第12話 あけみちゃんという女
「ここがこうで、あっちがこうで……」
あけみちゃんの容量を得ない説明を聞きながら、景色から得られる情報を加味して脳内に記憶する、という作業は殊の外疲れる。喉の乾きを抑えながらも、最初が肝心だとその社会経験で身にしみていた犬塚は必死にメモをとった。
単におもちゃ屋と言っても、どうやらジャンル訳された陳列というものがあるらしい。男の子のおもちゃ売り場というのは比較的わかりやすい。角が張っており青とか赤とか強そうな色合いのものが主流で、ちょっと年齢が上になってくると、その性質は急に競技じみてくる。やはり男というものは幼子のうちから競いあう事がすきなのであろう。
「で、ここからが、女の子用のおもちゃ売り場です」
そして世界がいきなりピンク色に変わる。女児向け玩具売場である。
「これは、なるほど」
とテンションが上がるあけみちゃんに対して、犬塚のテンションは下がる一方だった。
「ほらー! 見てください! あんなにかわいい♡」
そこは犬塚にとって異世界だった。どれもこれもがあまったるピンク色のカラーリングで、その綺羅びやかさが老眼にはキツイ。電源を入れて回れば、キンキン声のキャラクターボイスが劣悪スピーカーから再生され続け、それは犬塚にとってみれば黒板を爪で引っ掻いているのと代わりが無かった。まるで少女のようにふんわりと振る舞う年齢不詳の女性を見ているのも、これまた中々辛い。
「あ、これは知っていますね」
こんな時、人間というものは無意識に居場所を探すものだ。異空間において、自分の知っているものを確保することで心の安定を得ようとするのである。
「バーディー人形!」その響きに瞬間的にゴルフが浮かんだ。「それ最新なんですよー! ブルーイ・マーズさんとのコラボモデルなんです♡」
犬塚が掴み上げた人形を指差しながら、かかとを振り上げているその女性。無意識なのだろう、寄せられた腕に合わせて、その豊満なものがより強調されてしまっている。犬塚は思わず目線をそらした。厳格な社内ルールの中を生きてきた犬塚の脳裏に、セクハラの四文字が浮かんだからだ。
そらした目線の先には全身鏡があった。そこに写っていたのは女児人形を握りしめる頭髪の薄い中年だった。全身の毛が逆立つのを覚えた犬塚は、呪われた人形を手放すかのように、それをすばやく所定の位置へ戻した。人形のスカートが少しめくれ上がってしまっているが、それを直す勇気が湧いてこなかった。
跳ね上がった呼吸を整えている間も、あけみちゃんのトークは止まらない。おそらくはその女児人形について語っていたのであろうが、少しも耳に入っていなかった。
そんな時だ。
「ちっす、はよーっすー。」
と気だるそうな青年の声が聞こえた。
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