パート③ トイアイダ鎌ヶ谷店の人々
第8話 店長 笠原
「いやー申し訳ない、犬塚さん。あ、どうぞ、そちらにおかけ頂いて」
奥から出てきた店長らしき人物に案内され、荷物の隙間をかいくぐって辿りついたのは休憩室と書かれた小部屋だった。白で統一された窓も味気も無い空間に、小さな机とそれを挟んでイスが二つ。犬塚はそこへ案内されるがままに腰掛けた。
「すみませんね、バタバタしていたら、周知が行き届かなくて」
狭苦しい台所には電子レンジと電気ケトル、そして小さな冷蔵庫が詰め込まれていた。広さ的にも衛生的にもあそこで調理するのは不可能だろう。ここで休憩を取れと言われても、かえって疲れてしまいそうな場所だ。
「犬塚さん、コーヒー、ブラックで?」
「おかまいなく」
返答内容に関わらず何かを出すつもりらしい。犬塚は抱えたカバンを床に下ろした。その男は手際よくインスタントコーヒーを用意し、ソーサーで提供してくれた。そこにはスティックシュガー、ミルクポーションとお決まりのセットの他に、ピンク色のキャラクターが描かれた包装紙で包まれたお菓子が乗っている。謎だ。
「おまたせしました。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。店長の
笠原が腰掛けると同時に頭を下げると、第二ボタンまで開けられたその胸元からはそこそこにたくましい筋肉と立派な胸毛が見えた。白いワイシャツはその体格には大きく、引き締まった肉体に対して服装はだらしない。正直、店長としてのオーラがまるでない人物だ。緊張感の無い笑顔と丸型フレームのその眼鏡が原因かもしれない。
「犬塚と申します。それにしても元気な方が多いのですね」
犬塚は印象をオブラートに包んだ。
「いや、申し訳ない。朝からうちの職員が飛んだ失礼を。なにぶんこういう現場です、エネルギッシュな人材を揃えているのですが、そうすると指導もなかなか入りにくいっていうのがありまして。店をまとめる立場からすると頼りになるのですが」
笠原は何が照れるのか目を細めながら頭を掻いている。犬塚もそれに合わせて目を細めた。
「それは何よりですね」
この人物の立ち振舞と身だしなみを見る限り、その指導とやらは期待できそうにない。笠原はその温度差を読み取ったのか、コーヒーをすすり、少し前のめりで話し始めた。
「お話、だいたいは伺っています」
急に確信に迫る話題に、犬塚は面食らった。
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