第六十六夜 飛んでくる頭

 俺の名前は野木崎圭吾だ。

 知ってんだろ、それくらい。だからあんただってここにいる。


 え、確認だって?

 面倒臭い仕事だな。


 ……まあいいや。とっとと本題に入ろう。っていっても、これ何回も言わされたからもう飽きてきたんだけどな。誰も信じちゃくれないし……。

 あんたは興味本位っぽいけど、どうなんだろうな。

 とにかく俺の話を聞きたいんだろ。

 単刀直入に言ってやるよ。


 ……頭だ。


 言っていることがよくわからないと思うけど、とにかく頭なんだよ。


 俺はな、世見町で働いてたから、よく鬼王駅を使ってたんだ。

 仕事?

 ああ、キャッチだよ、キャッチ。わかるだろ。その辺のバカなオッサン捕まえて、女の子いるよぉ、って言って引っ張ってくるやつ。

 でも俺の仕事なんざ、この話にはまったく関係ねぇんだ。

 俺の場合は大体、夜の十二時半時くらいまでやってたな。終電間近になるとホテルに行っちまう奴らが多いから、その前までに仕事は終わらせる。んで、俺は終電間近の電車で帰る。

 それでそのオッサンも案内した。


 何をされたかって?

 知らねえよ、そんなこと。

 俺たちには関係無いことだから。

 おおかた金持ってなかったんだろ。

 身ぐるみ剥がされて路上に転がされて、それでおしまいだよ。

 まあでも身ぐるみ剥がしてたのなんて昔の話で、今じゃATMまでついてって下ろしてもらうらしいんだけど。


 んでさあ、その中でもやべー奴がいたのよ。

 でっぷり太ったオッサン。なんだダルマみてえだった。ダルマってわかる? あの正月とかによく見るやつ。

 いかにもな小汚ねえオッサンだったけど、まあ金持ってそうだしいいわって思って案内したのは覚えてる。いやもう、だって凄かったからな、見た目が。


 んで、何日かしたくらいかな。

 案内したことも忘れてたんだけど、またそのオッサンが現れたんだよ。

 まあちょっとヤベェなって思ったけど、向こうも俺を見つけた瞬間に、腹をぶくぶく揺らしながらやってきたんだよ。


 なんか金がどうとか、離婚したとかされたとかそういうことを言ってた気がするな。

 笑える。っつか、サイコーに笑えた。

 ってかおめー結婚してたのかよって思ったわ。だってダルマみてえなオッサンだったんだぜ。そんなんでお前嫁がいたのかよって。

 俺が案内した店でたらふく飲んで食って、気が付いたら金むしり取られてそれで離婚だってよ。

 あまりに面白かったから思い出したわ。

 ってか一回やったくらいで離婚とか、どういう夫婦だったんだよ。無いわ。多分アレ、何度もやってるわ。嫁もキレたんだろ。


 でもそんなこと俺に言ったって仕方ねえじゃん。

 金持ってなかったのはオタクの責任でしょって。

 そんなんで俺恨まれるとか、意味わかんねえんだけど。


 しかもあいつ、ぎゃあぎゃあ喚きながら駅の中までついてくんの。

 うぜーったらなかったわ。

 ホントうぜぇ。いっぺん死んでほしかった。


 あ、死んだんだっけ。


 俺が突き飛ばした時は、まだホームで呆然としてたんだよな。だけど俺が電車が来たからって歩いていこうとしたら、突然すげぇ音がして、俺の目の前にゴロゴローッて頭が転がってきたんだよな。

 でっけぇカエルみたいだなって思った。

 でもさすがに引いたわ、うん……。


 ただそれ以上にムカついたけどな。

 大体、もうすぐ終電間近な時間に自殺だぜ。

 無いわ。

 警察呼ばれたら厄介だと思ったけど、他にも目撃者がたくさんいてかばってくれたのだけは感謝したね。

 だって俺が突き飛ばしたわけじゃねえからな。

 なんかうやむやのうちに、俺は酔っ払いに絡まれて、振り払って逃げたら、事故で死んだことになってた。

 俺がキャッチやってるのなんて警察にバレたら嫌だしな。

 俺は巻き込まれただけなの。


 だからこんなことはもうたくさんなんだよ。


 でなあ、次の日だっけ。

 昨日の夜あんなん見ちゃったし、行きたくねえなって思ったけど、まあ金はいいし。

 しょうがねえから行くことにした。

 でまあ、いつも通りだよ。やることといったら。下半身しか見てなさそうなオッサン捕まえて、こっちへどうぞ~ってやるだけ。でかい荷物しょってキョロキョロしてる外人とか。

 で、いつも通り帰ろうとした。


 そういや昨日はこの辺に飛んできたんだったなと思ったら吐きそうになった。

 気分が悪くてしょうがねえ。

 そのときだったよ。

 頭が飛んできたのは。


 クソデブの頭だった。


 「えっ、嘘だろ?」って思った瞬間に、そいつは俺の前からすうっと消えてしまったんだ。

 マジで俺、幽霊見ちゃったって思った。

 でもなんかだんだんムカムカしてきたけどな。

 だって俺関係無いからな。

 ホントに。

 なんで俺恨まれなきゃなんねえんだよ。

 だけどその日から次第に、頭は電車だけじゃなくて他のところでも飛んでくるようになった。

 外にいる時だけじゃない。

 家の中に居るときも、あいつの頭は飛んでくるようになったんだ。


 だからムカついて踏み潰してやろうと思ったんだ。

 俺は常にナイフを持ち歩くことにして……。

 次にあいつが飛んできたら絶対にもう一回ぶっ殺してやろうと思って。


 で……。

 駅のホームで飛んできたあいつを滅多刺しにしてやった。

 はははは!!

 いい気味だ。

 いい気味だよ。


 周りの奴らは驚いてたけど、知ったことか。

 あ?

 俺が殺したのは駅員?

 何言ってんだ、バーカ。

 俺が殺してやったのは頭だよ。頭。

 あのクソデブ野郎の頭だ。


 あいつ、頭だけで生きてやがったんだ。

 だってあいつ俺に向かって言ったんだよ。


 今もよくわかんねえことずっと言ってやがる。俺のせいじゃないだろ。

 俺のせいじゃねえって言ってんだろうがよぉ!!


 ……。


 ところで俺はいつここから出られるんだ?

 俺の裁判はいつなんだ?


 なあ。ここは白くてただでさえ気が狂いそうなんだ。ここは牢屋なんだろ。そうなんだろ。テレビでムショの生活とか見たことあるけど、そこより酷いじゃねえか。ベッドしかないし、俺はいつまでここで拘束されてりゃいいんだ。まあ、運動だの仕事だのやらされるよりはいいけどよ。

 せめて小さいカッターでもいいから、くれよ。


 あいつの頭がまだ俺のところに飛んでくるんだよ。

 あいつを殺さないといけない。


 なあ。

 あいつを殺してくれよ。

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