどため息のような呼吸に、俺の心情はネガティブに埋め尽くされていた。


「どうして今日なんだ」


 スフレと同じくして吐いた言葉。あいつを見るのが、これほどまでに辛くなるとは思わなかった。どうしてこうなってしまった。

どうして、試練とか修行とか関係なくに……ただの喧嘩で離ればなれになってしまうのだ。


 もう、顔を合わすことはお互い望んでいないのかもしれない。

 あいつに合わす顔がない。

 俺に失望しただろうな。

 俺には何もできずに待つことしか出来ない。


 ここまでの試練や苦悩を乗り越えたのは、俺ではない。スフレたちだ。

だからきっと俺ではない。主人公はあの二人なのだ。俺はただのモブキャラ。二人の引き立て役に過ぎない。


 また、半べそを描いたスフレをシュゼが引き連れてくる。


 きっとそうだ。もしこれが試練や修行というのなら、それで今回の試練は終わりなのだ。

 天使を作り出した心としてなんと嘆かわしい。なんと情けない。情弱。薄情者。




 何時間経ったのだろう、日が傾き始め、涼しい風が頬を弄り、子連れ客はすっかり引いていた。


 あの事がなければ、きっと三人で楽しくお弁当を食べていたに違いない。

 スフレがサプライズ感満載にテーブルにお弁当を広げ、俺の反応を楽しみにし、シュゼが温かいミネストローネをみんなに振り分けてくれる。


 スフレは、お弁当の中身に感嘆した俺をさも当然のように、えっへんと胸を張り、シュゼは照れくさそうに微笑んでくれる。


 お弁当を食べ終えたら、こんどはゆったりしたアトラクションをまわる。

メリーゴーランドにのったり観覧車にのったり――。


 スフレはただ回るだけのメリーゴーランドなんて退屈と言いつつ、一番はしゃいで写真を撮ってとアピールし、シュゼも恥ずかしそうに一緒に映る。


 観覧車では「この雰囲気が萌えるんでしょ」とスフレにからかわれ、高い所が苦手なシュゼの怯える顔を心配そうに見つめて。頂上で三人揃って記念撮影をする。


 思い出と言い、スフレが沢山写真をとり、その度に巻き添えを食らう俺とシュゼ。

そして、三人で夕方になるまで遊びつくし、三人で帰路に就く。

 三人でいつものように夕飯を済ませ、三人して眠り、明日を迎える。


きっと、そのはずだった。そうなるはずだった。


でも、どうしてなんだ。


「上手くいかないものだ……今日に限って」


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