第九十四夜 おふざけ動画
小宮の勤める飲食店が閉店になった。
動画のせいだ。
小宮の後輩に当たるアルバイト店員が、深夜の客がいない時間帯に巫山戯た動画を撮ってそのままTwitterだかYouTubeだかに上げたのだ。
ばっちり顔も映った状態で動画を上げるなんてどうかしている。
こんなものが流行だなんて世も末だと思うが、そもそもこういうおふざけは昔からあったのではなかろうか。「身内のおふざけ」をそのままネットの、世界中の人たちが見られる場所に晒してしまったから、暴露されただけだ。
それでなくとも実際にそこで働いてる人が「自分はあの系列の店は行かない」と思うほど厨房が汚いとかはあったわけで、それが世の中に簡単に出てくるようになっただけだ。
ちなみに誰がやったのかも見当がついている。もちろん小宮の後輩だからすぐわかるわけだ。この後輩の主犯格をA、と呼ぶことにしておこう。
動画が騒がれたとき、小宮にはすぐわかった。
――これ、うちの店舗だ……。
何しろ自分も働いているのだから厨房は見覚えのある並びだし、何より特徴的なのが冷蔵庫に映ったマグネットだった。あれは昔、すっかり壊れてしまっていたのを先輩の女性が「あると便利だから」ということで家から要らないものを持ってきたのだ。
おまけに、食材やら調理道具やら頭にかぶったり股間に擦り付けたりしてフィーバーしている奴の声が後輩のAそっくりだしで、呆気にとられた。
更には大型冷蔵庫の中に入っている女がいるしで、もはや言うこともない。
加えて撮影者もいるタイプだ。映像はややブレているので、誰かが持っているのはすぐわかる。
だが、おかしなことがひとつある。
うちの店の誰も、冷蔵庫に入っている女を知らないのだ。
だがそこまではいい。客の可能性もあるからだ。
しかし、そもそも客だとしてもおかしい。
それはAが大型冷蔵庫を全開にした後のことだ。冷蔵庫は左右の扉が全開にされているので、中は見えている。
撮影者が何か喋り、Aが振り向く。
「え?」
と、半笑いで撮影者に返し、冷蔵庫は中途半端に閉められる。
その僅かな隙間に、髪の長い女がいるのだ。
それだけじゃない。
今度は冷蔵庫が完全に閉まったあと、冷蔵庫の表面に映った撮影者の隣に、例の女が映っているのだ。いったいいつ、どの瞬間に移動したというのだろう。
それからも女はいた。
鍋を頭にかぶって刀のようにお玉を振りかざしている場面で、後ろのほうにいる。だがAは気付いていないし、意味のない場面だ。笑うでもなく止めるでもなくただそこに居るだけなのだが、その両目がそれぞれ違う方向を向いているという有様だ。
小宮は息を飲んだ。
まず何より、この女がなんなのかを考えた。
自分がついこの間まで働いていた場所で、幽霊がいるなんて思わなかった。見れば見るほど肩が痛くなってきて、妙に部屋が薄暗く感じた。
そもそもネットでこの映像がバズッたのは、行為のせいではなかった。
最初こそ行為自体に批判が集まりかけていたが、次第に幽霊が映っていると話題になり、これが「おふざけ動画」なのか、それとも「おふざけ動画に見せかけた心霊映像」なのかが取り沙汰された。
そういうわけで小宮は、当の後輩に何度も電話をしている。
携帯電話だからといってすぐ出るとも限らないし、今、どこにいるのかもわからない。
だが何度目かのコールで、Aの暢気な声が響いた。
「おい、Aか? お前、大丈夫なのか?」
『何言ってんスか!? だーいじょうぶッスよお!』
明るい声が響く。
小宮はその声に眉を顰めた。
「だってあれ見たぞ!?」
『あ、先輩もあの動画見てくれたんスね! 俺は全然平気っすよ! 彼女とも話はついたんで!』
「え? 話ってお前……」
何か言いかけた途端、電話の向こうのAの後ろから、笑い声が聞こえた。
女のような笑い声だった。
だがその声にはノイズが掛かったようで、絶対に尋ねてはいけない気がした。今の声に絶対に気付いてはいけない。小宮は目を見開いた。じわりと手が汗ばむ。
『彼女ね――』
「……あ……。ああ……?」
『ホントはとってもいい子なんですよ』
小宮はその言葉に何か狂気のようなものを感じた。
電話はそれっきりで、何度かけても二度と電話に出ることがなかった。
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