第29話ジェットコースター
――その苦労を俺は知っている。なので、どこかに置くことは出来ない。ましてや床などもってのほかである。その気遣いも知らずか、スフレは内緒とサプライズ感満載でいた。
無論、俺もスフレもシュゼも、三人揃ってこのお弁当を食べることを、ジェットコースターの次くらいに楽しみにしているはずだ。
少し寝不足でありながらも、にこやかな顔のスフレはいつも以上に楽しげで、興奮が収まらない様であった。
電車に揺られること一時間。ようやく目的のテーマパークについた。到着時間は八時手前で、開園前のゲート前には多くの人が詰め寄せていた。
「開園前には間に合ったな」
「すごい並んでるね」
「休日だしな。開園から閉園まで遊びつくす人も多いだろうし」
まだ涼しい時間帯なので、待つのは苦労しないだろう。今のうちに自動販売機で飲み物を買っておく。
「ふたりとも日焼け止めはもちろん塗っているよな」
「あ――」忘れていたと続ける。スフレ。
「ほれ、これ塗っとけ」
こんなこともあろうかと、持ってきておいて正解だった。スフレは細かい部分が適当であるため、たまには注意させておかないといけない。日焼け止めを塗らなかったことで、どう変わるかは分からないが。
「あら、デリカシーない割には、気が利くのね」
「デリカシーがないのは余計だ。少しは気を使え」
俺の女の子に対する観念が、日焼けを気にするかどうかはさておき。スフレには少し気にしてほしい気もする。男勝りなのは結構なことだが。
買った飲料水をそれぞれに配る。
「今日も暑くなりそうですね……」
暑さが苦手なのか、じりじりと照らす太陽を見ながら言う。
「気分が悪くなったら言ってくれよ、無理はしなくたっていいからな」
「はい……ともきさんも、ムリはなさらずに」
列に並び、開門と同時に受付が始まる。
予めネット通販で買っておいたチケットをそれぞれに配り、入場、
ゲートをくぐるとそこは夢の国であった。何処か恋焦がれるような憧れと、期待が一気に目の前に広がった。
テーマパーク独特の雰囲気だ。陽気な音楽と、子供のはしゃぐ声。制服を着た女学生の声色。陽キャの集まり。どれもこれもが一切合切その場を盛り上げていた。
そんな夢の国に連れ去られそうなお嬢様二人。目をキラキラと輝かせ、あれはなにかこれは何かと手を掴み、指をさす。
はしゃぐスフレを見て、連れてきた甲斐があったと思うのも必然である。これほど喜ばれるとなると、たまには出かけるのも悪くない気がした。
「じゃあ、さっそく乗りましょう! ジェットコースタ―」
「えぇ……」
不満を零すシュゼ。
「い、いきなり乗るの? ちょ、ちょっと心の準備くらいさせてほしい……」
迷うスフレ。腰に手を当て、
「じゃあ、初めはゆっくりしたのから乗る? でも、人気のアトラクションは開園から時間がたつと待ち時間も増えて、きっと待っているだけで疲れるよ?」
確かにそのとおりである。人気であればあるほど待ち時間が長くなり、二時間、三時間の待ち時間とかでも平然と並ぶ人たちによって、長蛇の列となってしまう。そのため、遊園地初心者の俺たちは、人気のアトラクションを先に消化し、残りの時間で行ってみたいアトラクションへ向かうのが無難な選択である。
うぅう、と唸るシュゼ。
「じゃ、じゃあ……ジェットコースターからで……」
「む、無理はしなくたっていいからな、気分が悪くなったらしっかり言うんだぞ」
自信なさげに相槌を返すが、顔色的にかなり不安である。
かくいう俺もジェットコースターに乗るのは久しぶりなので、もしかすると体調を崩すかも知れない。あとは、どれだけこの堕天使に振り回されるかだが……。
「さっそく行きましょう!」
元気よく「おー」と掛け声を交えて進軍していく。
目的のアトラクションは、開園間際であるのにすでに列ができており、最後尾付近のボードには、待ち時間三十分と表示されていた。
「もうこんなに並んでるのね」
「一番人気だからな、仕方ないだろ」
最後尾に位置しても、後ろから続々人が列を伸ばしていく。
「きっと乗れるのは一回だけだろうな、これが終わったら次はどこに行こうか」
後ろを振り返り、列の長大さを改めて確認する。
視界の隅に暗い顔をする少女がいる。
「……身長で引っ掛かりますように身長で引っ掛かりますように身長で引っ掛かりますように」
「しゅ、シュゼ……?」
はっと意識を戻し辺りを見回す。すでにアトラクションの入り口手前まで来ていた。
シュゼ悲願の身長制限は難なくパス。チケットをスタッフに渡し、後に引けないところまで来てしまった。
「しゅ、シュゼ本当に平気か?」
先ほどから一言も話さない。スフレが手を出すと両手でしがみついた。
荷物と貴重品をロッカーに預け、二人は髪が暴れないように括って前にまとめた。
ライド乗り場までの狭い階段を上る。緊張によるドキドキと高揚感が、この時点であふれ、待ちきれなかった。
いざ、ライドに乗り込み、スタッフの陽気な指示に従い、安全バーを降ろす。
シュゼが真ん中で左右に俺とスフレ。
「目をつむったら気分が悪くなるから、目は瞑っちゃだめだよ」
スフレの助言をかろうじて頷きだけで反応する。
すると、シュゼが俺に手を差し伸べてきた。うるうると滲んで今にも零れそうな瞳は、何も語らないが、黙って手を握った。
――ガタン。音とともにライドが動き始め、ゆるりゆるりと流れていく。カタカタカタと登っていく。
最高到達点に達した。その一瞬の頂は、休日の人の多さと陰りのない地面、握られた手。
轟音と歓喜の声とともに、全身に浮遊感と高揚感が浴びせられる。
落ちる瞬間は怖くて目をつむってしまったが、視界を開け、見上げると鳥になっていた。
飛んでいた。
下から見上げる行列は羨ましそうに俺たちを見つめる。
ざまぁみろ! 指でも咥えていろ! そんな晴れ晴れしい気分になった。
横を見遣ると、必死で目を閉じないようにしているシュゼと目が合った。
余裕がないにも見えたが、微かに微笑みかけてくれた気がした。
「わぁああ! にゃはは! アハハハ」
陽気な声を上げるスフレがいる。負けじと叫びたくなった。
「アハハ! ハハハ、ハハ」
しばしの高揚感の後、ライドはスピードを緩め、乗り場へと帰っていく。一瞬で過ぎ去った。物足りなさすら感じた。高鳴る鼓動は収まらない。足のガク付きは恐怖ではなく快感からくるものだ。
ライドを降り、二人の様子をうかがう。
「楽しかったぁ! びゅーってなって、がーってなって、わひゃあ! って感じ!」
言わんとしていることは分かった。
「ああ、やばかったな! わぁあってなって、がーってなって」
「これはハマっちゃいそうだね! シュゼはどうだった?」
「うん、楽しかったよ」
列に並んでいるときには考えられない発言だが、シュゼの姿を見て心底納得がいく。
すがすがしい顔にほんのちょっぴり、口元が上がっていた。
シュゼも飛んでいたのだ。
「じゃあ次どれ行こっか」
パンフレットを開き、はしゃいでいる。
「その前に二人とも、ちょっと着崩れてるから直してこい」
「へ? わぁ! ほんとだ、ちょっと待ってて」
そう言い、足早に近くのトイレに駆けていった。
二人の容姿はお出かけということもあって気合が入っている。
スフレはワンピースにつばの広い白の帽子。
シュゼは黒のオフショルダーのフリルブラウスにロングスカート。それとリボンベルトとリボンシュシュ。そして、お揃いのミュール。
シュゼの胸元には赤いペンダントもあった。どうやらスフレのドレスに付いていたものを、スフレが貸したらしい。
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