第九十三夜 おもちゃの携帯電話

 おもちゃの携帯電話を見たことがあるだろうか。


 今だとスマホタイプが主流だが、一昔前だとガラケータイプのおもちゃが結構出ていた。

 おもちゃの、といっても、幼児向けの色彩豊かでキャラクターのついたいかにもなタイプではない。もう少し本格的に作ってあるものだ。

 外側だけ見れば子供向けのオシャレな携帯電話といった風に誤認するが、中を開くと画面がかわいらしい動物のシールがついていて、ようやく偽物だとわかるものだ。


 園村が発見したのはそんなものだった。


 ある仕事で(どんな仕事なのかは明確にはしなかったが)大量の携帯電話を集めていた時があった。

 その中に、その携帯電話はあったのだ。


 ビニール袋に入れられた大量の携帯電話をひとつひとつ検分していると、既に手に取った時から違和感を覚えていた。

 おや、と思って二つ折りになったガラケーを開くと、すぐにわかった。

 何しろ画面の部分が偽物で、画面ではなくシールになっている。明らかな女児向けと思われる色合いとキャラクターだ。


「なんだ、偽物かよ」


 とは思ったが、なんとなく気が向いて今や懐かしいガラケータイプのボタンを押してみる。番号は「1」と書かれていた。すると、「こんにちは! わたし、○○よ。お電話ありがとう!」というアニメの少女のような音声が聞こえた。

 思わず笑ってしまった。

 別のボタンを適当に押すと、今度は「今、お出かけするところなの!」と声がした。

 どうやらまだ電池が生きているらしい。


 その似つかわしくない声に気が付いたのか、他の男がひょいと覗き込んだ。


「おい、なんだそりゃ」

「偽物入ってたんですよ。こりゃ、子供向けのおもちゃみたいっすね」

「ふうん。確かにこりゃ本物みてえだ」


 確かに一見すれば本物と見まごう作りには感心したようだ。

 だが興味はそれほどなかったようで、すぐにこう言った。


「あとで捨てとけよ」

「うい」


 とはいえ、そこには既に携帯電話が散乱していたので、代わりにジーンズの尻のポケットに入れておいた。

 それからポケットの携帯電話のことはしばらく忘れてしまった。


 ようやく思い出したのは、家に帰って自分の携帯を取り出そうとした時だった。

 そういえばもう片側のポケットにもう一つ入っている――はてなんだったかと少し考えて思い出すような有様だった。

 それにしても、今時のおもちゃは洒落ている。


 ぽちりと横のボタンを押すと、跳ね上がるように開く。

 ふん、と鼻を鳴らして数字の書かれたボタンを押した。


『こんにちは! わたし、○○よ。お電話ありがとう!』

『それじゃあさようなら。またね!』

『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』


 なぜこんなものを持ち帰ってしまったのか。

 せいぜいゴミが増えただけだ。 


「贅沢だねえ」


 本来は燃えないゴミに出さなければならないものだが、面倒だ。普段ゴミ入れに使っているバケツの中に放り込み、燃えるゴミと一緒くたにしてしまった。

 それからすぐに立ち上がって酒でも飲もうかと思いついたが、不意に後ろから聞こえてきた声にぎくりとした。


『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』


 驚いた。

 ひょっとしてさっきボタンを押した時に何か引っかかったのだろうか。


『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』


 軽く舌打ちをすると、振り返ってしゃがみこみ、ゴミ箱の中からおもちゃの携帯電話を引っ張り出した。

 二つ折りになったそれを開いてみるが、どのボタンを押したのか覚えていない。どれかのボタンが埋まりこんでしまったのだろうと思ったが、横から見てみてもわからなかった。


『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』

『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』

『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』


 ため息をつく。


 そもそもアパートの壁だって薄い。

 さすがに男の部屋からこんなかわいらしい声がしていては、おかしくなったと思われてしまう。

 舌打ちをして床に叩きつけようと思ったが、その前にもっといいアイデアを思いついた。電池を抜けばいいだけの話だ。

 一旦携帯電話を閉じ、後ろを見た、

 それらしき電池入れがあり、スライドして外せるようになっている。

 どうせ古いものだし、そのまま捨ててしまっても構わないだろう。


 園村は指でぐっと板を押し、電池入れの蓋を外した。


「……え?」


 だが園村の予想に反して、携帯電話には電池が入れられていなかった。園村は困惑し、しばし何も入っていないその空間を見ながら視線を彷徨わせた。

 その瞬間。


 ダンダンダンダン!!


 ……と、部屋の扉が物凄い勢いで叩かれた。

 園村は目を剥いて、ハッとして玄関を見る。


 ダンダンダンダン!!

 ダンダンダンダン!!

 ダンダンダンダン!!


 普段だったら文句の一つでも言うところだが、体が動かない。

 偶然だったにしても異様だ。それどころか、相手は何も言葉らしきものを発しないのだ。


 だが、偶然かもしれない。

 きっとこの携帯電話の声がうるさくて、文句を言いにきただけなのだ。

 おもちゃの携帯電話にもう一度目を向ける。玄関は相変わらず誰かに殴られるように叩かれていて、交互に二つを見た。

 そしてもう一度、おもちゃの携帯電話を見たときだ。

 電池のない、そのおもちゃから確かに声を聞いた。


『なんで開けてくれないの』


 ……園村は瞬間的に携帯電話をむりやりにたたき壊し、布団に潜り込んで扉を無視した。

 燃えるゴミの曜日ではなかったが、翌日になって急いでゴミと一緒に捨てた。


 あれ以来おもちゃの携帯電話に出会うことはなかった。

 だが、彼自身が使う携帯電話に、ときおり奇妙な電話が掛かってくることがある。


 言葉は決まって、『電話、ありがとう! 今から遊びに行くね』だった。

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