パート⑦ 二日目アフターシックス
第25話 ナイスアイディア
疲れた。ものすごく疲れた。
あいさつも適当に済ませ、タイムカードを切った犬塚は、疲労に襲われていた。
加齢とともに物覚えが悪くなるとは聞くものの、それを痛感することになるとは。この程度の事もこなせないのか、と自分を責める度、その疲労度は加速度的に蓄積されていく。今後部下を持つことになった場合は、優しく見守ろう。そう誓った犬塚であった。
「お疲れ様です」
そんな日は早々と帰るに限る。職員達に挨拶をすませ、バックヤード出口の窓を開けようとしたとき、駆け寄ってくる女性があった。あけみちゃんである。
「犬塚さん」
「はい、なんでしょう。そんなに慌てて」
「犬塚さんが帰っちゃうから」
一瞬変な空気が漂った。目が泳いだ先には、瓜生の背中があった。完全に無関心であるのか、デスクトップPCに向かったまま微動だにしない。この程度の発言は日常茶飯事ということだろうか。
「あの、それはどういう」
「あ、いえ、犬塚さんが帰っちゃうから、えっと、じゃなくて、すみません私、言葉が苦手で」
そういって大げさに慌てふためいている。なるほど、誤解する男も後を絶たなかっただろうに。
「今日、お話したじゃないですか。私、いいことを思いついたんです。犬塚さんに、好きになってもらう方法を」
今度は時が止まった。流石の発言内容に、瓜生の背中がピクっと動いたのが見えた。
「私、考えたんです。何をするのが犬塚さんにとって、一番いいのかなって。そしたら、やっぱりこれしかないって」
「はい」
「それは、やっぱりずっと一緒にいることだと思うんですよ。ずっと一緒にいれば、知らなかった魅力が見えてきて、好きになると思うんです。好きになっていくと思うんです。だから、側に居てほしいんです」
瓜生が振り向き、見てはいけないものを見てしまったような表情で氷ついている。前後を知らなければ、犬塚が告白されているようにも見えるのも無理はない。
「わかりました。ありがとうございます。それで、私はどうすればいいですか?」
犬塚は今にも逃げ出したい気持ちを押さえ、紳士的な態度を続けた。言葉の内容がどうであれ、そこには真摯な善意があったのだろうから、汲み取っておかなければ。
「わかってくれて嬉しいです。だから、これ、お願いします!」
まるでラブレターを押し付ける時のように背中から取り出したのは、ピンク色の衣装に身を包んだ、ピンク色の髪をした人形だった。
「これは?」
「はい! ブリキュアのキュアチェリーちゃんです!」
高さ12センチのそれは、頭部が異常に大きいことを除けば、女性らしいフォルムと衣装が見事に再現され、桜の花びらを模した柄がスカート一面に印刷されている。
「これを持って帰って、側に置いて下さい。きっと、毎日見ているうちに、少しでも好きになれると思うんですよ。そしたらきっと、女の子の気持ちがわかります。いい方法だと思いませんか?」
瓜生が頭を抱えたのが見えた。
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