第19話 瓜生 詞
バックヤードに戻ると、先程の女性的青年がパソコンに向かっていた。犬塚は十分に距離が近づいてから挨拶しようと思っていたが、先手を打ったのは彼だった。
「どう? 使ってみた感じ」
「お陰様で」
「そ、良かった」
そう言って青年は再び画面に目線を落とした。画面に表示されているウィンドウの特徴から、それがエクセルファイルだという事はすぐにわかった。職員の名前が羅列されており、どうやらそれはシフト表らしい。店長以外でシフト表を操作する権限を持っている人間ということだろう。
「先ほどはありがとうございました。昨日よりこちらでお世話になります、犬塚と申します」
彼は犬塚の深々とした挨拶を画面越しに一瞥すると、椅子をくるっと回して長い脚を組んだ。まるで宝塚をみているかのように優雅だ。
「よろしく、犬塚さん。挨拶が遅れたわね。私の名前は
魅惑的な笑顔だ、と犬塚は思った。稀にその愛想一つで相手の関心をいともたやすくさらって行ってしまう人間がいる。瓜生はまさにそんなタイプだった。隠そうともしない女性基質だが、身ぎれいで美青年、そして感じがいい。サーモンピンクのポロシャツがここまで似合う男性? はそう多くないだろう。
「よろしくお願いします。瓜生さん」
「こちらこそ。ところで
「営業経験はありますが、もっぱら企業相手で、コンシューマーは」
「なるほどね、そんな感じしてる」
瓜生はニコッと笑って再び画面に向かった。犬塚もそれに釣られた。流れるような手さばきでPCを扱っている。
「企業相手とはまた勝手が違うから、きっと苦労するでしょうけど。わからないことがあったら何でも聞いて。自分で考えることも必要だけど、わからないうちから自分で調べるなんて、時間の無駄でしかないわ。ここはスマートにビジネスをしたいところよね」
「ありがとうございます」
「早速で悪いんだけど、見ての通り、みんなの勤務表を作ってるの。私は事前に予定がわかってないと気持ち悪いタイプで、都合、希望休みはかなり早く言ってもらってるの。そんなわけで、来月に休みたい日があるなら、早めに言ってね」
三十日分のシフトがものすごい速さで入力されていく。定番配置パターンを高速で入力した後、希望休とバッティングするところは調整をかけていくというスタイルのようだ。パートタイマー含め、かなりの人数が名を連ねているが、瓜生の手は快走だった。
犬塚は一つ、疑問を持った。それを深く考える前に、回答を急いだ。
「予定はありません。指定された通りに出勤いたします」
「あら、さすがは営業マンね。社会人の鏡のような回答、どうもありがとう。おかげで捗るわ」
犬塚は軽く会釈した。どうやら、ビジネスがわかる人間がこの場にもいるらしい。そのわずかな希望が、犬塚の心を軽くした。
ちょうどその時、重たいバックヤードの扉がガチャリと開かれた。
「おはようございます」
大きなカバンが壁紙をこする音と共に、だらしない格好で入ってきたのは、店長の笠原だった。
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