第6話お買い物
翌日、さすがに一日中ドレス姿でいられるのも気を使うため、近所のデパートに服を買いにやってきた。
まあ、ドレス姿で買い物に行くのも気が引けるというか、目立ちすぎるので、適当に誂えたあまり男よりではない無地のシャツとジーンズを履いてやってきた。
それでも結構目立っている。
シンプルな組み合わせでも、華麗に着こなせる人物を初めてみた。あまり関わっていると思われたくもないので、早歩きでスフレと距離を開けて歩いているが、能天気である天使は果敢に話しかけてくる。
「広くて人も多いので迷子になっちゃいそうですね」
「頼むから迷子にだけはならないでくれよ。ただでさえ目立っているっていうのに」
迷子センターにいても他人のふりをして置いて帰りたい。
「それで、どちらまで行くのですか?」
「服を買いにな。なんでもいいから三、四着好きに選べ」
いつの間にか横並びになっていたスフレは、輝かしい笑顔で昇天している最中である。
「ちょちょちょ、今ここで変なことするとまずいって」
軽く宙に浮いていたスフレの腕をつかんで引きずる。
「ほ、本当によろしいのですか⁉」
「お前も服くらい着替えたいだろ、それに一日中ドレスってのも、見ていて疲れるしな」
目を輝かし、よだれを垂らすスフレ。相変わらず顔に出やすいようだ。
「で、でも本当によろしいのですか? いきなり自分を天使だという人を家に住まわせ、お洋服まで買っていただけるとは。追い出されてもおかしくない、と思っていましたし、こんなに人のように扱っていただけるとは、思ってもいなかったです」
たどたどしい口調にはやはり、理想と現実と誹謗論が隠れていた。きっとこればかりは、蓋を開けてみないとわからないものなのかもしれないな。
「まあ、いきなりの事で理解の追いついていない事が大半だがな……一応女の子だし、みだらな恰好はさせてやりたくないし、男と違って必要なものも多いだろ? それに――」
「それに?」
「いきなり非人間宣言してきたことより、異世界に連れていかれてトラウマを植え付けられた事の方がよっぽど不信的」
あぁ、と顔と目を背け、苦い顔で何かを思い起こすスフレ。
「いや……ほんと、ごめんなさい」
少ししょぼくれた天使を右肩に、にぎわう通路を流れに乗って進んでいく。
安くてシックなデザインが売りの量販店につくと、目を輝かせながらずかずか進軍していくスフレ。
気前よく好きに選べと言ったものの、大学生の生活はそう余裕のあるわけではない。週三回程度のバイトで食いつなぐには無理があり、親の仕送りと届けられる米に助けられている。節約のために自炊を心に誓うが、わずか数回に終わり揃えた調理器具を並べるだけとなったキッチンと、カビの生えそうなシンク、まさしく冴えない男子大学生そのものである。
先走っていってしまったスフレの後を追いかけると……なにやら高そうな鞄を腕に抱えていた。おそかった。
「なあ、お嬢様。その手に持っているものは何だい?」
冗談っぽく尋ねてみるが、意に介さず自慢気なスフレ。
「見て下さいよこれ! すっごく可愛いと思いませんか?」
目をきらきらさせながら俺の感想を期待している天使の顔である。
「おいスフレよ、俺はさっきなんて言った?」
んーと少し悩み答える。
「なんでもいいから好きに選べ」
「その前」
んーとまた悩み、はっ! とした表情を見せ、暗い顔で答える。
「服を……買いに行く」
そこまで落ち込まなくたっていいだろう。俺の言いたいことを理解したのか、スフレは見るからに高そうな鞄を元あった場所に戻しに行った。
それからの計画は順調で、パジャマを合わせ四着の服と下着セットを買った俺たちは、そのままの足で昼食を済ませた。
Ж Ж Ж
大きな袋を手にアパートの玄関の扉を開ける。服と下着のほかに靴や歯ブラシといった日用品も揃えたため、かなりの大荷物となった。
「ああ、つかれた……やっぱ、普段から運動しておかないと、この暑さでの外出は応えるな」
ため息交じりに玄関に荷物を下ろし。
「確かに結構暑かったですねー。夏は暑いと聞いていたのですが、ここまで暑いとさすがに外に出る気も起きませんね……」
二人同じくしてため息交じりの口調。さすがに天使の体感温度も、人間のものと同じ感覚のようだ。
「その感じだと天界って所には季節がないのか?」
「ええそうですね、天界は年間を通して大きな気温変化はなく、気候も穏やかですし、雨もあまり降りません。人間界で言いますと、春が天界の気候と同じくらいですかね」
「年中春なのか……花粉症の人にはたまんないな……」
少し向こうの事も知れたところで、リビングの扉を開ける。
むわぁっとした空気が、外の熱気とは違う嫌悪感をもたらし、ここでもかと二人して項垂れる。とりあえずクーラーをつけ、涼しさを求める人類と人外に救済をもたらす。
「そう言えば、さっきの事聞いて一つ思ったんだが、スフレって夏が好きなのか?」
と言うと、下半分驚き上半分キラキラさせたような顔をしていた。
「な、何でわかったんですか!」
「いや、ほら、あの異世界? が夏っぽかったし」
そんなところから⁉ と言わんばかりの顔をするスフレは、なんだか嬉しそうに口を開いた。
「はい。その通りです! 夏が好きです! 人間界の夏の行事に憧れて、あの世界を作りました」
なるほど、となるとあの空の幾何学模様は天の川でも模しているのかな。じゃあ、あの浮かぶ島は何だ……提灯か? まあそんなことはどうでもいいか。
「ともきさんはどの季節が一番好きですか?」
「季節かーそうだな……特にないかな」
「えーどうしてですか。四季にもそれなりの特徴があるのですから、一つくらいあっても」
「いやだって、冬になると早く夏になって欲しいって思うし、夏になるとやっぱり暑さには嫌になってくるわけだし、ま、間を取って春か秋だな。でも、秋のほうが美味しいものが多いから秋かもな」
「美味しいもの?」
なぜかここでスフレが突っかかってきた。
「ああ、いろいろあるぞ、サツマイモやクリ、キノコ、ミカンにリンゴ、カキ……まぁ、数えたらきりがないくらいにはあるな」
興味ありげな顔をしている。
「そ、それって今は食べられないんですか?」
「そうだなぁ、ハウス栽培とかされているものなら出ているとは思うが、旬の食材はその時期に食べるのがいいんじゃないか? そっちの方が飽きないだろうし」
「美味しいものが多いといろいろと作り甲斐がありそうですね! それはそうとともきさんって詳しいのですね。普段は料理とかよくなさるのですか?」
「まぁ、詳しいほどでもないが、そもそも料理ができないし」
とりわけどうでもいいような与太話をしながら、荷解きを行っていく。
ついでに一年間に渡って作り上げた、我が恐城に開城交渉を試みる。
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