パート⑨ 成長

第32話 ブランニュー・変態おじさん

 日曜日に出勤するという感覚は、現場職独特のものだと思う。


 それは、家を出た瞬間から体感する。日曜日の早朝は人も車も少なく、閑散としている。出会うのは、近所のおばさんか、ゴミ袋を荒らす鴉か。

 そして電車に乗って、それを深く体感する。人が少ないだけではなく、顔ぶれも全然違う。スポーティーなジャージに身を包んだ彼らは学生だろうか。大きな荷物を足元に広げ、並んで携帯をいじっている。部活の遠征か何かだろう。


 この日犬塚は、誰よりも早く現場へと向かった。みなぎるやる気が原動力になっているには違いない。幾分軽い足取りで階段を駆け上がり、ネットをかき分ける。電子キーをくぐり抜け、ピンクのポロシャツに着替えると、店内を掃除し始めた。


 時間前出社の目的は掃除ではない。どちらかといえば掃除はそのためのきっかけづくりに過ぎない。本当にしたかったことは、女児向け玩具の調査だった。


 一通り掃除すると、ブリキュアシリーズが並べられているコーナーに立った。箱入りのものから、むき出しで置いてあるもの、吊るしもの、ポップアップ品。それらを丁寧に拭き上げながら、パッケージを観察した。ホコリと小さい文字が老眼を痛めつけるが、そこまで辛くはない。

 今、犬塚の頭の中には広大なエクセルシートが広がっている。目にしたそれぞれの仕様と価格が、そのシート内に陳列されていく。

 先日までは全く区別がつかなかったそれらが、不思議なほどに頭の中に入っていくのがわかった。そうして作業を進めていくと、何がどのようなシリーズ展開されているのかがわかったし、おおよその価格の見当がつくほどになった。


 そして最終目標の前にたどり着く。先日あけみちゃんに手渡されたキュアチェリーと同じシリーズの人形コーナーだった。各人形とも丁寧にパッケージ梱包されているが、主要な商品はすべて「お試し用」として剥き身で吊るされている。

 これらを「モック」というのだと瓜生から言われたのを思い出した。犬塚はモック固定ワイヤーを取外して人形を手に取り、それらが身につけている洋服の類を凝視し、実際にめくってみたりもした。

 やはり、商品のレベルが高い。これだけ多数の人に触られていながら、ほつれているところが一つもない。起伏の無い人形の体にジャストフィットし、捻りを加えても回転したりズレたりすることが無い。これだけのクオリティを維持したまま大量生産できる会社が存在する。


「いったい、どの製造会社どこに」


 犬塚は自然とつぶやいていた。


「何しているんですか、あなたは」


 そのつぶやきに、答える声があった。犬塚は慌てて振り向き、反射的に手にしていたキュアローズを背後へ隠した。なぜそうしてしまったのかはわからない。それが裏目にでる行為だと言うことは、相対する人物の瞳を見てすぐにわかった。犬塚は思わずつばを飲みこみ、そして驚きに背筋が震えた。


「あら、変態さんじゃないですか。こんなところまでご苦労さま」


 そこにいたのは、あの日電車で遭遇した、お嬢様だった。

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