第六夜 コインロッカーベイビー
世見町にはいくつかのコインロッカーがある。
駅中にあるそれと違って、狭くて店すら建てられない土地にある小さな建物に、コインロッカーが並ぶだけのものだ。
近年の再開発が進むところはまだ整備されているが、まだまだ古いコインロッカーがおかれているところは多い。
そんなところには、時折ヤバいものが入っているという。
ロッカーには保管期限が決まっていて、それを過ぎると警告が貼られる。その期限も過ぎると、中のモノを没収して設置したコインロッカー会社で保管することになっていた。
Eさんもそんな、期限切れの品を回収する仕事をしていた。
その日も、世見町のコインロッカーのひとつへと先輩とともにやってきた。
何しろ世見町のコインロッカーだ。
筆者が聞いた限りでもだいぶパンチの効いたものが入っていた。それだけで一冊本が出来そうなほどである。延滞中のDVDやエロ本なんかはマシなほうで、事故や事件、犯罪を示唆するものまで様々な人生が詰まっている。
「ここですね」
Eさんはコインロッカーの場所を照らし合わせた。
「今日開けるのはDの3のひとつだけみたいですよ」
「まったく、一気に開けちまえれば楽なのにな」
「まあ、しょうがないですよ」
昼間だというのに、狭い建物の中は薄暗い。埃と虫の死骸が転がる片隅を小さな灯りが照らし出している。
むっとした熱気が籠もっていて、妙に臭い。
「よし、やるか。さて、Dの3はどこかな……」
先輩がそう言って、建物に踏み込んだ時だった。
おぎゃあ。
Eさんはびくりとして足を止めた。
どちらともなく、互いの顔を見合わせる。
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ。
「……先輩、聞きました?」
「……ああ」
このコインロッカーのどこかに赤子がいる。
しかも、まだ生きている。
緊張が走った。
一九七十年代頃、コインロッカーベイビーというのが社会問題になった。
内緒で産んだり、どうしようもできなくなった子供をコインロッカーに預けるというものだ。中の子供たちは助けられた例もあるが、死亡例も多い。
きっかけとなった事件そのものは、駅のコインロッカーから出てきた荷物から異臭がしたので開けてみると、腐乱した赤子の死体が出てきたというものだ。慌てて日本全国のコインロッカーを調べると、似たような事例がいくつもあったという。
「おいおい、こりゃあまずいんじゃないのか。どこからだ?」
慌てて、声がどこからするのかを探す。
こうなるともう緊急事態だ。しかも泣き声がするということは、赤ん坊はまだ生きている。
微かな声を頼りに探し回っていると、やがてあることに気が付いた。
「これって……、Dの3?」
Eさんはたいていのものは見てきたが、思わず眉をひそめた。
いざ自分の番が回ってくると、どきりとする。今は赤ちゃんポストなんかもあるが、やはりコインロッカーに預ける親は後を絶たない。
しかも、声が聞こえてくるのは期限切れのロッカーだ。警告を貼ったであろう時には何も報告が上がってこなかったし、もしかすると警告の後に入れたのではなかろうか。
「……とにかく、開けてみるぞ」
赤子の声はいまだにしており、焦燥感を煽られた。
額の汗を拭い、先輩がマスターキーを取り出すのを横で眺める。がちゃりと音がして扉が開かれると、唐突に赤子の声はやんだ。
急いで中の荷物を取り出すと、むっとした臭気が鼻をついた。
「うっ」
思わず鼻を抑える。
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。先輩も一瞬躊躇したあと、勢いよく荷物を開け、中をあさった。
「うわぁっ!」
先輩の叫び声に荷物の中を覗き込むと、既に腐乱しかけた赤子の死体がタオルに包まれて入っていた。
結局、赤子は死んでいた。
泣き声のことを警察にも話したが、それらしいロッカーは無かった。事情聴取にしばらくかかったが、そのあとのことは警察に任せることになった。
事情を聞いた部長には「お前ら、明日でもいいからお祓いに行っとけ」と言われたが、さすがにそこまですることはないだろうとアパートへ帰った。
しかし、それがはじまりだった。
夜になり、ようやく眠りについた時のことだ。いつもならすぐに眠れるはずが、妙に目が冴えてしまっていた。昼間にあんなことがあったせいか。緊張とストレスが余計にそうさせているのかもしれない……。
無理矢理に目を閉じて眠りにつこうとするも、なかなか寝付けない。
そんなときだった。
……おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……。
Eさんはぎくりとした。あの赤子の声がしたのだ。
昼間にあんなことがあったから、声が耳にこびりついていたんだろう。そう思って早く眠ろうとした。だが。
――いや、違う!
幻聴なんかではなく、確かに赤子の声がする。
なぜだ。
どこから。
このアパートに小さな子供なんかいただろうか?
だが、考えるまでもなかった。布団の周りをかさかさと何かがゆっくりと這い回るような音がする。Eさんはぞくぞくと背中に冷たいものを感じて、布団を頭からかぶった。
――南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……!
Eさんは聞きかじった念仏を一生懸命に心の中で唱えた。
――南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……!
半ば祈るように、沸き起こってくる恐怖と戦いながら一心に祈り続ける。
どれくらいの時間が経ったのか、やがて音がしなくなった。
ホッとしたEさんが恐る恐る目を開けてみると――小さな赤子の手が、布団の隙間から伸ばされているところだった。
Eさんが気が付いたときには朝になっていた。妙な臭いに慌てて飛び起きると、部屋の中にはあの独特の臭気が漂っていた。吐き気を催しながら急いで窓を開けると、そのままトイレで胃液を吐いた。
まるで、何かが一晩中部屋にいたようだった。
会社に行ってから、Eさんは真っ青な顔をしていた先輩と一緒にお祓いに行った。
先輩も同じ目にあい、朝まで気絶していたらしい。起きた時には悪夢かと思ったが、やはり部屋の中は異臭に満ちていたらしい。
それ以降、Eさんは同じようなことがあるにつれ、必ずお祓いに行くようにしている。
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