Tips7 やめておけ

「やめたほうがいいって言われても……」


 ぼくは納得がいかなかった。

 ユエは井戸の話なんかやめたほうがいい、なんてことを言い出したのだ。


 正確にはそれだけではない。

 ユエ曰く、百物語において九十九話で終えるのはれっきとしたルールであるので、百話載せるのはルール違反だと言い出したのだ。そもそも百物語とは、百の怪異譚を話しきってしまうと、百話目の後に怪異が現れるというものらしい。だから百話語らないように、九十九話で済ませるというのだ。


「だ、だけど、今まで散々百物語を作ると言ってきたじゃないか。百話集めているということも」

「きみがわかっている上で言っていると思ったのさ。けれどルールを理解していないというのなら、敢えて言う必要があるだろう?」


 しかしもうぼくの中では、九十九のランダムな怪談のあとで、世見町を象徴するような井戸の都市伝説を百話目に持ってくるというストーリーができあがっていた。それはとても美しい構図に思えたし、世見町の怪談としては完璧すぎるほどだ。


「大体、井戸の話をやめることは……構成上、もう無理だ」


 嘘だ。

 まだそこまで決まっているわけではない。

 だけどぼくにはほんの少しだけ、ユエに対する反抗心があったのだ。

 確かにユエはぼくのこの企画に対して有用な人物だ。世見町だけでなく、そこにある怪談に精通している人物なんてそうそういない。今までの取材先もすべてユエが教えてくれたものを、ぼくがアポを取って取材してきたものだ。

 けれど本を作るということについて、部外者でもあるユエの言うことを聞く必要なんてないんじゃないかと思った。

 それを決めることができるのは、せいぜい編集長くらいだろう。


「それに、他の九十九話と違って、井戸の話は特別なんだよ。戦前から連綿と続く歴史の中で育まれ、伝わってきた怪談だ。ネットで出来たものや、他の地域の怪談に影響されたものとは違う。百年以上にわたって、人の口から口へ伝わってきた本当の怪談なんだ」

「平太郎君」


 ユエが静かにぼくの名を呼んだので、思わずぎょっとする。


「僕は何もね、百話以上集めるなとかそういうことを言っているわけじゃないんだ。ただ、本を作るにあたって、百物語の形式の媒体で、百話にしないほうがいいと言っているんだ。それがルールだからね」

「それだけじゃないじゃないか」

「そうだよ。よりにもよって世見町の井戸の話を百話目に持ってくるなんて」


 憂いを含んだ瞳が、ゆらりと動いてぼくを射抜く。


「もっての他だと言っているのさ」


 でもぼくは、思わずごくりとした。


 世見町の怪談の専門家にそこまで言わせるのだ。

 井戸の話を百話目に持ってくる――これは世見町の怪談として、ある意味で正解なのではないだろうか。

 それに、井戸は昔から怪談の常套句。


 平野浩太朗であるぼくに、平太郎と名付けたのはユエだ。

 平太郎とは、稲生物怪録に出てくる主人公の名前だ。肝試しによって物の怪たちの怒りを買った平太郎のところに次々と化け物がやってくるが、平太郎は平然とそれをいなし、切り捨て、そして三十日目には魔王の一人から勇気を称えられる――。

 ぼくもまた、怪異など恐れていないことをぜひとも証明してみせたかった。


「平太郎君――、それでもどうしても井戸の話を最後に持ってきたいというのなら、今からぼくについてくるといい」

「えっ……、どこへ?」

「なあに、きみの勇気と運とに賭けようというんだ。だけどね平太郎君」

「な……なんですか」

「それでも僕はきみの誠実さを信じたいと思うよ」


 ぼくはユエの言い方に引っかかったが、それでもユエについていくことにした。

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