第十四夜 増えている
これは、二階堂という男が体験した話だ。
その日、大学同士の合同の飲み会に出席した二階堂は、世見町の居酒屋の一室で大いに盛り上がっていた。
他大学の女の子たちも可愛い子ぞろいで、二階堂はほくほくしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎたが、体力を持て余した大学生のこと。流れで二次会を敢行しようという流れになった。参加者はぐっと減ったものの、十人程度の人間がカラオケまで同行することになった。
二階堂は副幹事のようなことを引き受けていたので、人数をちゃんと数えていた。正確には全部で八人で、中には二階堂の狙っていた女の子もいた。
――これが役得ってやつかぁ!?
これはもういっそ立場を精一杯利用してやろうと、決意を新たにする二階堂。ここぞとばかりに気を遣ったり話しかけたりを繰り返した。もちろんその子だけに特別にするのではなくて、気付かれないように全体的に気を配ったりもした。
カラオケルームに通されると、さっそく率先してジュースや食べ物の注文をとった。
二人目が歌っている途中で店員がジュースを持ってきたので、二階堂は飲み物を振り当てようとした。
「あれ? このウーロン茶、頼みましたっけ」
確かウーロン茶は頼んでなかったはずだけど、と言うと、店員はちょっと顔をこわばらせた。
「いえ、注文されましたよ」
「ええー、そんなはずないけど」
二階堂が言うと、隣にいた幹事の男も同意した。あとから徴収するのだから、間違いがあっては誰が払うのかという話になる。
すると、店員はスマホのような端末を取り出して、ちらりと一瞬だけ見た。
「ここのお部屋は飲み放題ですから、別料金には含まれませんよ。良ければどうぞ。サービスの代わりです」
「はあ……そうですか?」
そんなにすぐわかるものなのか、と二人は納得し受け取っておいた。
まあ、後ろで誰か喋っているのが電話に入ってしまったんだろう。
「おーい、ウーロン茶サービスだって! 誰か飲む奴!」
二階堂が声をあげると、一人の女子がそろそろと手をあげているのが見えた。
「おお、売れた売れた」
二階堂はそっちのほうにウーロン茶を回した。そんなちょっとしたゴタゴタはあったものの、あとはすぐカラオケで盛り上がった。皆遠慮しているのか知っている曲ばかりを入れるので、盛り上がるには最高だった。
三十分ほど楽しい時間が過ぎて、二階堂はカラオケの合間に声をあげた。
「なあ、そろそろ飲み物お代わりする人ー」
「はーい」
「はいはい!」
「俺も頼むわ」
注文は五つ。今度は誰の声も入らないように注意して注文をする。
これで大丈夫だろう。
気にせず盛り上がっていたのだが、店員が入ってきたとき、ちょっとむっとした。なにしろまた頼んでいないウーロン茶が盆に載っていたのだ。しかも、他の部屋のものというわけでもなく、まるで注文されたかのように自然にテーブルに置かれていった。
「ちょ、ちょっと待ってください。ウーロン茶は頼んでないです」
「え? ああ。サービスです」
先ほどの店員と違って、今度入ってきた店員はしれっとそう言った。そして、まるで逃げるように部屋から出て行ってしまったのである。
――まあ、ウーロン茶なら別料金にならないっていうけどさあ。
今度こそ、ぽかんとしたまま二階堂は困惑する。そしてもう一度、誰かウーロン茶はいらないか声を掛けようとした時だった。
――……あれ?
カラオケに夢中になっているメンバーを見回し、もう一度人数を数え直す。
一、二、三、と数を数えていくと、自分を入れて八人のはずのカラオケルームに、九人いるのだ。
――嘘だろ、マジかよ。誰だ!?
けれども何度数えても、知らない顔はない。
一人一人顔を見ていっても、ちゃんと名前も確認したし、誰か忍び込んでることなんてない。もともとのコンパなら人数が多いからともかく、ここまで盛り上がった相手がわからないことなんてなかった。
最初からの数え間違いかと思って、幹事をやっている友人にも尋ねる。
「なあ、ちょっといいか。カラオケ来てるのって何人だっけ」
「え? 確か七人……あ、オレを入れて八人か」
大体、減ることはあっても増えることなんてないはずだ。
「誰か帰るのか?」
「ああいや、俺の勘違いだよ」
そうは言ったが、違和感は消えなかった。
二階堂はそればかり気になって、結局それから盛り上がることができなかった。その間に狙っていた女の子は別の参加者と仲良くなったらしく、気が付いたときには席を移動していた。
微妙な気分になりながら、そろそろカラオケを出ようという頃になった。
二階堂は受付に行くと、気になっていたことを尋ねた。
「あの、ウーロン茶が何回も間違いで来たんすけど、あれなんだったんですか」
二階堂が尋ねると、店員が少しぎくりとしたようにきょろきょろとあたりを見回した。すると、突然別の店員がサッとやってきて、場所を変わった。
「申し訳ありませんお客様、此方の不手際があったようで。なにぶん担当の者が不慣れでありまして。お金は必要ありませんので、こちらをお納めください」
貰ったのはカラオケ屋の割引券だった。
きちんと八人分が用意されていて、それで手を打ってくれと言わんばかりだ。まるでわかりきっていたかのような行動だ。
二階堂は面食らったのと、妙な圧力に耐えきれずにそのまま店を出た。
後で聞いた話によると、そのカラオケ店は「出る」ので有名だったらしい。
いくつかある噂のひとつに、「何故か勝手に飲み物が一つ追加される」というものや、「いつの間にか一人増えている」というものがあった。それらは大部屋のどこかで発生するらしいということも。
二階堂は今後、そのカラオケ屋を再び利用して割引券をもらうかどうか、悩んでいるという。
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