第四章
第28話お弁当
ある休日の午前7時ごろ。俺たち三人は電車に揺られ、とある目的地へと向かっていた。
その目的地というのが、隣町にある大きなテーマパークだ。
俺の住んでいる地域では、最もメジャーなテーマパークで、千葉にある東京のテーマパークと並ぶほどである。
俺たちがここへと足を踏み出す原因となった先日の出来事から、五日ほど経っていた。
スフレに連れまわされると、大抵何かが起き、いい思いはしないため、少しは心をおちつかせる時間が欲しかったのだが、あの世界から帰って間もなく、スフレが近隣地域のテーマパークをくまなく調べ始めたため、うかつにも次の休日が楽しみで仕方がなかった。
「今日行くのは大阪にあるのだけど、調べていたらいろいろあって、どれも行きたくなってきたな」
「こんど旅行でも行こうよ! ついでに遊園地行って、美味しいご飯食べて、旅館に泊まったりして」
少し眠そうな顔をしていたスフレが、盛んに提案してくる。
「三人分の旅費となると、バイト頑張らないとだな……行楽シーズン前の時期なら、もしかしたら宿も安く抑えられるかもだし、行ってみたいな」
休日のため通勤者は少なくとも、休みの日を満喫すべく人々で、電車は少しばかり込み合っていた。そのため俺たちは扉付近のつり革に手を添え、三人で談笑をはさみながら、移動中の暇をつぶす。
「それにしても、この大きなかごはなんなんだ?」
「ないしょっ!」
内緒と嘯くスフレの仕草は蠱惑的で悪魔的――この少女がただの一般人なら。
白い髪をなびかし、はにかむ少女はスフレ・ヘカンツェル。天使というものらしい。
ある日いきなり目の前に現れたかと思いきや、異世界などに拉致され、トラウマを植え付けられるは、危うく異世界転生しそうになるは、こいつが来てからは散々な日々を送っている。おまけに、人の事は言えないが、このペチャパイの生活力のなさは、俺でも圧倒される。
料理こそはするものの、片付けは出来ない、ゴミの分別、掃除、洗濯も出来ない。更には自身の髪を乾かすことも俺がやっている。俺が。
これほどまでに容姿端麗で立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花がお似合いの彼女なのだが……理想というものは、理想に過ぎないのだ。かといって、彼女でもない女の子に自身の理想を押し付けるのは、いささか気色悪いと言えよう。
やはり、俺が間違っているのかもしれない。
そんな、エキセントリックへっぽこ堕天使の事は置いておいて。こちらよりも、よほど天使らしい存在がいる。
名をシュゼット・アルマスと言う。本人は悪魔と名乗っているのだが、先のやつの行いを普段から見ている俺では、シュゼの方がよっぽど天使らしい。
家事の手伝いはやってくれるし、整理が好きなようで、スフレの実家から送られてきた、数多の段ボール箱はシュゼが気合をいれ片づけてくれた。
それ以外にも普段からお世話になっていることは、様々で。特に助かっているのは、スフレのお守りだ。買い物は三人で行くため、無駄遣いを働こうものなら、即座に阻害できるものの、俺が大学やバイトへ行っている間の、通販サイトでの購買までは管理しきれない。
それをしっかりと阻止してくれている。
先月のクレジットカードの請求額には、怒りを覚える前に絶望に立たされた。
無論、バイトを許可していないため、欲しいものがあるなら自分で稼げ、とは言えない。そのため、欲しいものがあればちゃんと言えと釘を刺しているのだが、たまに欲に負けてか即買いをしている。
クレジットの限度額を最低にまで引き下げたため、最近では荷物の山が届くことはなくなったが、毎月二つほどの荷物が家に届けられている。
きっと誰かに、貧乏神にすり替えられたのかもしれない。
大きなかごを片手にぶら下げ、もう片方の手はつり革に添える。
電車の制動で体がバランスを崩す。隣に居たのはシュゼだったので、優しく支えてくれた。
かごを床に置いておけばいいというのは、相応しくないだろう。なぜなら俺がこのかごの中身を知っているからだ――。
Ж Ж Ж
「それじゃ、ともきが帰ってくる前にパパッと済ましちゃうよ」
そう言いながら、お気に入りの赤いエプロンを身に着ける。
シュゼもエプロンを身に着け隣に並ぶと、
「うん! じゅんびおっけー」
ともきがバイトに行っている間に、お弁当を拵え、明日に向けてのサプライズを進める。
お弁当箱に詰めるのは明日の早朝で、今日は煮物や揚げ物の下ごしらえをする。
この日の為に、レシピを考え食材も買い込んでいており、一人暮らし用の冷蔵庫の中はもはや隠す気もなくものであふれていた。
お弁当の献立は筑前煮、チキンチャーシュー、小松菜の胡麻和え、ナスの揚げびたし、から揚げ、三種のおにぎりに、サンドイッチと卵焼き、ゴーヤチャンプルーにミネストローネと豪華で、腕によりをかけて拵えるつもりだ。
野菜や鶏肉などの下処理は、私が担当し。シュゼには筑前煮とチキンチャーシューなどの調味料を先に合わせてもらっておく。
ニンジン、レンコン、里芋、ゴボウに絹さや……それぞれの調理法と料理に合った処理をしていく。一番時間の掛かる筑前煮から、鍋に火をかけていき、根野菜から油に馴染ませつつ、炒めていく。
チキンチャーシューは、下処理をした鶏の胸肉を耐熱容器に入れ、そこに配合した調味液を加え、電子レンジで加熱していく。
お湯を沸かした鍋に、塩を少々加え、小松菜を根の方から入れ、固めに茹でる。
茹で上がれば、氷水に漬け、粗熱を取ってから水気を絞り、二センチ幅くらいに切りそろえていく。そして、すりゴマを加え、砂糖と醤油で調味を済ませ、保存容器に移し、冷蔵庫へとしまっていく。
空いたコンロにすかさず鍋を置き、今度はミネストローネの仕込みに移る。
一センチ角に切った野菜を、オリーブオイルとともに炒める。程よく火が通ったところで、トマトの缶詰と少量の水、コンソメキューブを入れ、馴染ませるため、しばらく火にかける。
その間に、酒やみりんを加え、蓋をした筑前煮の鍋に更に醤油を追加し、落し蓋に変え、数十分煮立たせる。
三種のおにぎりの具は、肉味噌とおかか和え、焼き鮭のほぐし身である。
詰めるのは明日であるため、今日は具の方を作っていく。
それぞれの材料を火にかけ、フライパンの上で馴染ませていく。
できたものから粗熱を取り、それぞれ保存容器に入れ、冷蔵庫に保管する。
今晩のご飯が揚げ物であるため、から揚げは調味液に付けておき、ナスの揚げびたし同様、夕飯の支度まで待機させる。
「ひとます、こんなものかな」
前日にやっておくべき調理を終え、ため息と疲れを漏らす。
シュゼと一緒に作業をしていたためか、作った量のわりに調理スペースは整っており、些細な汚れや、片付けを済まし、悟られないようにするのみとなった。
「あとは片付けだけね」
「あれ、スフレちゃんも一緒にやってくれるの?」
「あ、当り前じゃない……わ、わたしが言い始めた事なんだし」
ともきが帰ってくるまで時間が残り少ないのと、自分から始めた事なので、後始末までしっかりやっておきたかった。
「じゃあ、いっしょに頑張ろっか」
そう言い、二人で片付けを始めた。
当日。
普段とは違い早起きをしたため、まだ眠い。
ともきを起こさないように、静かに且つ迅速に、当日作る予定である品の調理に取り掛かる。
おにぎりに具をつめ、優しく包むシュゼを隣に、卵焼きを巻いていく。
昨日作っておいた品をかごに詰めていき、温めたミネストローネを保温ポットに注ぐ。
最後にサンドイッチを詰め、空いている隙間に、トマトや温野菜などを挟み込み、全てが整う。そうして出来上がったお弁当箱。
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