第六十七夜 ゴミ箱の中身
「……あれ、無いな」
それはいつも開けているゴミ箱のはずだった。
そのゴミ箱は井坂が金欠に陥った時に、こそこそと食べ残しを漁りに行くゴミ箱だった。
いつ頃からそんなことをしはじめたのか、自分でも忘れてしまった。
コンビニの近くにある、空色の、薄汚れたゴミ箱。
そのコンビニは世見町でも奥に近い場所にあったので、治安のほうは良くなかった。いつもどこかしらが汚く、コンビニの前で弁当を食っている人たちも、どことなく臭う。喧嘩でも起きたのか、潰れたおにぎりが落ちていることもあった。
そういうこともあってか、ゴミ箱には少し形が崩れたおにぎりなどが捨てられていることが多かった。
さすがに踏んづけられたようなものは貰わなかったが、時々そのまま廃棄処分となった残りものが捨てられていることもあった。普通、廃棄処分をこんなところに捨てるとも思えないのだが。廃棄にしても量が少なく思えたので、たぶん一つ二つだけ廃棄となった場合は、一挙に捨てずにこっちに放り込んだのではないかと思った。
理由なんか知らない。
知らなくていい。
とにかくここに捨てられているのだからありがたい。
ところがそれがいつ頃からか、食べ残しが入っていないことが多くなった。
もちろん井坂だってホームレスというわけじゃない。数日我慢すれば給料が入ってくるわけで、わざわざこんなところで食費を節約する必要だってなくなる。
それにコンビニ側が何か対策をしたのかもしれないし、もしかしたら自分以外に同じ事を考えている奴がいるのかもしれない。
井坂はホームレスがいるとは考えなかった。
自分が同じ事をしているとは思いたくなかったからだ。それどころか、そんなやつの顔を見てやろうとすら思った。
井坂は金欠かどうかなど関係なく、コンビニに通い詰めた。
さすがに毎日というわけにはいかないが、時々行ってみてもそれらしいのはいない。
――俺が行ってたのは大体、一時頃だから……その前のはずなんだけどなあ。
さすがに終電より前ということになれば、人に見られる可能性も高い。で、あれば。終電から、井坂が行く前までの三十分から一時間くらいのうちにやってきていることになる。
今日は少し早めに来てみた。
時間はちょうど十二時だ。
いつも終電の時間ギリギリだからと、あまり来なかった時間帯でもある。
「……ん?」
ゴミ箱に近づくと、くっちゃくっちゃと音がした。
くちゃくちゃ、ぺろぺろ、ぺちゃくちゃ、というような音だった。
最初、猫か何かと思った。
しかしどうにも不快な音だ。
猫が何か残飯をあさるとして、こんな音がするものか?
井坂は首の後ろに手をやりながら、そろそろと近づいていった。かたかたと小さくゴミ箱が動いている。
蓋に手をやり、何度か目を瞬かせた。
相変わらずゴミ箱は小さく動いている。
戸惑いを覚えながらも、井坂は蓋を開けた。
ゴミ箱の中には暗闇があった。
その中で蠢くものがあり、井坂はおもむろに手を突っ込んだ。
「うわっ!」
ぶよりとした感触が手に伝わり、井坂はすぐに手を引っ込める。
すぐに蓋をしようとして手が滑り、そのままがたんがたんと音を立てた。慌てて拾おうとしたが、その前にゴミ箱ががたんとひっくり返って、何かが飛び出してきた。
飛び出してきたのは、丸い、肉の塊のようなものだった。
丸いピンク色の肉の塊に、いくつもの目と口とがでたらめについていた。そのうちの一つと目があった瞬間、井坂はそれが現実であると認識した。
そいつはくちゃくちゃと音を立てながら夜の闇に消えていき、井坂は二度とそのゴミ箱に近づくことはなかった。
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