第26話悪魔

「行っちゃいましたね……」


 取り残されてしまった俺とシュゼ。待っていても帰ってくる気配がないため、仕方なく我が家の自称天使ちゃんを迎えに行く。




「スフレちゃんとともきさんって、仲いいですよね」

「そうか? 口喧嘩してばっかだと思うが……」


 スフレが走り去ってから、二人で焦ることなく足を進める。


「ええ、だってあんなに自然体なスフレちゃんを見たのは、ほんとうに久しぶりです。きっと、ともきさんがそうさせているのだと思いますよ?」


 続けて、魔界と天界が分裂する前の話をしてくれる。


「スフレちゃんのお家はとても厳しい家柄でして、特にお姉さんが天界の常任委員会に所属している事も相まって、お父さんやお母さんよりもいっそう厳しいらしく、よく愚痴をもらしていました。それでも、スフレちゃんは私にとって悪い人たちを遠ざけてくれていたり、私と仲良くしてくれていましたし、きっと、面倒見がよくて、困っている人を助けずにはいられないんだと思います。……だからスフレちゃんの普段のあの自堕落ぶりを見た時は、驚きました……でも、それは悪い方向に堕落しているのではなく……なんとなくですが、スフレちゃんにとって良い雰囲気なんじゃないかなって思うのです。…………嫌いにならないでくださいね? スフレちゃんは我儘ですし、すぐに落ち込みますし、顔にも出やすいですけど、天界に居た頃は、きっとそんな顔をできなかったと思います。なので、いまこんなに楽しそうにしているスフレちゃんを見られるのは、すごい事なんだと思います。……もちろん、ともきさんのおかげで」


 嬉しそうに語るシュゼの横顔は、まるで好きな事について話しているように、上ずっていた。


「あ、こ、この話はスフレちゃんにはないしょですよ? きっと知られると……また私の恥ずかしい昔話をされそうなので……」


 シュゼの頭をフードの上から優しくぽんぽんと手を添え、理解と約束の意を込めて返す。


「ああ、俺が今ここに居るのも、きっとどこかでスフレのことを信頼しているからだろうしな」




 頬を赤らめた少女と少しの沈黙を挟み、問う。


「なあ、シュゼのお姉さんってどんな悪魔なんだ?」


 この質問をするのは、二回目。でも、このシュゼの顔を見るのは初めてだった――。


「ま、前にも……聞きましたよね」


 涙も見せず、暗い顔もせずに淡々と続ける。


「ああ、どうしても気になっていてな。スフレから聞いた話、シュゼのお姉さんはシュゼのことをかなり大切にしているだろう? でも、どうして学園ではお姉さんじゃなくて、スフレがシュゼを守っていたんだ? 双子なら同じ学校や学年であるはずだろう?」




 先のよりも長く感じる沈黙。シュゼは小さな口を開き、語りだした。


「その前にともきさんは、魔法と魔術の違いについてしっかり理解していますか?」

「スフレからされた話じゃ、発動時の手間って感じだったな」

「外見だけ見れば確かに、魔法と魔術の違いは発動時間です。ですけど、本質的な違いは――」


 緊張を飲み込む音が、狭い通路に響く。


「――魔術は攻撃の為だけに考えられたもの、という事です。加え魔法には攻撃手段がありません」

「じゃあアレは――」


 俺は確かに見た、天使の存在を知らなかった頃、あいつに見せつけられた。


「スフレちゃんの見せたアレは、おそらく魔術の一部を魔法で補ったものです……大変高度な技術なのですが、スフレちゃんはそれが出来ます。……魔法と魔術の違いは、発動時の手間と言いましたよね……魔法の場合は発動時間の短縮のため、魔術回路というものを複数織り込んだものを起点とします。そのため、無駄な部分が多く出てしまい、結果として効果や威力が下がったりしてしまいます。でも、魔術の場合それがないため、時間がかかりますが高威力のモノが出来上がります」


 少し間を開け、理解する余裕を与えてくれる。


「スフレちゃんの再現したモノは、完璧にできても本物の百分の一程度の威力も出ません。これが魔法の限界です。ですが、魔術は違います。しかし、魔術の問題点としてあげられるのが、発動時間です。そこで、私たち双子の悪魔が出てくるのです。双子の悪魔は、他の悪魔や天使と違い、同時に複数の魔術を展開でき、魔法の同時併用も可能です。さらに、魔術回廊を双子間でやり取りすることが出来、高威力の魔術を魔法より早く、かつ連続発動させることが出来ます」


 わずかな間を空けてくれたが、おそらくこれは理解のためではなく、話を辞めさせるタイミングだろう。覚悟がないなら聞かない方がいい。そう、囁かれているようだった。知ってしまえば、もう引き返すことはできない。これを機に彼女が俺を避け始めるかもしれない。それでも俺は、シュゼの――この小さな身体にへばりついた全てを知りたい。


 そう、深く思った。


「続けてくれ」

「神殺しの兵器――それが、私たち双子の悪魔が生み出された理由。使命です」


 足を止め、鋭い視線をフードから覗かす少女は語った。


「双子の悪魔は契約を結ばされます。どちらかが死ねば、もう片方も死んでしまうというものです。私たちはとても危険な存在です。一度暴れてしまうようなことがあれば、世界――いや、その次元すらも消滅させてしまう程の力を持っています」


 踵が震える。


「お姉ちゃんは今、魔界の収容所に居ます。学園内に噂が広がらないようにする為です。私も極力、他の子との接触を避けるように言われていました。ですが結局、どこかからか噂は広まり、わたしは…………さっき、お姉ちゃんは魔界の収容所にいると言いましたよね。その理由は、――もし、私が感情を抑えきれなくなり、暴れた時に、無抵抗な姉を殺して、私を沈めるためです。仮に、お姉ちゃんが暴れた時も同じです。それが、神を相手にしても圧倒する兵器を唯一沈める方法です。そのため、この契約があるのです」


 シュゼはマントを取り払い、服を緩め胸の辺りを大きく見せると、契約の印を見せつけた。




 銀の首輪に、胸には銀のナイフのような杭が二本。おそらく、マロンの分だろう。


 シュゼとお姉さんを繋ぐように、それぞれは鎖で結ばれており、切れ端は途切れていた。痛々しい胸の杭からは、契約時の残虐性を引き立たせるような跡がある。


 バレーの時やお風呂の時は見えなかった。


 これを見せつけているシュゼは、頬を赤く染め、荒い息を吐いていた。


「触っても……いいか?」


 おそらく拒絶してしまえば、シュゼはひとりぼっちになってしまう。それだけは、何としても嫌だ。


「は、はい……ど、どうぞ」


 首輪に手を添え、伝うように胸の杭の辺りを撫でる。


「い、痛くはないのか?」


 初めて少女に触れる。彼女の素肌を始めて触った。


「ええ、い、痛くはないのですが……ともきさんの手冷たい」


 一頻り見渡し、一言礼を述べる。


「ありがと、もういいよ」


 印を消し、服を着なおす。




「拒絶しないのですね……」


 服を整えつつ、シュゼが口をはさむ。


「てっきり……気持ち悪がられると思っていました」

「今でも、天使のことが何の事なのかさっぱりわかっていない。存在する意味も分からない」


 俯くシュゼ。


「でも、信じてみないと始まらないだろ? それに、ここで俺がシュゼを拒絶してしまえば、またひとりぼっちになっちまうだろ。三人揃ってパーティー。三人揃って家族。そうだろ? もう、切っても切れそうにないところまで来ちまったんだ。なら、ちょっとくらい知り過ぎても問題はないはずだ」


洟をすすり、目には涙をためているシュゼがいる。


「そんな、大胆なこと言うのスフレちゃんくらいですよ…………でも、ありがとうございます。受け入れてくれて……触ってくれて……信じていますよ。あの時、ちゃんと思い出してくれたように」


 じっと見つめてくれるシュゼ。不安や緊張がなくなり、安心しきった顔はどことなくスフレに似ていた。




「そろそろあいつを探しに行こうか、迷ってなければいいけど」

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