第14話普通の日常



 そんなこんなでいつものデパート。例によりシュゼはドレス姿と違い、スフレの選んだあまり派手ではない黒を基調とした服を着せられていた。


 スフレを連れてこのデパートに来ることは多く、人目を気にする事が減ったのか、辺りを警戒することは減ったが、今日はシュゼがいる。


やはり、目立っている。


 ジーンズにパーカーと白のインナーを着せられたシュゼは、ひそひそと人目を避けるようにスフレの背中に隠れながら着いてきている。


 ついでにマロンもいる。マロンを抱え、人目から逃れるようにとフードを被った姿は、さながら縫いぐるみを抱える不思議っ子のような仕上がりとなった。


 二人の容姿に注目が集まっているはずなのだが、微かにこんな冴えない男が、美女を二人も連れて歩いていると言う映像が憎くて仕方がない的なことを言われている気もしなくもない。おそらくはしかる後背後からナイフで刺されるに違いない。


 なにはともあれ、まずは普段着を買いに行く。シュゼは自分で選ぶのが恥ずかしいのか、申し訳ないのかスフレにすべて任せた。


 結果こうなった。


 スフレは気合をいれ、シュゼをマネキン代わりに似合う服を次々にコーデしていく。そのたびに恥ずかしそうな顔を浮かべ、困り顔をこちらに向け、助けを求めてくるシュゼは大変見ものであった。


 衣類とスニーカーを揃えた俺たちは、そのまま食品売り場へと足を進める。



「なあスフレ、今日の晩ご飯は何にするのか決まったのか?」

「夏が旬の食材という事で、夏野菜を使った山形だしとモロヘイヤのスープに、あと豚肉を使った何かかなぁ、人数も増えたし少しずつ節約していかないとだしねぇ」

「そうだな、今迄みたいにあれやこれやと無駄に買い足すことはしないでくれよ」

「それはあなたが自炊しなさすぎで、調味料とかお皿もないからじゃない」


 やはり、一般男性にいきなり生活力を見いだせというのが間違いなのだ、うん。



「スフレちゃんは良く料理するのですか?」


 二人で歩いているとシュゼが、ちょんちょんと服の裾をつまんできた。


「ああ、そうだな。俺が自炊を全くやってこなかったからか、スフレが呆れてかちゃんと毎日作ってくれているよ」


 スフレの変わりように少し驚いたようなシュゼがいた。


「いいじゃない、それくらいやってあげても」


 それ以降何もしゃべらずカートを引き、先導するスフレ。


 食材を買い終え、空いているレジを探し売り場を往復していると、あっと思い出したかのように、シュゼがまた服の裾をちょんちょんと引っ張ってきた。


「そ、そういえば智樹さんってお酒買えますか?」

「買えたっけ?」

「買えるが? 何を買うんだ?」


 ええっと……と目を逸らし、少し恥ずかしそうにスフレに耳打ちをする。


「ああ、あれを作りたいのね」

「うん、売ってる?」

「んー、うーん、んー?」


 酒コーナーについたところで洋酒コーナーの前に立ち、唸るスフレ。


「なさそうねー。売っているお店なら小さいボトルで売っていたりするんだけど、ここにはなさそうかなぁ」


 少し残念な顔をするシュゼを見たのか、今度はスフレがこちらに耳打ちをしてきた。


 仕方なく了承する。しかたなくだ。


「なあ、さっきのことで疑問があるんだが、二人の年齢っていくつの設定なんだ?」

「設定って……」なにやら腑に落ちない顔がこちらを向いている。

「なんだ、もっとオブラートに包んで欲しかったのか? それともロマンチックに――」

「ロマンチックに相手の年齢聞き出すって、いったいどんなシーンなわけよ……まぁ、いいけど。私たちの年齢はあなたと一緒よ」

「となると二人とも二十歳か?」

「ううん。まだ誕生日を迎えていないから、二人とも十九。天界も魔界も人間界と時間の流れは一緒なの。だから私たちは、生まれてから十九年間生きているってこと」



 嫐(こんなかんじ)で足を進め、買い物を済ませた。あれほど釘を刺していたであろうにも、スフレはシュゼ用に食器とお箸を買いそろえていた。黙認という体で何も言わずにいたが、かごの中身を見ているときスフレと目が合い、ニヒッと笑顔を向ける。ああ、こいつは……。



 家に着くなりそそくさと料理を始める二人。


 スフレは赤のエプロン。シュゼは白と黒のストライプのエプロン。

 結局、献立は山形だしにモロヘイヤのスープ、冷奴に豚肉の生姜焼きとなった。夏の暑さで食欲が落ちるこの時期にピッタリな献立となった。


 スフレはそそくさと米を解き始め、炊飯器のスイッチを入れる。シュゼはその間何かを混ぜている。


 生姜焼きのたれの為に、ニンニク、玉ねぎ、ショウガをそれぞれみじん切りにし、醤油などの調味料を配合し、なじませておく。シュゼはその間何かを混ぜている。


 モロヘイヤのスープは至って調理は難しくなく、刻んだモロヘイヤとニンニクを水から煮、ソーセージを一口サイズにカットしたものを加える。それだけ。手間もかからずでき、さらに夏バテにも効くため、小さい頃はよく母に作ってもらっていた覚えがある。


「ねえ、ともきー。ビュッフェとバイキングって何が違うの?」

「ggrks(ぐぐれかす)」むっすりとした顔が思い浮かぶ。


「ビュッフェ。並んだ料理から好きなものを取って食べる形式。フランス語から派生した言葉。バイキング。各種の好みによって自由に取り分けて食べる形式。和製英語。日本でだけ通じる英語。決まった料金だけを支払い、食べたいものを好きなだけ食べる。要は、食べ放題。でも、日本でしか通じないため注意が必要。だって」


 ふーん、といった反応を見せる。スフレはご飯が炊きあがる頃合いを待ち、テーブルに額を合わせる。その間に俺がスフレの後片づけを行う。


 料理の手際や段取りはいいものの、片付けは出来ない。矛盾していないよな? 椅子に座り込み、疲れた顔を見せるスフレは「あとはおねがい~」とぼぞぼぞつぶやく。


「い、いいですよ。やっておきますから」

「大丈夫、いつものことだから。それに、このままだと邪魔だろ?」


 シュゼは先ほどまで混ぜていたものを牛乳パッで作った型に、アルミホイルを巻いたものに流し込む。その後、少し残しておいたのであろう生地に、赤色の食紅を垂らし、型に流し込んだモノの上に乗せ、爪楊枝でくるくると模様を描いていく。


「何作っているんだ?」


 片付けを済ませ、隣で作業をしているシュゼに話しかける。


「チーズケーキですよ。簡単に作れますし、材料費もそれほどかからないのでお手軽なんです」


 模様を描き終えたシュゼは、予熱しておいたオーブンにケーキを入れた。タイマーをセットし、誰にも気づかれないように手を合わせ、お祈りをする。



 三十分後、オーブンから焼き上がりを告げる音が鳴り、芳ばしい甘い香りを引き連れてケーキが出てきた。

 粗熱をとり、冷蔵庫へと入れる。すべての作業を終えるころには、辺りはすっかり暗くなっており、腹を空かす音が鳴り、食事の始め時だった。

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