第24話食堂と寝床


 この食堂は、このギルドに所属する冒険者たちが、倒したモンスターのドロップアイテムを持ち込み、それらが調理され、振舞われる。


 駆け出しの冒険者や町の住人、誰でも利用が可能で、尚且つ、格安で提供されている。『腹が空いていることは良くないことだ、一人で腹を空かせているのはもっと良くない。温かい飯をみんなで食べて、みんなで笑いあえる場所がある。それがあればいいんだ』現この町の町長であり、このギルドの長がそう決めたらしい。


 この食堂の料理はどれも美味で、数多の冒険者や住人が毎晩宴を開いている。

賑わうテーブルのグラスが開けば、すかさずウェイトレスが次の酒を両脇に抱え、ドンとテーブルに置いていく。唯一、酒だけは定価で提供されているため、格安で料理が提供されていても採算は取れているらしい。




 俺たちは先ほど集合場所にしていたテーブルに腰を下ろし、料理を頼み始めた。


 この世界では十八歳以上からの飲酒が認められているようで、スフレが興味本位に注文してしまった。俺も飲めなくはないが、シュゼが心配である。確かに、二人ともお菓子のフランベ程度では、けろっとしていたが、本当に大丈夫だろうか。


 運ばれてきた料理とエール券はテーブルを埋めるほど多かった。一応上限金額に留まるように頼んでおいたのだが、それでも三人でも十分な量が来た。


 料理はどれもエールと合うものばかりで、酒が進むのもわかる。


 エール券は上限金額を設定したため、特別に用意してもらったものだ、余れば定価で買い取ってくれるらしい。


 スフレはエールを気に入ったらしく、お代わりを何回もしている。シュゼはというと小さい体にそぐわない気も否めないが、スフレと同じペースで飲み続けている。俺は三杯が限界だった。というのも、ジョッキがかなりでかい。


「よく飲むなあ」

「そういうともきはまだ三杯じゃない」


 アルコールが回っている様子もなく平然としている。


「いや、さすがにジョッキが大きすぎるだろ、一リッターくらいあるんじゃないのか?」


 持つのもしんどいくらいの大きなジョッキを、二人は次々に開けていく。

 意外にも一番酒が強かったのはシュゼであった。俺は三杯にとどめていたが、スフレはペースを考えずに暴飲、よって、泥酔とまではいってないとも、盛大に酔っぱらっている。


だが、シュゼは未だけろっとしていた。化け物か。


「と、ともきさんはもうよろしかったですか?」


 更なるお酌を望んでくる。悪魔か。いや、悪魔か。


「お、俺はもういいよ。そ、それにしてもよく飲めるな」あはは。と冷ややかな返事を送る。


「いえ、初めての味が気に入ってしまって……はっ、と、ともきさんってお酒の強い……その……女の人って、きらいですか?」


 突然何かに気付き、あからさまに頬を赤らめるシュゼ。

 やめてくれ、今その顔をされるのは効きすぎる。


「い、いや。そんなことはないと思うぞ」

「そうですか……」


 ほっと安堵する。


「そ、それじゃあ、そろそろでようか」

「は、はい」


 眠っているスフレをおぶり、ギルドを後にした。




「そう言えば、二人は今までどこで寝泊まりしていたんだ?」


 心地よい夜風に誘われながら、酒臭い女を背負い歩く。……まったく。


「わ、私たちは路地裏で寝ていました……」


 そうか。


「そっか。それはつらい思いをさせちゃったな」


 後悔が先立ってしまう。あの橋の上で別れた後、二人は薄暗く汚い路地裏で寝ていたのか。


「べ、別に気にしないでください! 寝泊まりできる場所を見つけられなかったのは、私たちが理想に甘えていただけなんですから…………未熟なだけです」


 長い沈黙が続く。


「そ、それにしてもともきさんの方がすごいですよ。だって、こんな状況になっても、ちゃんと生きる意味を探して、行動していたじゃないですか」


 それは……。誇れるものなんかじゃない。忘れていたのだ、二人の事を。何もかも。全てを忘れたことにしていたんだ――でも、しっかり言うべきだ。そう深く決意した。


「そんなすごいもんじゃないよ。だって、俺は二人のことを忘れていたんだから。現状に流されて、隠れて、逃げていただけなんだから。それよりも――」


 付け加えて言う。ここに三人でいることが出来た理由を。


「それよりも、シュゼがいてくれなかったら、きっと、すれ違ってばっかだったと思う。それは、今回の事だけじゃなく、普段の生活でもきっとそうなんだと思う。だから、シュゼが来てくれてよかった。俺とこいつとじゃ毎日喧嘩ばかりだと思うし、多分、これで終わっていたと思う」シュゼにはいち早く伝えたかった。――ありがとうと。


「こちらこそっ」微笑む少女の頬は少しばかり赤らんでいた。


 二人のことを忘れてしまったことで、改めて思い知ってしまった。

 この三人でいることが、すでに当たり前になっていたことに。




 いい雰囲気だったのを垣間見てか、背負っているやつが悶え始めた。腕を振りほどき、髪を整え、開口一番。


「それじゃあ、帰りましょうか」


 唖然としてしまった。


「か、帰るって家にか?」

「それ以外何処に帰るっていうの」

「いや、お前クエストに行きたいんじゃなかったのかよ」

「別にいいんじゃない? そんなの」

「いいって、いや、おばちゃんに折角ここまで用意してもらったんだから、行かないってのはないだろ」

「別に異世界の住人に恩を返したところで何も起きないし、その逆に恨まれたところで何もできやしないわよ」


 そうだよな。お前はこの世界を作った創造主だもんな。シャットダウンしてしまえば全てなかったことに出来るもんな。だったらな、て言ってやる。


「だったら、せめておばちゃんの頼みを叶えてやろうさ、それが人情ってもんだろ」

「じゃあ、どこで夜を明かすっていうの。このまま夜明けまでほっつき歩くっていうの? ともきが負ぶってくれるんならべつだけど」

「泊まれる場所の目星は俺がつけておいたから、いまからそこに行くぞ」


 やっぱり喧嘩だ。相変わらずわがままで文句ばっかで、変に気の利かないやつだ。




 そうして、俺が目星をつけていた寝床へとやってきた。


「ねえ、ともき。一つ文句を言っていい?」

「お前は普段から文句だらけだろ」

「ここ、馬小屋じゃない!」


 二人を連れてきた場所は、あの丘の傍にあった馬小屋だった。二日に渡り丘の上で寝ていた俺を見かねた農夫が声を掛けてきて、空いている場所なら好きに使ってくれて構わないと言ってくれていた。その恩も知らず、頭に響くわめきを上げるスフレ。


「柔らかい藁があるだけでマシだと思え、お前らだって、ずっと路地裏で寝てたんだろ、戦果を掴んでやったんだ、ありがたく受け取れぇ」


 押し問答の末、スフレの承諾を得ないまま寝床に出来そうな場所を探す。


「あそこしか開いていなさそうだな、仕方ない、ここで寝るか」


 馬房は綺麗に清掃されており、藁も新しいもののようだ。


「あれ、ともきも同じ場所で寝るの?」

「仕方ないじゃないか、ここしか開いてないんだし」

「そう……」


 文句を言わなくなったスフレを放っておいて、そそくさと寝る。


 思えば、三人川の字になって寝るのは初めてか。いつもはスフレとシュゼが俺のベッドを占領しているため、俺は椅子を並べて寝るしかなく。そろそろ寝袋でも買おうかと、本気で悩み始めるぐらいだ。


 少し機嫌が戻ったのかスフレは安眠の体制に入ろうとしていた。

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