第4話 責任
「すでに経営陣や管理者には手が回っていた。買収だよ、事実上のな。トキタのLシリーズはその特許権とともに他社の利益となる訳だ。それで犬塚、その買収先はいったいどこだと思う?」
引き締まった巨漢の伊勢崎が犬塚に迫った。腰を折った犬塚を見下ろしているようにも見える。その表情から、最悪な結末が伺いしれた。
「まさか―――」
「そう、そのまさかだよ」
「なんてこった!」
犬塚は膝から崩れ落ち、拳で床を打ち付けた。
「海外企業はやることが違うよ」會田はタバコに火をつけ、煙とともに吐き捨てた。「特に、あのブドウ様は」
ブドウ様とは海外最大手の電子機器ブランド「Grape」のことだ。ソフトとハード、そして販売サポートまでをワントップで提供する先進企業で、そのブランディング効果は抜群だ。特にスマートフォンブランド「
「お前に出来ることはもう何もない。犬塚」
立膝をついた伊勢崎は、その大きくずしりと重い手を犬塚の肩に乗せた。それは、「諦めろ」と言う意味に違いなかった。
「運が悪かった。そう思うしか無いだろう。気持ちを切り替えて頑張ってくれ」
會田の言葉に思わず顔を上げる。
「それでは―――」
「―――新しい環境で、な」
希望の光は、一瞬の内に奪われていった。暗闇に浮かび上がるのは、責任の二文字だ。
「勘違いしないでもらいたいのだが、犬塚君。私は君を高く買っている。それに異を唱える者は、そこにいる伊勢崎くらいだろう」
伊勢崎の鋭い眼光が向けられたが、會田は動じずに続ける。「しかしだ。今回の破談は相当な衝撃だ。賞与減額は当然、役員報酬にも影響が出るだろう。そうなればだ。今は良くても、責任を追求する声が聞こえてくるのは時間の問題だ。その時、君の居場所は無い。君を慕ってついてきた者たちに、下から突き上げられる。それはあまりにも酷と言うものだ」
會田が立ち上がるとソファがキィと鳴いた。それは監獄の錆びた扉のような音にさえ聞こえてくる。
「なればせめて、私が手を打とう。君には新しい環境を用意してある。逆境に置かれてはいるが、うちの子会社だ。いい会社だぞ。悪いようにはしない。彼らには今回のことは伏せてある」
今度は會田の手が肩に乗せられた。小柄な男の、暖かくも非情な手が。
「数年潜れ。そして結果を出せ。君が再び今のポジションを獲得する、唯一の道だ。私はそれを楽しみにしている」
犬塚の人生プランは、その自尊心とともに打ち砕かれた。
その「新しい環境」は、犬塚にとってあまりにも酷であった。
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