第13話 竹中流人
「あ、ルー君おはよ!」
あけみちゃんの弾けるような挨拶が店内に響き割った。
バックヤード入り口には、毒気を抜かれたような表情の青年がいた。黒と黄色のバイカラーのパーカーに、派手カラーヘッドフォンを首にかけ、気だるそうにポケットに手を突っ込んでいる、そんな今風の男だ。パツパツのジーンズに真っ赤なスニーカーがアンバランスだが、流行りなのだろうか。町中で見ないこともない。見た感じかなり若いようで、下手をしたら二十歳にもなっていないかも知れない。
そんな彼の言葉に、犬塚は度肝を抜かれた。
「ルー君言うの、やめて下さいって何度も言ってるじゃないすか。あとそのキャピキャピすんのも辞めたらどうすか。歳考えて下さいよ。これも何度も言ってるけど」
そしてバックヤードの扉は勢いよく閉められた。
「彼もこのお店のクルーなのですか?」
石のように固まってしまったあけみちゃんのその背中へ声を掛けた。辛うじて、首を縦に振っている。
対話に必要なのは共通の話題ではなく、温度感である。これを間違えると会話は盛り上がらず、どんなに好条件の営業でも機を逃す事になる。有り体で言えば「空気を読む」だが、一歩踏み込んだ内容とも言える。犬塚は長年の営業成果でそれが身に染みて分かっている。寝起きの気だるさを引きずった若者に、あけみちゃんの温度感は火傷しそうなものだったのかも知れない。犬塚は初めて彼女と対話したその瞬間を思い出していた。
「なかなか、穏やかじゃないですね」
しかし彼のその辛辣さは半端では無く、もはや社会不適合者の領域だ。犬塚は、早くも殺伐とした現場クルーの人間関係を垣間見てしまったことに、眉間を押さえつける他なかった。とは言え、あそこまで言われる方にも問題があるかも知れない。
「ルー君、いい子なんですよ。将来はいろんな子供の支援をしたいんだっていって、福祉関係の学校に通っているそうなんです」
「それは素晴らしいですね」
そういう目的を持っている人間は、褒める。そこに本心があるかどうかは全く問題では無い。世の中の仕組みが、そうなっているのだ。数字の世界で生きてきた犬塚の心臓には既に毛が生えており、いまいち響いて来ないのだった。
「子供達にはすっごい優しいのに、私達には冷たいんです」
少なくともあなた個人へ冷たい理由はわかった。犬塚は心の中でそうつぶやいた。
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