パート⑤ トイアイダ鎌ヶ谷店 二日目

第17話 二日目の朝

 ひとしきりの店内清掃を終えた犬塚は、自らの功績を前に満足げに仁王立ちし、額の汗を拭った。


「まぁ、こんなもんだろう」


 貸与されたばかりのサーモンピンクのポロシャツは早くも汗びたしだ。後ほどケアをしなければ。子供と主婦の店舗となると、そのあたりも気を使う。


 清掃に励むのは、自身のやる気を奮い立たせる為だった。昨日の店内案内の時から気になってはいたのだが、清掃が行き届いていない。積み上げられた箱の上や値札棚には埃が溜まっており、金属製の手すりや棚そして鏡には手垢が目立っていた。清潔感のある売り場は商売の基本である。これが他人の店なら気にもしないが、自身の所属する店舗となると話が別だ。鏡なんかはピッカピカにしてやった。


 早朝の店舗にはまだ誰も出勤していなかった。電気をつけ、仕舞い込んだ可動式の棚等を所定の場所に移動する。ガタイの大きさもあって、これくらいなら一人で問題なさそうだった。


「はよーざまーっす」


 その棚の脇から、足早に通り過ぎて行く人影があった。竹中流人だった。


「おはようございます」


 犬塚は汗を拭って丁寧に頭をさげたが、竹中は気に留める様子も無くそのままバックヤードに吸い込まれていった。相変わらずだった。


「どうした、具合でも悪いの?」


 入れ替わる形で中島が出勤してきた。前後を知らない中島は、頭を下げている犬塚を見て体調が悪いと思ったのだろう。


「おはようございます、中島さん。挨拶をしましたら通り過ぎてしまわれまして」

「ああ、ひょっとしてルゥ君?」

「ええ。嫌われているようです」


 犬塚が肩をすくめると、中島は余程可笑しかったのか、犬歯を見せて笑い、犬塚の肩を2回叩いた。


「はっは! そうかも知んないね。ただまぁあんまり気にしないほうがいいよ。あの子、朝はだいたい機嫌が悪いんだよね」

「それだけだと助かるのですが」

「ま、頑張んなよ。それにしてもあんた、掃除かい」


 快活な中島さんの声が誰もいないフロアに響き渡る。この人のあんた呼ばわりには悪意がないのだと、犬塚はそう考える事にした。


「ガッツがあっていいじゃないか。んじゃ今日もよろしく」


 さり際にハイタッチを求められたが、即座に反応できなかった犬塚の手は空を切り、代わりに整えたばかりの積み木の棚を少し乱した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る