第33話 伊勢崎の勘
犬塚は固まってしまっていた。口は金魚のようにぱくぱくと開くが、言葉が出てこない。気の強そうな彼女の目線、緊張感。そして置かれている状況。犬塚の頭はパニックを起こしていたのだった。腰に手を当てて立ちはだかる彼女は、この世の終末を嘆くような、大きなため息をついた。
「どこに、とは探しものですか。人形のスカートの中には無いと思うんですけどね。私は」
「いや、これはそういう意味では」
「じゃあ隠そうとしたのは?」
完全に何かを誤解されていた。開店前の店舗で、中年男が女児玩具の衣服をめくり、それを背後に隠す。
「図星見たいですね」
違法なことをしている訳では無い。何かを発しなければならないのは理解しているが、そう努めようとするほど、喉は首を閉められた鶏のような音を絞り出すだけだった。
それにしても、どうしてこの女がここにいるのだろうか。むしろ、不法侵入は彼女の方じゃないのか。
犬塚の頭の中に伊勢崎の顔がアップで映し出された。ヤツの勘は鋭いが、重要な情報がいつも欠落している。
女は犬塚をじろじろと見続けていた。お人形のような容姿と華奢な体を、濃紅のニットとベージュのフレアスカートが包んでいる。鞄もシンプルだがブランドものだ。アイドルのようなルックスだが、その眼光と態度はそれには程遠い。生半可な言葉は意味を成さないだろう。犬塚は呼吸を整え、自分の正当性を解く言葉を必死に探していた。
「あなた、うちの制服を着ていますけど、それはどこから」
その言葉に、犬塚はようやく冷静を取り戻す。
「今、うちの、とおっしゃいましたか」
「そうですがなにか」
「ご、誤解です。私はここの職員です。犬塚と申します。新人ですが、ここで勤務しているのです」
犬塚は慌ててエプロンのポケットを弄り、自分のネームカードを探りあげると目の前に突き出した。息が上がっている。
すると彼女はにじり寄り、それを手にとってまじまじと眺めた。ネームカードと犬塚の顔を交互に見た後、そのネームカードをフレアスカートのポケットへとしまった。
「よくできた偽物ですね」
「ちょっとまって下さい!」
犬塚がそう叫んだ時の事だった。
「正男さん? 何かあった?」
顔を覗かせたのは瓜生だった。ちょうど出勤してきたところなのだろう。サングラスを額へと押しあげている。
救世主だ、と犬塚は思った。
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