Tips10 おわりに、あるいはほんの少しの顛末

「いや~~~……、こりゃあえらいこったなあ」


 中年を過ぎた髭の男が、燃え跡を眺めて言った。

 あきらかにカタギではなさそうな風体だが、信じられないものを見たときの感想は誰でも同じらしい。

 その男のところに、若い青年が不意に声をかけた。


「やあ! 酷い火事だったらしいねえ」

「おん? お、おう。大変だったみだいなあ、兄ちゃん」

「ただでさえ配線だのゴミだの散らかってたところだ。あっという間に燃え広がって――何もかも焼けてしまっただろうね」

「おう。みてえだな。でもこれで、開発は進むんじゃねぇか。お偉方はそう見てるだろうよ」

「暴力団の排除のあとは、性風俗店の取り締まりが急務だったからねえ。あとは、さて……どうなるかな」


 青年が肩を竦めると、男は微妙な顔をした。

 同じように肩を竦めると、これ以上面倒なものに見つからないうちにトンズラすることにしたらしい。

 あとに残されたのは青年だった。


 しばらく火事の跡を見ていたが、やがてその足下に何かが落ちた。


 視線を落とす。

 そこに落ちていたのは、手帳だった。

 拾い上げる。よく知った人物が書き込んだ百物語だった。

 それらはすべて世見町に絡んだ怪談だった。だが、最後にめくった百話目は、ページをめくれなかった。

 両手を使って無理矢理にページをめくろうとする。

 何度か剥がしたあと、ようやくべりべりとページが見開いた。

 

 真っ黒に乾いた血が、紙を埋め尽くしていた。


 青年はため息をつくと、手帳を閉じてポケットにしまった。


「……すまないな、平太郎君。きみが振り返ってしまった以上、こうしなければならなかったんだ」


 その掴まれた腕を、振り払うか、引き込まれてしまうか――その腕を引き離すことは、どうしても青年にはできなかった。

 青年は導くことしかできない。

 青年はあくまで裏方で、運命を変えるのは本人しかできないからだ。


「……最初にこんなお遊びをしなければ、彼女に見つかることもなかっただろうに」

 

 ”MITUKETAYO”。


 それは平野浩太朗が仕込んだほんの少しのお遊びだった。

 風が灰を攫っていく。


 女の笑い声は、真昼の光に照らされてなお暗く、月の威光をも裏切って遠のいていった。

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百話奇談 ―眠らぬ町の怪― 冬野ゆな @unknown_winter

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