第9話 笠原という男
「安心してください。誰にも口外していません。その必要も無いと思っています」
「そう、ですか」
「本来なら私のような立場の人間が、ものを申すなんて恐れ多い。ですが犬塚さんの状況から察するに、今後もそれは伏せておいた方がいいと思います。違いますか」
ズバズバと切り込んでくる男だった。面倒な心理戦は不要ということだろう。
「そう、ですね。そのとおりだと思います」
犬塚がうなずくと、その返答に安心した笠原はコーヒーをすすった。それに合わせて犬塚もコーヒーを頂戴する。犬塚がカップを置くのを見計らって、笠原が続ける。
「ここで決めておきたいのは、接し方です」前のめりの笠原は意外にも鋭い眼光を放っている。「女性というのは兎にも角にも敏感でしてね、こんな事を言うとアレですが、へんなところに細かい。さらに噂話好きです。私と犬塚さんのやり取りから色々感じ取って、あらぬ噂が立ったりすることは十分にあり得ます。そうなると面倒です」
「ほころびがでる、ということですか」
「そういうことです」笠原は続けた。「男女が仲良くしているだけで噂になりますから。そこで、私は犬塚さんを全くの新人として扱い、敬語を使いません。これはずっと考えてはいたのですが、男女年齢問わず、私はそう接してきましたので、そういう職場の雰囲気が出来上がってしまっています。そのスタイルを変えると怪しまれます」
先程の女性陣の対応を見れば、ここがフランクな人間関係を構築していることは想像できた。ともすれば、その長たる人間がわざわざ敬語を用いるとなると、かえって異質に映るということなのだろう。オフィスにいる時は、むしろタメ口の方が存在感があった。いずれにせよ口の聞き方というのは、人間関係を色濃く映し出すものである。
「なるほど。よくわかりました。そこまでお考え頂いて、ありがとうございます。それならば、タメ口でお願いします」
犬塚の態度に、笠原もホッとした様子だ。
「私も本部にいたとは言え、アイダ玩具とは別業種です。店舗で働くとなると、完全に素人。そこの長にご指導賜る訳ですから」
建前半分の回答だが、笠原に信用してもらうには十分な内容だっただろう。実際、現場の仕事で足を引っ張るなど、犬塚のプライドが許すはずが無かった。嫌だろうがなんだろうが、目の前には与えられた仕事がある。それにひたむきに努力し、結果を出してきたのだ。今回だってやれるはずだ。
「じゃ、そーゆーことで」
笠原の切り替えは早かった。膝を叩きながら弾けたように立ち上がると、休憩室の扉を開け放ち、「あけみちゃーん!」と大声で呼びつけていた。犬塚の頭に、うさぎの耳をつけた女性の顔が浮かんだ。
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