第25話ダンジョン


 翌日、スフレが毛布とシュゼを抱き枕代わりに独り占めしていたため、寝冷えで二人より早くに起きてしまった。


 気を抜けば昼まで寝ていそうな二人を起こし、ギルドへと向かう。


「ん~、ねむい……なんで、こんな朝はやくから……?」


 目をこすり、ふらりふらりと足取りが不安定なので、シュゼに寄り添う。


「朝早くに迷宮の近くまで送ってくれる、乗り合い馬車が出ているらしいんだ」


 座席と馬車は早い者勝ちで、朝早い方がよい馬車を安く契約することが出来る。


「歩いて行ける距離じゃなかったのぉ?」

「いあ、お前らはともかく、俺はこの剣と盾を持って行かないといけないからな……」


 鉄の剣に鉄の盾。まったく鍛えてのいない、至極伝統的な一般男子大学生であるはずの俺では、非力に及ぶ。


「情けないわねぇ……ほらぁ、かして……」


 盾と剣をスフレに渡すと「はい」とそのままシュゼに横流しした。

「え……えっとぉ、どうしてほしいの?」


 戸惑うシュゼ。


「形状維持の魔法と、中の原子密度をさげるまじゅちゅと……」


 まだ、頭が働いていないようで、


「ええ~と、そんなもんでしょ」

「あ、えっと、とりあえず考えてみますね……」


 無理難題にも感じるが、シュゼはとりあえず、試してみる。


「と、とりあえず、やってみるね」


 魔法と魔術を重ね掛けできるのかと、初めて知った。




「ど、どうぞ持ってみてください」


 手渡された二つに驚く。


「おお、軽い! どうなったんだこれ」

「えっと、見た目や強度はそのままで、内部構造を変えてみました……か、簡単に言うと、中身を空洞のようなものにしてみました。ど、どうですか?」

「めちゃかるい! これなら体力とか気にすることなく振り回せそうだ!」


 血気盛んな俺をみて、喜びをあらわにする。


「それじゃ、歩いてくか」

「えぇー!」ものすごく嫌な顔をするスフレ。

「もう少し寝ていこうよぉ……」


 うぅ~と唸るが、とりあえず引き摺ってみる。


「やだやだだ、ねたい!」


 子供のように喚く。


「お前は早く帰りたいのか、モンスターと戦ってみたいのか、寝たいのかどれなんだよ」

「ねたい!」わがままもたいがいにしろ。

「……悪いなシュゼ。せっかく手を加えてもらったけど、やっぱ、馬車で行くわ」

「き、気にしないでください……」


 恨むならこの堕天使を恨んでくれ。




 受付のおばさんに料金を支払い、馬車のおっちゃんに挨拶をする。

 乗合馬車であるため、すでに先客がいるらしく、その客が馬車一台分の料金を支払ってくれていたため、俺たちは一人分の料金で乗せてもらえることとなった。


 その先客というのが、ドラゴンの卵らしい。きっとダチョウの卵くらいのおおきさ。

 それらとともに揺られながら、目的地である地下迷宮の周辺で降ろしてもらった。




「よし、それじゃあ、そろそろ迷宮に潜ってみるか」


 地下迷宮の入り口手前で身支度をすすめる。

 ギルドで配られていたマップを握り、これから挑む迷宮を臨む。


「あーそう、ともき! これ持ってて」


 そう言って手渡されたのは、シュゼに以前貰ったと事のあるお守りだった。


「何する気だ?」


 波乱を乗り越え、少しはこいつのことが分かってきた気もするが、大抵いい事はない。


「いいから、一応の安全対策」


 生返事で了承するが、嫌な予感しかしない。




 背後に気を付けつつ、迷宮に入っていく。

 迷宮内は薄暗く、湿気と埃臭さに満ちていた。目が暗さになれ、ようやく身動きが取れるほどになるが、足元はおぼつかない。


「――へっくち」


 緊張とは裏腹にくしゃみをするスフレ。とりあえず、ティッシュは持ち合わせていないので、柔らかい布を渡す。


「目ぇかゆい……」埃が気に食わないのか、先ほどから鼻と目からいろいろと滴っている。


「あんま掻くなよ……帰ったらマシになるだろうに、もうちょっと我慢しとけ」


 唸っているが、触れずにおいておく。




 迷宮を進むこと数十分、ちょうど俺の部屋と同じくらいの大きさの部屋に辿りつき、小休止をとる。


「結構歩いたな……暗くてマップもよく見えないし、思っていたより、迷宮攻略って大変なんだな」


 煤けた壁にもたれかかる。


「へ? ともき、もしかして見えてなかったの?」

「こんなに暗かったら仕方ないだろ……」にやける奴の顔が思い浮かぶ。

「てか、お前は見えているのか……?」

「ええ、もちろん! 私とシュゼもばっちり見えているわよ! あなたがあまりにも慎重に進むものだから、余計に緊張してたけど、見えていなかったのね」


 顔を見なくてもわかる。笑っていやがる。


「なんで言ってくれないんだよ! なんでみえているんだよ!」


 恥をかく結果となり、余計にムキになる。


「それはぁ、私が純粋で無垢な天使ちゃんだからでしょ」


「ないな」「ないですね」


 二人とも否定する。珍しくシュゼも。


「そんなことより、さっさと暗視魔法的なもの掛けてくれよ」


 否定され流され散々なスフレである。


「そんなのあるわけないじゃない」


 あっさり退けられる。


「え、じゃあなんで二人は普通に見えているんだよ」

「それはあなたのゲーム内のレベルが低すぎるからよ」


 ちくしょー嫌いだこんなゲーム!


「ステータスの高い私たちは、この迷宮の推奨レベルを大きく上回っているから、普通に見えているんだと思うよ」

「じゃ他の方法でなんとかならないか?」

「そうねぇ……」考え込む二人。

「あ! そうだ。ねえシュゼ、魔法使いさんがつかっていた、古い魔道具とかにそんなのなかった?」

「あったとおもうけど……瞳孔を広げる薬だよね? でも、いまは持っていないよ?」

「そりゃそうよね~。そんな古臭いものさすがに持ってないか」


 魔法が現代的で優れているからって、言い過ぎではないか……。


「じゃあ、仕方ないか」


 と言って、魔法で光る球を手の中に作り出した。


「それがあるんなら、初めから使っとけ」

「魔法による光ってのは、空間を照らすものじゃないの。ただ、ここにある元素や物質が光っているだけなの。だから、灯にはならないのよ」


 やけに理系チックに事を説明する。


「じゃあ、お前が始めて俺の家に来た時に見せたアレはなんなんだよ」

「アレは確かに空間を明るくするものだけど、範囲を設定しなくちゃいけなくて、部屋みたいな仕切りがあるところでしか使えないの、もし、こんな広くて仕切りのない迷宮なんかで使っちゃえば、私の頭がオーバーヒートしちゃうわ」

「あ――」


 そうつぶやいたのはシュゼだった。


「これだったらできるかもしれないよ」


 そう言い、ゆっくり時間をかけて詠唱を始めた。


「解放されしその魂よ、道行満る他の心よ、集いし其方へ力を貸したもう」


 そう言い終わると、手のひらに赤い炎が揺らぎ始めた。


「迷宮内にある可燃性の気体を集めてみました……ただ、何の気体が集まったのかまでは不明なので、近くで吸い過ぎたりすると、もしかしたら気分が悪くなるかもしれません……」

「おお、それは! やめておこうか……可燃性の気体ってほとんどが人体に有害だし」


 どうして俺たちが、ここまで照らせるものの取得に苦労しているのかというと、結局俺たちはゲームに設定されていた職業というものを選択していないからだ。


 つまりはスキルというものが使えないというわけだ。職業を手に入れられれば、スキルで地下迷宮の攻略に便利なものがあるはずであろうが、それらを手にすることはできない。


「じゃあ、いま取得できるスキルとかみんな持ってない?」


 三人してステータスカードをもう一度見返す。


「ねえ、もしかしてこれじゃない?」


 スフレのステータスカードに『順応魔法』と書かれた項目があった。説明を読む限りでは、現在の環境に即座に順応できるスキルらしい。


「それ習得できるか?」

「みたいよ」




 さっそくスフレに習得したスキルを掛けてもあった。


「おおー! みえるみえる!」


 ようやく見えた迷宮のマップと二人に安心の限りを覚える。


「なんだ、魔法を頼るより、ゲームに用意されているスキルとかを使った方がいいな」

「ちょっと、それ魔法のことバカにしていない? なんかむかつくんですけど」


 不服そうである。見えないことをいい事に、さっきまで笑い散らかしていたスフレだが、見えてからはむすっとした顔立ちになっていた。




 それから休憩と、おばちゃんの作ってくれたお弁当を食べ終えた俺たちは、こんどは軽やかな足取りで、迷宮を進んでいく。


「そういえば、シュゼはこういった暗いところとか狭いところは平気なのか?」


 視界が晴れ、気も晴れたため、すこし駄弁りを始める。


「い、いえ。そんなことはないですよ。……むしろ悪魔的には、こういった落ち着いたところを好みますし」


 狭い通路に、俺たちの声だけが響いている。


「ともきはどうなの? さっきまで私たちが見えていなくて寂しかった?」


自信たっぷりににやけ顔を覗かすスフレ。


「暗いや狭いに関連して怖いものはないかな……しいて言うなら、高い所かな」


 むすっとふくれるスフレ。


「と、ともきさんも高い所は苦手なのですね」

「ああ、ちょっとな……いつの頃だったか忘れたけど、木登りをしていたのか、高い所から落ちた記憶があって、詳しくは覚えていないんだが、高い所は避けるようにしているな……っつてもジェットコースターにはのれるけど」


 ジェットコースターという単語にイマイチな反応の二人。


「ジェット……こーすたあ? ……なんですかそれ?」

「遊園地とかによくある絶叫系のアトラクションで、その中でも特に人気の高いやつだな。コースターに乗って、レールを滑走していくんだけど、絶叫感だったり、爽快感が半端なく楽しいな!」今度皆で行ってみるかと誘ってみると。スフレは大きく手を上げ賛成、シュゼはどことなく顔を引きつらせていた。


「な、なんで自ら恐怖を味わうんですか……ばかなんですか……しぬのですか……」

「ま、まあ、恐怖症のある人からしたら理解いがたいよな」

「ぜったい楽しいやつでしょ! 楽しいに決まっているって!」


 子供のようにはしゃぎ、飛び跳ねている。


「シュゼも行こうよ、きっと大丈夫だって!」

「ゆ、遊園地にはそれ以外にも色んなアトラクションがあるから、楽しめると思うぞ」

「う、うん……じゃあ……いく」

「そうと決まれば、さっさとクエストを終わらせて帰りましょう! 私たちの家へ!」


 そう言い放ち、全速力で走り去るスフレ。


「お、おい待てよ! 迷うぞ!」

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