第八十一夜 予知夢
永野が懇意にしている女で、Aという女がいた。
Aは普段はデリヘルをしている女で、永野との関係も、一言で言ってしまえばセフレだった。もちろん仕事と永野との関係は別々だ。いずれにせよ結婚だとか恋人だとかとは遠い存在で、ただ体を重ね合わせるだけの関係だった。
それで、彼女にはひとつ変わった趣味があった。
時々ベッドの中で怪談話をするのだ。
ベッドの中でそんな、と思う人もいるかもしれないが、その語り口調が面白いので思わず聞き入ってしまうのだ。まるで千夜一夜物語のようだ。
そんなAがある時、こんなことを言い出した。
「実はアタシね、予知夢を見たことがあるのよ」
「予知夢だって?」
永野は話半分に聞くことにした。
Aの話は面白かったので、そのときも熱冷ましのような感覚で聞いていた。
「アタシは夢の中で、世見町の見覚えのある場所を歩いてたの。そしたら急にあたりが黒い煙に包まれて。なんだろうと思ってパッと見たら――あそこの有名なコンビニチェーン店に、車が煙をあげながら突っ込んでいったのよ。そしたら、その三日後くらいかしらね、その道を歩いていたら、あたりが急に煙に包まれて――目の前を、車が煙をあげながらコンビニに突っ込んでいったの」
「でも、そんなの偶然かもしれないじゃないか」
確かにコンビニに車が突っ込んだ話は、少し前に聞いた。
そんなのは世見町でなくともどこでもある話だし、「そういえばそんなこともあったな」というくらいの話だ。
実際に遭遇せずとも、ニュース番組やスマホニュースを見れば写真だって出てくる。
偶然といったのは、そんなつまらない嘘をつく女だと思いたくなかったのもある。
「じゃあ、こんな話はどう? 今度はアタシはいつもの仕事で、ラブホテルの一室に向かってた。そこはよく行くところだったの」
「ここみたいな?」
「ええ、そうよ。初めて聞く名前だったの。あなたでもなかったし、なじみのお客さんでもなかった。まあでも呼ばれたからには行かないといけない。
それで、とんとんって部屋をノックしたら、返事もなく男がヌッと出てきたの。目の焦点があってなくてね、あっ、これは嫌な客だなーってなんとなく思ったの。そういうのって大体、第一印象でわかるのよ、アタシ。
そしたら腕をグッ! て掴まれて、中に押し込められたのよ。
床にたたきつけられて、抵抗しかけたんだけど、そしたら刃物を持ってて、顔の横にダーンッて突きつけられたの。それで首をグッと締められてね。苦しくて苦しくて足をバタバタさせてるうちに、スウッと意識が遠のいた。そこで目が醒めたの」
永野は黙って続きを促した。
「そしたら、三日くらいした後かな。
いつもみたいに仕事が入ったんだけどね。なんかある時に、あっこれ……夢と同じだって気が付いたのよ。アタシの行動とか、電話のかかってくるタイミングとかね。そしたら、夢とまったく同じ流れで、アタシは夢と同じ名前のホテルに、夢と同じ名前の男のところに行くことになった。
さすがにここまで重なると、不気味でね。
いくらお金かかってるっていっても、殺人と薬はダメよ。だからヤバそうなお客の時って、いつもお店のお兄さんに連絡しておくの。うちはそういうトコは結構しっかりしてくれるから。
それと、なんだかんだ話をして、ちょっとホテルの人にも部屋までついてきてもらった。
そしたら――」
Aはそこで一旦言葉を切ってから続けた。
「夢で見た通りの男が現れたの。アタシぎょっとしたわ。思わず腕を引いたら、男はちょっとびっくりした顔で慌ててアタシの腕を取ろうとした。
そのときに、カランッて廊下に何かが落ちたのよ。
刃物だった。
さすがにホテルの人もビックリして、あわてて男を取り押さえてくれたの。そっから先は――まあニュース沙汰にはさすがにならなかったけど」
「……それ本当に?」
「ええ。だけどね、連れて行かれる時に、その男がこんなことを言い出したのよ――『夢と違うじゃないか!』って」
永野は少しだけ笑んだ。
なにしろ、似たような話を聞いたことがあったからだ。
ハッキリと覚えてはいなかったが、元の話は主人公が女の子だったかで、やはり夢の中で男に殺されるというものだ。そして、現実でも夢の男と出会って――別の行動を取ると、『夢じゃなくて良かったな』とか『夢と違うじゃないか』というような声をかけられる、というようなものだ。
だから永野は、Aにしては微妙な話だなと思ったのだ。
「ねえ、この話、信じるかしら?」
「話としてはどこにでもありそうだったけど。でもまあ、信じるか信じないかで言ったら、そういうこともあるんじゃねえかなあ」
「そう。じゃあもっと良い事教えてあげる」
するりと腕から抜け出し、ベッドからおりながらAは言った。
「明日は、宝くじを買わないほうがいいわよ」
「なんだそりゃ」
永野はあまりに意味のない助言に笑った。
それからシャワー室に向かったAを見届けると、シャワーの順番を待った。
確かに永野は宝くじをたまに買うことはあった。といっても、世見町で店を見かけた時に思い出したように買うだけだ。いわゆる験担ぎのようなもので、十枚程度を気晴らしに買う。
永野はすっかりそんなことを忘れていたが、翌日になってふと思い出した。
それはいつも宝くじを買う店
――そういえば、しばらく買ってないな。
そんなことを思った。もしかすると今日買っても当たらないということかもしれない。
――いつも当たってねえんだけどなあ。
思わず苦笑しそうになって、永野は宝くじ売り場を通り過ぎた。
その途端だ。自分の隣を大きく蛇行しながら車が走ってきて――。
キィィィィ――ドォン!
その音だけが妙に耳についた。後ろを振り向いた時には、硝子の割れる音があたりに響き渡る。
小さな宝くじ売り場の前に車が突っ込んで、前面を破壊し、車輪がどこかに引っかかってもまだガーガーとアクセルを踏み続ける音が響いていた。
「おい、大丈夫か!」
「爺さん、足離せって!」
何人かが宝くじ売り場の店員を助け出そうとしていて、何人かはいまだにアクセルを踏み続ける運転手を止めようとしていた。
パニック状態になっている現場を前に、永野は昨日のAの話を思い出していた。
――Aが言ってたのは……このことか……?
永野は一人、騒然とする現場をよそに立ちくらみを覚えていた。
それから永野はすぐにAに連絡しようとしたが、教えてもらったはずの電話番号もラインも通じなかった。Aの勤める店に行っても、急に辞めたということを知らされただけで、辞めた理由も不明だということだった。
「あの子の占い、良く当たったのよ」
そうAについて言っていた言葉だけが、耳に残った。
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