第5話天使のスフレちゃん

 狭いアパートの一室に、食卓テーブルを挟んで二人の男女が話し合っていた。


 ……いや、女のほうは人と言っていいのだろうか。


 ま、そんなことはおいとおいて。


「では、はじめは修行のことからご説明いたしましょう」


 スフレは、何処から持ってきたのかわからない家庭教師? のような赤渕のメガネと指示棒を身に着け、説明を始めた。


「修行というのは、一人前の天使になるための過程の一つです。最近の流行りとして人間界に降り、主を支えつつ天界から送られてくる課題や、日常の中に起こる困難などを乗り越え、天使としても人としてもバランスのよい人材を作り上げるのが目的です」


 いくつかの疑問が出てきた。


「はい質問! 流行りってことは、ほかの場所でも修行をするのか?」


 問いにうなずくスフレ。


「はい。原則として修行を終えるまで天界に帰ることは許されていません。ですが、修行を行う場所は任意で決められるようになっています。候補の一例をあげましょうか。今、私がいるこの人間界のほかに、エルフの創造主クラフティ・トロ―ネの暮らすスプモーネ。ケットシーの暮らすグラニテ・ロクムなどがあります」


 途中までなんとなく理解はできたが後半はさっぱりだ。

 ふーん、と添えるだけそえておく。


「天界からの課題ってのは、具体的にどういったものなんだ?」

「そうですね。多くは修行の趣旨でもある、主を導く。救う。などといったものが多いでしょうかね。他には、魔法の習得や技術向上などもあります」


 魔法……? さっきのあれか、どう見てもあれは破壊行為だろ。

 他にどういった魔法が存在するのかは知らないが、あれの技術や威力なんかを磨くのだけは、勘弁してもらいたい。


「じゃあ、最後に。天使としても人間としてもいい人材を揃えるためって、お前ら何かと敵対でもしてるのか?」


 あぁ……と、顔を引きつらせてスフレは目を逸らし。


「えぇっと……天界と魔界のどちらがより優れているかを競い合うことになった結果、他種族の視点から評価をしてもらおうと……どこかの偉いお方がお決めになさって……それで、今まで境界線のなかった天界と魔界の間に大きな門が建てられ、関係がぎすぎすしている状態です……」


 なんだか聞いていて切なくなってきた。親の転勤で転校する子供の気分といったところか。

 悲しそうにうつむくスフレを見て、気になったことを聞いた。


「そう言ったら、悪魔の説明のときに、稀に反する者がーとか言ってなかったか? あれって具体的にどういうものなんだ?」


 悪魔話になると急に落ち込むスフレに更なる探りを入れてみた。


「悪魔っていうのは、基本的に一人っ子なのですが、稀に双子として産まれてくることがあるのです。理由の解明はされておりませんが、双子の悪魔には、他の悪魔にはないものがあるとされており、周囲からは異物扱いされている子が多いようです……」


 この探りはあたりだったようだ。


「私の親友がその立場に置かれていて、分離される前に通っていた学園では、周りから無視され、いない存在(もの)と扱われていて……いつも人気のない校舎裏の階段で、お弁当を食べていました」


 ぐすん、と洟をすすり目に涙をためたスフレは続けて。


「分離されてからまだ一度も会えてなかったので、すごく心配です……」


 もう十分だ。俺はスフレを落ち着かせようと、頭に手を伸ばした。


「なんていうか、お前って優しいやつなんだな」


 そういった俺をきょとんと見つめ、泣いている。


「だって、お前は校舎裏で一人寂しくお弁当を食べてるやつに、友達になろうって手を差し伸べたんだろ? それって、すげーことじゃん!」

 泣き虫な天使を見て、すこしは天使についてわかった気がした。


 午前二時――。壁に掛けてある時計を確認する。


「そろそろ眠いなあ」体を伸ばしながら言うと、スフレは涙を拭いひょいっと立ち上がって、ベッドの前に歩いていくと。


 手をかざし――。


 ぼそりと小さな声で呟いた。すると、みるみるうちに剥がれたシーツや、丸められた布団がきれいに整えられた。俺はその動きに感激の声を上げた。


「うおぉぉぉ。すげえぇぇ!」


 先ほど見せつけられたものとは違い、これは俺が思い描いていた魔法そのものだった。


「それでは、おやすみなさいませ」


 深々と頭を下げるスフレの目にはまだ、涙が残っている。ちと、やりすぎたかな。


「お前は寝ないのか?」


 寝ようとベッドに入ろうとすると、茫然と立ちすくんでいるスフレがいた。


「今日は一人でいいです。また明日ご一緒させてくださいませ」


 ニコリと微笑むスフレは、そう言い残し転移魔法を使った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る