第12話超次元ビーチバレー


「それじゃあ、ともきは審判ね!」


 青い空、幾何学模様が束ねる空の下。スフレに指示され指定の場所に立つ。


 何をしようとしているのかは事前に聞いたが、ここの水位はあまりにも高い。腰の高さを優に超す海水は腹部をさすり、妙に力の抜ける感覚を漂わす。そんな事を気にしているとスフレが海水でビーチボールほどの大きさの球体を作り出した。


「ちょっとそのボール貸してくれ、念のためお前が小細工してないか確認する」

「ちょっと、天使を疑うっていうの! この競技で小賢しい事をするのは、天界でも魔界でも禁じられているのよ。それに、親友相手にズルするするわけないでしょ!」


 などと豪語するスフレにボールを返し、改めてルール説明をする。ボールは見た目はともかく、本質は一般的なものと変わりなかった。


「じゃ、ルールの確認な。ボールに触っていいのは三回まで、その間に相手陣地にボールを返すこと。手以外にも足や頭を使ってもいい。負けの条件は、ボールを掴む、陣地の外にボールを出す、三回以上ボールに触れる。だな、それじゃあ一点勝負だ。ゲーム開始!」


 その言葉とともに、先ほどスフレから渡された笛を鳴らす。


 ――すると。海が割れた。


 正確に言うと、今まで腰の高さまであった海水が退き、バレーボールコート程の大きさが確保された。長方形のコートが完成すると、すかさず水面が踊り始め、コートを二分する仕切りが出来上がった。


 二人がここで始めようとしているのは、ビーチバレーなのだが、早くも異次元を見せつけられた。


 コートが完成すると、スフレが空高くトスを上げ、シュゼがそれを追いかけるように青空を煽った。




   Ж Ж Ж




 天界と魔界で流通しているビーチバレーは、現実のものと大きく違う。その全貌とは、魔法や魔術の能力対決のようだ。高く打ち上げられたトスは、一度シュゼのコートに入り何も行われず、スフレのコートに返された。



 ここからが能力対決ゲームの始まりだ――。



 スフレがシュゼからのボールをレシーブすると同時に、スフレの周りに蝶のような光る何かが数匹舞い始めた。スフレは、そのままひとりでにボールを繋ぎ、三回目でシュゼのコートにボールを返す。


 その時に周りを舞っていた蝶たちは、ボールに移り。蝶を乗せたボールは、仕切りを超え、シュゼの正面へと吸い込まれるように流れていく。スフレからのシュートを受けようと、シュゼは体制を低くし、レシーブの形をとる。

 だが――。


 シュゼがレシーブを受ける瞬間、ボールは激しい閃光を放った――。


 でも、シュゼはピクリともしない。レシーブをしっかりと決め、シュゼのターンへと移る。


 通常目は強い光を受けると視覚異常を起こし、光過敏性発作ひかりかびんせいほっさというものが起こる。


 光の強さを表す単位をカンデラという。軍用の突入時に使われるフラッシュバンと言われるものは、百万カンデラ以上発すると言われているらしく、これを直視してしまえば失明などもあり得るようだ。


 このように強い光を過剰に浴びすぎると、痙攣発作や意識障害などが起こってしまうが、シュゼは平然としている。悪魔なのだろうか、人間ではないからであろうか。


 この魔法は、スフレと初めて出会った時、最初に見せつけられたものと同系統らしく、先ほどのように、蝶や兎といった虫や動物の形を描き、投影することが出来るようだ。


 もっぱら俺に被害が及ばなかったのは、始まる前にシュゼから、対魔法体制のあるお守りを貰い、スフレから頭をなでなでされたからであろう。なでなでに意味はないらしい。おかげで死なずに済んだ。


 てか、さっきの言葉は何処に行ったんだ。親友相手に容赦ない。


 そのままシュゼのターンへと移り、三回目でスフレのコートに向け、空高くボールを放った。一見、何も起こらなかったように見えるが、やはり、違った――。


 高く打ち上げられたボールは、スフレのコートの中央付近で静止し、ゆっくりと回転を始めた。すると、シュゼがぶつぶつと何かを呟き始め、数秒ほど経つとシュゼの足元と、ボールの下に空に移る幾何学模様の光りの輪のようなものが現れてきた。


 ボールの下に描かれた輪は、幾多にも連なり。

 ゆっくりとボールが輪に入り込むと――。


 猛烈な速度で空気を割り、爆音と衝撃が走った。


 一目見れば、スフレに見せつけられたアレなのだが、筋のような光もなければ、大きな爆発も起きなかった。


 慣れた思考を振るわせつつ、これが加速系統のモノだと理解する。おそらく、電磁誘導の法則に由来するものだろう。


 スフレが頭の上で空を撫でるように、手を翳すと。

 足元に高速で落ちるはずであったボールは、スフレの顔の前で静かに止まった。


 スフレはそのままボールを打ち上げ、今度は二回目でシュゼのコートに返す。またもなにも行なわれないようにボールが飛んでいき、シュゼのレシーブを受けると同時に、今度は機敏に振動し始め、高周波や低周波に不協和音と様々な音を、これまだ大音量で放った。


 音に対して過敏に反応する症状を音嫌悪症という。日常的な音や突発的な音に対して反応が起こり、強い恐怖や不快感を覚えることがあるようで、動悸や過呼吸などの症状が現れ、パニック状態に陥ってしまうこともあるようだ。


 これにはシュゼも答えたらしく、少し苦しそうな表情を見せた。遠目で見れば、女の子二人がきゃっきゃうふふしながら、ビーチバレーをしているように見えるが、親友同士で殺伐としている。


 次のターン。シュゼは速攻を仕掛けてきた。二回目に返されたボールは、スフレのコートに入った瞬間、形を失くし、ただの水に戻った。


 それと同時にスフレのコートが決壊し、身動きを封じる。エリアを限定して魔法の効力を失くすもののようである。


 余裕を見せていたスフレの顔が厳しくなり、状況を打開しようと思索をたぎらす。

追い込まれたスフレは、足場の状況は除外し、形を失くしていたボールを再構成する。


 真上にレシーブされたボールを、もう一度真上にトスし、魔法発動にために時間を稼ぐ。緩やかにシュートされたボールは、ネットを超え、頼りなくシュゼの正面へと吸い込まれるように思われた。


 だが、シュゼのコートに入ったボールは、徐々に金属光沢を放ち、硬く重くずっしりとした見た目に変わっていく。


 さすがのシュゼも素手で受けるわけにはいかず、そのままコートに落ちて、ゲーム終了。


のはずであった――が。


 ボールはスフレのコートにめり込んでいる。いとも容易く返された。見入っていたはずが見逃してしまった。


 状況を理解しようと、記憶を辿ろうとするが、無意識のうちに踵を返していた。


 ドラゴンだ――。


 シュゼのコートの後ろに羽ばたいているマロンの口からは、覇気がいまだに漏れ出している。先ほどの瞬きの瞬間に行われた攻撃は、ドラゴンの吐く息によるものであった。


 少し遅れて終了の合図を鳴らす。シュゼは小気ながらも喜んでいる。

 スフレはというと、脱力したようにぷかぷかと水面に浮かんでいた。




 さて、ゲームということは、賭けがついてくるのだが、今回二人が賭けたものとは、今日の夕食後のデザートをどちらが用意するかという事らしい。

 勝った方が好きなお菓子を作れるということだ。そんな程度のことで次元を超えたのかよ……。


 ゲームを終えた後は、折角スフレが水着を用意したこともあり、三人と一匹で遊んだ。




   Ж Ж Ж




 空高く打ち上げられた水で出来たボールは、放物線の最高到達点に達すると徐々に金属光沢を放ち始め、いかにも重そうな見た目へと変わると、ドスンと音を立て俺の足元にめり込んだ。


「ひぃええええぇぇえぇ」


 意図せず声帯が裏返り、情けない声がでる。


 スフレはというと、指をさし腹を抱えクスクス笑っている。

 シュゼは心配そうに見つめてくれている。


「あっぶねぇだろ! 殺す気か!」


 冗談じゃないと訴える。


「冗談じゃないの、どうせ当たりなんてしないって」


 笑い転げるスフレにボールを投げつけてやろうと、 埋もれたボールを引き上げようとするも、動かない。しばらくの間悩んでいると、スフレが答えを教えてくれた。


「そんなの動かせるはずないでしょ、だって金だもの」

「今なんつった? 金だって?」

「ええそうよ金よ。元素記号で言ったらAu。残念ながら、売れるようなものじゃないけどね」


 頭を高速回転させ、中学で習った球体の体積の求め方を必死に思い出す。が、「売れない」の一言で思考が停止する。一応聞いておこう。


「どうして売れないんだ?」

「だって、魔法程度の錬金術じゃ精々形をたもつだけでも、五分が限界なんだもん。それに、そんな小賢しいことは天使たる私が許しません!」


 言い切った。

 腰に手をあて、さも当然であるように言い切った。俺の反応が気に食わないのか、スフレは新たにボールを作り出し、続きを始めた。


 今更ながら容姿の説明をしよう。スフレは見るからに子供っぽさが漂うひらひらのフリルのついた白いビキニを着ている。似合っていない訳ではないが、自分の為に買うのは恥ずかしくなかったのか? 

 心底自分のキャラクターを分かっているようで。


 シュゼはというと性格とは真反対で、大人みを帯びた黒いビキニと腰にパレオを着ている。言ってしまってはなんだが、シュゼの体系は黒ビキニが似合うほど出っ張っていても引っ込んでいてもない。


 これを選んだスフレからは、悪意らしきニヤリとした悪い笑みが感じられ、シュゼの命運を祈るしかなかった。案の定シュゼは容姿に自信が持てないのか、腹部や胸部をさすり気にしている様子だ。


 そして俺。どうしてか自分でもあまり似合っていないと思われる赤色を選択された。これも悪意か。恥じろというのか。まあいい。


 二人で買い物に出かけた時は、常人より優れた美的センスにしばし惚れていたが、あれは幻覚であったか。そう思わせるほど、俺の海パンへの興味のなさと適当さ。

 星マークはねぇだろ。

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