第11話 中島郁子
「えっと」
見るからに彼女は困惑していた。少し俯いたままであるが、その視線はぐるぐると回っている。
犬塚は考えた。自分が来ることすら周知が行き届いていなかったのだ。場当たり運営の感が強い現場だと想定すれば、新人育成マニュアルが用意されている可能性は低いだろう。概ね、「教えるって言っても一体何から」と、順序がつけられずに混乱しているのだろうと思った。
「そうですね、私はこの通り初めてですし、職場の勝手がわかりません。よろしければ、案内して頂けませんか」
犬塚がそう言って立ち上がると、彼女の顔もぱぁと明るくなった。
「は、はい!」
ではこちらへ、という声と共に扉をあけ、バックヤードの説明を受けた。
バックヤードの大半は通路で、その最奥は在庫管理室だった。そのまま突き当たれば商品受け渡しカウンターまで抜けられるようになっている。通路には棚が儲けられ、とにかくたくさんの商品たちがダンボールに入れられた状態で並べられている。興味深いのはアイダ玩具製商品だけは別枠で在庫管理している所だ。
人気のないバックヤードを通過し終えると、少しだけ広い一角にたどり着く。
「ここが一応、メインの部屋? です」
案内されたのは、先程チャイムを押した扉を明けてすぐの空間だった。沙汰な荷物で気が付きにくいが、フロアーを映し出すモニターが天釣りに、館内放送のマイクが壁付けに、半分物置になっている学習机には古びたPCと、横に備え付けられているのは恐らく勤怠システムのカードリーダーだろう。なるほど、バックヤード業務に必要なものが揃っていると言う意味で言うなら、確かにメインの部屋だ。
そしてその机には、背筋をぴしっと伸ばして座る女性の姿があった。開口一番犬塚に失礼な言葉をかました、ショートカットの中年女性だった。
犬塚を見るなり、食べかけのおにぎりを口に押し込んで水で流し込み、ひと呼吸おいたら急に立ち上がったかと思うと、突然犬塚の胸をハイタッチのようにして叩いた。
「やぁあんた。本当にここで働く人だったんだね。悪かったよさっきは。知らなかったからさ、まーこれからもよろしくって事で許してやって」
そう言って、犬塚の肩をポンポンと叩いた。
「あ、犬塚さん。こちら時間帯責任者の……」
「中島郁子、だよ。よろしくね、遅咲きの新人くん!」
そう言って中島郁子はウィンクしながら親指を突き出した。
竹を割ったような性格と、笑顔からのぞく犬歯。
犬塚は悟った。この中島郁子という女は、間違いなく苦手なタイプだった。
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