第13話悪魔のシュゼ

 何はともあれ帰ってきた。俺は椅子に座り込み異世界からの束縛感と吐き気を癒している。スフレはいつのように、俺のベッドだったのに寝転がり本を読んでいる。


 マロンは元の愛くるしい姿に戻り、スフレの胸の上ですやすやと眠っていた。まったくの今まで通りの日常になりかけていたシーンだが、新しい来客がいる。その娘は何をどうしたらいいかわからず、帰ってきてからずっときょろきょろしていた。



 時刻は午後二時を回ったところ。


 スフレと夕食の買い出しやシュゼの生活雑品を揃えに行く前に、スフレと同様シュゼとの関係性の筋合わせをしようと椅子に座らせる。


「なあ、シュゼちょっといいか?」

「はっ、はい。なんでしょう?」


 流石にまだ慣れていないのか、単に人見知りであるのか、シュゼの受け答えは堅く、目を逸らしがちである。


「あ、いや、一応俺たちの関係の筋合わせをだな……こいつともそこんとこはしっかりやっているし、誰かに聞かれたら困るだろ?」


 吊られ曖昧な口調になる。


「は、はい……かしこまりました」


 かしこまり過ぎないでくれ頼むから。このままじゃ俺が攻めてシュゼを泣かしているみたいだし、何よりその仕草が俺に刺さる。


「そ、それじゃあ容姿はともかく、関係だな」


 シュゼの容姿はスフレとは違い、日本人よりで角やハネなどは取り外しが可能と、正確には見えなくすることらしいが、といった事情を踏まえ省略することにした。


「大学で知り合ったなんて言ったら、いろいろ多方面からうるさそうだからなあ。別のキャンパスっていうのも手かもしれんが」

「す、スフレちゃんとはどういう関係になっているのですか?」

「外国人の知り合いっていう体で一応通しているな。まだ誰にも紹介したわけでもないから、本当にハッタリとして通用するかはわからないが」

「でしたら、スフレちゃんの遠縁でどうでしょうか? そちらの方が、スフレちゃんが外国人ってのも大まかな説明がつきます。私の遠縁に外国人がいれば、もし容姿のことを気になられても説明がつくかと」


 確かに悪くはない。そのほうが純日本人でないと言え、目の色の説明がつく。


 了承の頷きを返し、スフレにもその旨を伝える。そして、次なる問題が使い魔のマロンだ。


 一応この部屋はペット禁止である。大家の了承を得ずとも即刻追い出されることであろう。


 だが、ここの大家は寛大であろう。


 俺が一年の時を積み重ね創り上げた居城。そうそれはまさしく城なり。

我の思いつくがままに集められた非卑猥卑猥の書物に、これまたガラクタになり果てていた教材。


 それに加え、換気、採光を全くしない土竜のような生活。


 玄関を一度開けば、誰もが迷い込み出られない事間違いなし、そんな有象無象を詰め込んだ部屋を大家は見逃した。


 つまり大家は俺と同様に、学術書擬きを隠し持ち、世界のありとあらゆるガラクタをいかにも小奇麗に並べ、有象無象のカビと埃と誇りを蓄えて生活しているに違いない。


 大家は大変とばっちりである。


 そうと思えば今更ペットが何だと言い張りたいが、差し出がましいに違いないので一応迷惑が掛かるか聞いておきたい。


「だ、だいじょうぶですよ……あの子は鳴かないですし」


 鳴かないなら、迷惑は掛からないだろうとふけった。


「あの……スフレちゃんっていつもあんな感じなんですか?」


 すこしの間を空けシュゼが問うてくる。もちろん俺は正直に答える。嘘もハッタリもなしに。


「ああ、来たばっかの頃は真面目に天使ぶっていたが、今となってはすっかり堕天している。いつもああやってぐうたらしながら本を読んだり、ゲームをしたり。とにかく料理以外の天使らしいことは何一つやっていないな。おまけに部屋もこの有様だし」


 深いため息をつくシュゼ。


 ですよねー。心の友ここに在り。この気持ちがわかってくれる人が傍に増えただけでありがたい。握手でもしてやりたい気分だ。


「やっぱり……堕落していますよね」


 そうなることを予期していたようなそぶりを見せるシュゼ。


「スフレちゃんの家は厳しい決まり事や稼業などが多くありましたから、突然環境が変われば、だらけてしまうものなんでしょうか……ね」

「そういうの親友としてどう見えるんだ? やっぱり心配か?」


 その質問に少し頬を赤らめ、小声で答えるシュゼ。


「ええ、そ、それはもちろん……心配ですよ。でも、スフレちゃんは、ああ見えてもやることはしっかりとやっているので、大丈夫……じゃないでしょうか?」


 ほんのりした照れ顔は、俺の心と目の癒しどころであった。

 そうして、シュゼにしばらく見とれていると、羞恥八割、真面目二割ほどの声がかけられた。


「あ、あんまり見ないでください。……それより、修行やお役目についても話したいのですが……一応、義務でもありますし。……い、いいですか?」

「ああ、問題ないよ」義務だったんだな。


 しっかりと前振れを用意してくれるあたり、シュゼの方が天使度が高い。


「で、では……まずは修行のお話から。……悪魔の行う修行は天使のものと大きな違いはありません。多くに思われがちな、悪事を囁くなどは悪魔の仕事ではないという事を留意しておいてください。人の心に付け入り心を惑わすのは、煩悩師さんのお仕事です。悪魔とは全く関係のないものと思っておいてください。それを分かって頂ければ幸いです。……ほ、本題に移りますが、悪魔の行うお仕事は一つとなっています」


 少しの間を空け、理解する余裕を作ってくれる。


「それが、悪魔のお仕事……もとい、お役目なのですが……な、内容が内容だけに前文がなければ、誤解が多いようでして……」


 スフレや俺の顔色を伺いながら、慎重に言葉を選んでいる。


「て、天使の創り出した、使われなくなった異世界を壊すというものです……」



 は?



「は? 天使の創った世界を壊すってどういうことだ?」


 そりゃ、そういう反応しますよねという感じにジトっとした目をスフレに向ける。


「あ、悪魔は一人っ子が基本で、悪魔自体の数も少ないので優秀になろうとする子が多いようで、……でも……天使の場合は兄弟、姉妹が多く、また、天界学園の規律もさほど厳しくなくないため。堕落したり、天使らしくない行いをする子が多いようです。その所為もあってか無責任なことをする子も多く、異世界を次々に創っては所有権を剥奪し、廃界させてしまったりしてしまうのです。壊れた世界が増えてしまうと、世界の記憶領域に不具合が生じやすくなりタイムパラドックスなどが起こったりしてしまうのです。それを防ぐ事が私たち悪魔のお役目だったりします」


 ちらっと、スフレの方を睨む。出会って一週間と少し。もしかしたら天使の存在自体がポンコツめいた存在じゃないかと思い始めた。


「ス、スフレちゃんはそんなことはしませんよ! 智樹さんの思っている以上にスフレちゃんは賢い子です!」


 必死に抗議をするシュゼ。

 断固譲らんとばかりに毛を逆立てている。確かにシュゼの言っていることは分からなくないのだが、スフレは現に堕落している。


 スフレのことは放っておいて、俺は今まで抱いていたちょっとした疑問を投げかけた。


「そういや、シュゼって双子の悪魔って聞いたけど、双子のお姉さんってどんな感じなんだ?」


 この話をもう一度したいと言われれば、全力で拒否したい。今後の二人との関係を危ぶむほど、俺の振りはこの空気を一斉に焦がすようなものだった。


 なにか良からぬ思い出を引きずり出したのか、暗い顔をさせながら俯き、トラウマを巡っている。


 ――そんな時、いつもアイツは救ってくれる。


「ともきー そろそろ買い物行こっ! 今日はシュゼもお菓子作るんだし、早めに準備しときたいの」

「そ、そうだな……」


 スフレの言葉に何かヒントがあったのかもしれない。シュゼは何も気にしていない素振りで立ち上がり、返事をくれた。

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