第6話 トイアイダ鎌ヶ谷店

 トイアイダ鎌ヶ谷店はその名の通り鎌ヶ谷駅にある。正確には鎌ヶ谷駅に隣接する大型商業ビルの一角にテナントして収まっている。


 鎌ヶ谷駅は犬塚の仕事場所としてはあまりにもベッドタウンだった。新たな勤務先となるというのにこんな選民思考が働いてしまうところが、気持ちの整理が出来ていない証左だった。不要な詮索や軋轢が起きないよう、スーツは一番安くて無難なものを選んだ。


 開店前の商業ビルは意外にもオープンであった。そこで働く人達が次々とその玄関口から吸い込まれていく。節電の風潮はこんなところへも影響し、電灯は必要最低限、エスカレーターはまだ動いていなかった。犬塚は久しぶりに階段を三階まで登った。早くも太ももがつらい。


 トイアイダ鎌ヶ谷店は三階エスカレーターを登ったすぐの所に位置していた。主婦と子供が多く訪れる施設の構造上、この立地は強い。看板を見るなりねだる子供に手を引かれ吸い込まれていく主婦、そんなシーンが一瞬で想像出来た。中々難しいテナント運営だが、ここはプラスに作用しているのかも知れない。


 店舗敷地の多くは廊下に面しており、緑色の網で仕切られていた。ちょっとした子供ならくぐり抜けて万引きできてしまいそうである。犬塚の頭にリスク管理という言葉が浮かんだ。


 しかし一向に入り口が見つからない。三階フロアを一周してみたものの、職員専用通用口のようなものは見つからなかった。てっきり、職員専用エリアがあって、裏側からバックヤード、そして店舗フロアに向かうスタイルだと思っていたので、少しだけ焦った。担当者の連絡先などは受け取っていないので、質問するには代表番号にかける必要がある。開店前のこの時間なら繋がらないに決まっていた。


 時間を持て余し同じ階にあるテナントに目を通して戻ってきたころ、細身の中年女性が足早に歩いているのが見えた。おそらくはスタッフであろう、体は迷うことなくトイアイダへ向かっている。これはチャンスだと目を凝らしていれば、その女性は流れるような動作で網を払い除けて、奥の扉へと消えていった。


 犬塚もその後に続いた。網は埃が絡んでいて、スーツに付着した。それを払い除けてから奥へと進んでいく。先程の女性が消えていった扉は幾分頑丈そうな作りで、チャイムと電子ロックキーが取り付けられている。ここがバックヤードなのは間違いないだろう。犬塚は身だしなみを整えてからチャイムを押した。


「はいはーい」


 扉越しに聞こえたのは、高くてとろけそうな女性の声だった。

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