第九十夜 同期の家
その日、野沢は同期の芸人仲間に誘われ、仲間内の一人の家へ遊びに行った。
野沢はまだ東京でデビューしたばかりのお笑い芸人で、同期もみなまだ若手どころか新人もいいところだった。
その人物の名は――仮にAとしておく。
Aは名前くらいは知っていたが、同期といってもそれほど接点がなかったので、それまで絡むことがなかった。
「ああ、どうぞ」
Aに部屋に通される。
まだまだバイト中心の生活だというので、それなりに生活は整っていた。実家から持ってきたという据え置きハードが稼働していたので、全員でゲームをすることにした。
家に集ってゲームなんて久しぶりだった。
野沢自身は初めてやるゲームだったが、他の人間も同じような感じだったらしく、やり方がわかればすぐに互角になった。
Aは後ろで菓子やつまみや、酒を用意してくれた。
だがゲームには参加せず、後ろのほうから見ているだけだった。
――なんか暗いやつだなあ。
最初は緊張してるのかと思ったが、表情が暗い。
まあ後から思えばAはやり慣れたゲームだろうし、他の男たちが群がってしまったので譲っただけだろう。
ただ酒が入ると少しはこの状況に慣れたのか、ゲームにも参加するようになった。
そのうちに野沢は次の日のバイトが朝早かったので、一足先に帰ることにした。
「じゃあなー」
「おう、またなんかあったら呼んでくれ」
盛り上がったメンバーを置いて、部屋を出る。
玄関までは一直線の廊下だったし、大した距離でもないのでそのまま通り過ぎようとしたときだった。
Aの家は風呂とトイレが分かれているタイプで、どちらも廊下に扉がある。その脱衣所のほうの扉が少し開いていたのだ。野沢がなんとなくそちらへ視線を向けると。扉の少し向こうに、女性が一人立っていた。
――うわっ、びっくりした。
脱衣所からはごうんごうんと小さな音がしている。
どうやら洗濯機を回しているようだ。
今日の集いに女子の同期はいなかったはずだし、誰かが呼んだとしてもそんなところにいるはずがない。
――ははあん。これは……。
どうやらAは彼女と一緒に住んでいて、彼女のご機嫌が悪くならないか心配だったのだ。
その証拠に、彼女は微妙に不機嫌そうに見えた。
――そう考えると、ちょっと悪いことしたかなあ。
夜中まで男だらけでゲームで盛り上がるとか、迷惑もいいところだろう。外へ行くならともかく、家の中だし酒も入っている。
せめて一言だけ言っておこうと思った。
「うるさくてすいません。お邪魔しました」
野沢はそれだけ言って帰った。
そこから少し経った頃。
たまたま同期の友人と会うと、彼は慌てたように野沢に声をかけてきた。
「おい、野沢! おまえ、聞いたか?」
「聞いたって、何を?」
「俺たちの同期でさ、Aってやついただろ。あいつ、捕まったらしいぞ」
「えっ!」
「それも、自分の彼女殺したんだよ」
野沢は驚いた。
驚くどころの話ではない。
「えっ……もしかして彼女って……俺たちが遊びに行った時にいた、あの女の子か?」
野沢にはぴんときた。
帰り際のあのとき、脱衣所のところにいた女性だろう。
だが、友人の反応は微妙だった。
「え? お前何言ってんだ?」
でもすぐに声を潜める。
「もうそのときには殺されてたんだよ! そんで、俺たちが遊んでた日にも、風呂場の天井に死体があったんだってよ!」
……あとからAとその恋人の写真を見せてもらうと、その恋人はあの日みた女性にそっくりだった。
では、あのとき見た女性はいったいなんだったのか。
野沢はあの日脱衣所にいた女性は、自分がここにいると言っていたのではないかと、今でも思っている。
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