第15話お菓子


「ほ、本当は翌日からの方が美味しいんですけどね……ど、どうぞ、お召し上がり下さい」

 

 夕食を食べ終えたテーブルの上に、三センチ角ほどに切られた小さくかわいらしいケーキが、白く装飾の施されていない小皿に二つ盛られた。

 


 すべての作業を終え、一息つく。疲れと緊張が表情から抜けていくのがわかる。シュゼは二人がケーキに手を付け始めるのを確認してから、小さいケーキをさらに小さく切り分け、口に運んだ。


 口元がゆるみ、笑顔がほころぶ。


 シュゼの作ったケーキを堪能しつつ、スフレの淹れてくれた紅茶を啜る。チーズケーキのほのかな酸味と、紅茶の苦みや香りが柔らかく混ざり合う。余韻に浸りながらシュゼを眺めているが、果たしてこの世は天使と悪魔を履き違えたのだろうか。


「あ、あの……次いででいいのですが、魔術の方を……す、少しだけ見せびらかしてもよろしいでしょうか?」

「あ、あんまり派手じゃないやつをな」


 スフレ同様、部屋を吹き飛ばされてはかなわない。ましてやバレーボールの時見たく、奇妙奇天烈なことはできれば辞めていただきたい。


「そ、その辺は大丈夫かと思います……魔術は魔法に比べ地味なので」


 そういうとシュゼは立ち上がり、台所からうすしお味のポテトスナック菓子を取り出してきた。大皿に移し替え、テーブルの真ん中に置く。


 次に白い紙にマジックペンで、ペンタグラムと呼ばれる正円に星と何やら難しい文字が書かれたものを作り、先ほどの皿の下に敷いた。


「よく綺麗に描けるな」スラスラと描かれていくペンタグラムを見て、しばし関心する。


「小さい頃に習うんですよ。い、一応スフレちゃんも描けますし、そんなに珍しいものなんかじゃないですよ」


 よく観察していると、ここに描かれているのは、スフレの異世界の空に映るものとさほど違いはないようだ。そういえば昔は、天使と悪魔に境界がなかったことを思い出した。


 その後シュゼはスナック菓子の上で手を翳し、こう囁いた。


「主の命に如く、この生贄に再会の祝福を贈ろう。導きに対し更なる力を引き出し給え」


 そう告げると……何も起こらなかった。人間には見えないだけなのかとスフレに伺ってみるも、同じく何も見えなかったようだ。不思議に思い本人に確かめてみる。


「なあシュゼ。なにも変わっていないように見えるんだが……?」

「見た目で分かるほど派手なものではないので……そ、それより一つ摘まんでみてください」


 そう促され、恐る恐る手を伸ばしてみた。


「な、なんだこれ……チョコか?」


 口に運ばれスナック菓子は、普段と変わらずしょっぱい味がするかと思われたが、不覚にもそれは甘く、香りや風味などはそっくりそのままチョコであった。


 甘いチョコにパリッとしたスナック菓子の触感が交わり、不思議な感覚がさまよう。さまよえる感覚は次なる好奇心を生み、次々に手が伸びる。


 メロン、モモ、いちご、ケーキ、シュークリームなどと果物からお菓子そのもの味がするものまであった。うまいうまいとほおばっていると、シュゼは満足そうに微笑でおり、今起きた現象について説明し始めた。


「い、言わなくてもすでに分かっているかと思いますが、これは、食べ物の味を変える魔術です。わ、わたしは主に甘いものに変わる傾向があります」

「へーじゃあ、やる人によって味が変わるんだ?」

「は、はい。当人の食べたことのあるものから、印象にあるものがアウトプットされやすく、味の好みや好き嫌いもあるため、術式での限定がしにくいので、狙って出ることはすくないです」ちらりと目を逸らし。


「ま、稀に食べ物以外の劇物めいたものを作り出す……子も」

「あ、あの時はほんとうに悪かったって、私だってそうなるとは思わなかったんだもん」


 苦い思い出をつつかれたのかふくれ面になるスフレ。


「な、何があったんだ?」

「ス、スフレちゃんが、今回わたしが行ったものと同様のモノを魔法に転用できないか試してみたんです。う、上手くいったのはいきましたけど……」少し顔をしかめ、困った表情をする。


「まさかよねー。まさか、アルコールに変わるとはねー。おかげで二人とも急性アルコール中毒で倒れるは、おまけに停学になるわ」


 明後日の方向を向き、自身の失敗を語る。


 聞いた話、スフレが魔法で行ったものは、今回の魔術を魔法にすり替えて行ったものらしく、かなりの難易度を誇るらしい。一応上手くはいったものの、作り出されたものは甘いお菓子などではなく、アルコールだった。二人は急性アルコール中毒で倒れたにもかかわらず、魔術を魔法に転用した事が危険行為とみなされ、退院した後両協議会から厳しく叱られたらしい。




   Ж Ж Ж




「ねえともき。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい?」


 お互いベッドに腰を掛け、本を読んでいるところ、スフレから声がかかり、何だ? と興味のない返事をする。


「この後シュゼをお風呂に入れようと思うんだけど、その前に玄関の鍵、しっかり掛かっているか確認しといて欲しいの。多分今までにないくらいの騒ぎになるから、一応身構えておいて」


 シュゼに聞かれないように顔を寄せ小声になる。それを察し、俺も小さく相槌を送った。


「いつ頃入る予定だ?」

「できれば今すぐにでも入れたいのだけれど……いい?」

「ああ、湯は張っていないがいつでも構わないぞ。そ、それにしても一体何が起きるんだ?」

「あの子、大のお風呂嫌いなのよ。向こうにいた時は召使が数人がかりで取り押さえて、やっとのことで入れていたみたいなのよ」



 今のシュゼを見るにも、自己紹介の時を思い返そうにも、特に不衛生とは感じなかったが、あの長い髪を手入れするのに、数人掛りで行っていたのであれば、スフレ一人では心許ないのではと思っていたのだが、

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