Tips9 世見神社

 ユエが案内してきたのは、住宅街の中にひっそりとたたずむ場違いな森林の中だった。


「……ここは?」


 もちろん森林といっても外から見てそうというだけで、中は違う。


「世見神社だよ」


 ユエはにっこりと笑った。

 入り口の白い鳥居から伸びた短い参道、左右に広がる小さな庭園。そしてその向こうに見える社。


「世見町に、天埜神社以外の神社があるとは……いや、聞いたことはあったけど」

「実際に来るのははじめてかい?」


 大きくもなく、小さくもなく。

 近所の人がたまにお参りにくるぐらいのものだ。


 天埜神社以外にもうひとつあるのは知っていたが、まさか繁華街として知られる世見町にあるのがこれとは思わなかった。


「天埜神社は、実際には世見町の外にあるからね。ああ、もちろん住所的な意味でだ。ちゃんとあそこの守護は世見町にも届いてるし、あそこのほうが確かに大きい。芸能の神を祀っているから芸能人もたびたび訪れる。だからテレビやなんかでも稀に放映される――世見町で年に一度の祭りを取り仕切ってるのもあそこだからね」

「ここは……それとは違いますね」

「あっちと違って陽の気を司る場所では無いからね」

「陽の気?」


 陰陽の陽だろうかと思ったが、ユエは答えずにさっさと社務所のほうまで歩いていってしまった。

 あたりの静謐な空気にやや圧倒されたままついていくと、ユエは何かを差し出してきた。


「さあ、これがきみの身を守るものだ」


 それはお守りだった。

 長方形の、どこでも見かけるような代物だ。色は白で、色気も何もない。こんなものに色気を求めるべきではないのだけれども。


「ここの神社もねえ……もう少し宣伝すればいいのにとは思うけどね! まあ、昔からある場所だから、近所の人間がやってくるし、何か変なことがあった時もお祓いぐらいはするから頼りにされてる。でもねえー。今のご時世それだけじゃやってけないのはわかってるだろうに」

「……あの、もしかして……これを渡すためだけに此処に?」

「そうだよ。だってきみは、あそこに行くんだろ?」

「あそこ?」


 ぼくが問い返すと、その前にユエが動いた。


「いいかい? 僕はねえ――」


 ずい、と西洋人形のような顔が近づく。


「人の運命にも運勢にも手出しはできないんだ。それでもどうしてもという祈りに対して、僕は導くだけさ。だけどきみが自分から後ろを振り向いてしまったら、それ以上僕にはどうにもできない」

「……後ろを振り向くって……?」

「井戸のことだよ」


 ユエは笑った。


「きみが見たくてたまらない、世見町の井戸」


 そう言うと、笑いながら離れていく。


「百話目の終わりに、世見町の中心できみを待っている井戸のことさ」

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