第22話 鬼門
戦略値下商品は社内用語らしい。
これは他社製品のうち、認められた範囲以上の値下げをした商品の事を言う。例えば箱に傷がついているとか、そんな理由でB級判定しなければいけないが、中身の商品に問題がない時。
これは赤ボタン、つまり店舗在庫販売になる。返品再構築品もこれに含まれるのだが、これらは一度トイアイダ店舗自体が買い取り、自店舗在庫品とした上で、自由に値段をつけて売る、という扱いになっているのだ。
つまりレジの人間は、商品をスキャンする時、それがアイダ玩具製なら赤ボタン、他社製品なら該当する商品種別ボタンを押し、しかしそれが特価品なら赤ボタンを押し(さらに特価品の場合は値引き後価格をテンキーで入力)、合計金額を導き出さないと行けないのだ。
これが犬塚には鬼門だった。商品種別の分類が多すぎて、覚えれないのだ。というかそれ以前に、ピンク色の箱の商品が全て同じに見えてしまう。最近のパッケージは工夫され画一化もされているため、ぱっと見ただけではそれが「ソフビ人形」なのか「チョコレート菓子」なのか区別がつかない。老眼もあるだろうし、歳を取ったのもあるだろうが、最大の理由は脳がついていけていないのだ。特にそれがピンク色のパッケージになると、軽い
犬塚は自分なりに脳の覚醒レベルを引き上げ、フル回転で対応するが、混乱してくる。特に激しい運動はしていないのに、額からは汗が吹き出てしまうのだ。
「うーん、これはちょっと大変ね」
「すみません」
瓜生が差し出したのは業務用タオルシートだった。綺麗に折り畳まれたそれを受け取り、額に当てる。十分に水分を吸ったそれは手を離しても落下しなかった。
「いや、責めてるんじゃないの。ここの所、新人といえば若い子ばっかりだったから、忘れていたわ」
「まさか、レジうちがこれ程までに複雑とは思いませんでした」
「まぁまぁ、慣れよ。レジ打ちなんて仕事したことの無い専業主婦だってできるようになるんだから。まだ二日目。焦らない焦らない。自分を無能だと思ったら、成長は止まるわよ」
犬塚ははっとして顔を上げた。未だかつて、上司からも、自分が上司としても、そんな励まし方には出会わなかった。驚いたのは、年下の青年の言葉で、肩の荷が軽くなった実感を得たことだった。
「とはいえ、このままでは難航しそうよね」
瓜生は顎に手を添えて考えている。
トイアイダ鎌ヶ谷店の午前中、それも開店直後は平和だ。端的に言えば、お客様はほとんど来ないようだ。具体的に主婦達が活動し始める時間になってしまえば、このように悠長な練習はしていられない。
「正男さん、おもちゃは嫌い?」
先程ソフビ人形と見間違えたチョコレート菓子の箱を持ち上げて瓜生が言う。ピンク色のパッケージに、露出の多いドレス調の衣装を纏った女児が、決めポーズを決めている。
「考えたことは、ありませんでした」
「でしょうね。まぁそこは予想どおり。つまり、正男さんはおもちゃに興味が無い。ただの商品だと思っているってことよ」
瓜生はそのパッケージをすばやくレジを通すと、パッケージを丁寧に開け始めた。
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