第11話 幸せになって
さくらは手紙を読み終えて
すぐに部屋を飛び出した。
そして、迷わず出版社に向かう。
佐藤くんはこの手紙を「寝る前に読んで」って言っていたから、今ならまだ出版社にいるはずだ。
自転車に飛び乗り、前髪を揺らす。あたりはすっかり暗闇包まれていて、街灯の光で自転車の影が長く伸びた。
必死で漕ぎながらポケットから携帯を取り出し、篠原さんを呼んだ。
プルルルルルルル……
プルルルルルルル……
プツッ
『もしもし? さくらちゃん? どうしたの? 』
「篠原さんっ!佐藤くんいますか! 」
『あぁー、二郎先生ならさっき来てたよ』
「今はどこに!? 」
『多分ちょうど出版社を出たぐらいしゃないかな』
「分かりましたっ!ありがとうございます!」
『大丈夫?どうかしたの? 』
「詳しくはまた今度話します! 」
電話を切って、さらに加速する。出版社には着いたが、佐藤くんの姿は見当たらない。落ち着こう。もし、佐藤くんがこの街から離れるとしたらどこに行くだろう。候補を挙げて片っ端から潰していく。
佐藤くんが好きな和菓子のお店。
小説に登場させた猫カフェ。
私達が通った東城高校。
お気に入りだった図書館。etc……
どこにも見当たらない。
「佐藤くん、佐藤くん、佐藤くん! 」
大きな声で叫んでも決して返事は返ってこなかった。
もしかしたら、今日行った山にまた、行ってるかもしれない。最後の望みをかけてペダルに体重をかける。
漕ぎ進めていると、目的地に到達する前に、見慣れた1番愛おしい背中を見つけた。
「佐藤くん!!」
私の声に反応して佐藤くんは足をピタッと止めた。振り返って、私の顔を見ると、困ったような悲しいような顔をして笑う。
佐藤くんがいたのは、通学路の途中にある公園だった。そこにはベンチがあって、いつも学校帰りに2人で座っておしゃべりしていた場所だった。
「もしかしてもう手紙読んだ?」
大きくコクリと頷く。
「そっか」
「本当のことなの?」
「うん」
「未来に帰るの?」
「うん」
夜の冷たい風が2人の髪を揺らす。
時計は20時55分を指している。
「直接言えなくてごめん。さくらの悲しい顔見たくなかった。最後はちゃんと笑ってお別れしたかったんだ」
「そう……だったんだ」
「うん、だから泣かないで」
言われて初めて自分が泣いていることに気づいた。涙を止めたくて、わざと明るく声を張る。
「なんか“時をかける少女”みたいだね 」
「確かに」
そう言う佐藤くんの指先が透け始める。
「え? 」
思わず指先に触れようとしても触れられない。
「そろそろ、本当に行かなきゃ」
「……」
「未来で待ってる」
いじわるな顔をして笑った。
その顔がどうしようもなく好きで
その声がどうしようもなく好きで
その存在を確かめるように
ギュッと抱きつく。
泣きたくない。泣きたくなんかないのに涙が溢れてくる。
「うん、私も走っていく……。
全力で未来の佐藤くんに、会いに行く……」
私の返事に佐藤くんが目に涙を浮かべながら笑う。
「さすが、さくら。ありがと」
そう言って優しく触れるだけのキスを落とした。佐藤くんの体が白い光に包まれる。
「佐藤くん、好きだよ」
「うん」
「大好き」
「俺も大好きだよ」
「うん」
「どうか、幸せになって」
その言葉を最後に白い光は消え、さっきまで佐藤くんを抱いていた手は対象を失った。
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その後どうやって家まで帰ってきたか分からない。ただひたすらに泣いた。何度も。何度も。
周りが見えなくなるほど。
「佐藤くん」
呼べばいつもみたいに返事が返ってくる気がして、ただひたすらに呼んだ。
何度も。何度も。
胸がはりさけるほど。
そうして、さくらは
いつのまにか眠りに落ちた。
「佐藤くん……佐藤くん……。
私はこれからもずっと佐藤くんが
大好きだよ……」
そんな甘い甘い夢を見ながら。
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でも、二郎は1つだけさくらに本当のことを言わなかった。
それは
“タイムトラベルに関する記憶は
すべて消される”ということ。
つまり、
“佐藤二郎に関する記憶は
すべて消される”
ということだ。
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