第3話 一蓮托生

「いまなんと」


 数ヶ月後。犬塚は社長室に呼ばれていた。アンティークなソファに身を預けていた社長の會田あいだは、苛立ちを隠さずに言った。


「トキタが飛んだ」


 トキタとは今回の大口事業の契約先である時田製作所だ。


「何かの間違いでは?」


 犬塚は會田の言葉が理解出来なかった。普段から冗談を鵜呑みにしやすいタイプなだけに、能面のような會田の表情からはその真意が測れない。


「確認した。トキタは国外工場の不祥事で、多額の負債を抱えていた。連中、我々に隠していたようだ」


 時田製作所は品質の高い薄型リチウムイオンバッテリーを売りにしている老舗メーカーだ。その性能は高く、アイダが得意とするスマートフォン向け超低電圧回路に搭載することで、競合他社比較で使用時間を20バーセントも延伸することに成功した。

 そんなトキタの新型電池パック「Lシリーズ」は、最先端の技術が用いられており、リチウム業界において日本を代表する同社でも量産が難しいらしい。流通性に問題を抱えた製品とも言えるが、それでも「大きさはそのままに容量15%アップ」の商品力は半端では無く、アイダを初めとする提携各社はその優先供給権を巡って睨み合いを続けていた。そこを犬塚がかっさらったのだ。


「で、では、Lシステムは…」


 Lシステムは、ハイパワーなトキタLシリーズ電池パックと、それ専用に開発したアイダ基盤「L8-11W」で構成された電池マネジメントコンポーネントで、同社の来期売上の30%を見込む、まさに社運をかけたプロダクト、のはずだった。


「それも全部ぱぁだ」


 犬塚は言葉を失った。青天の霹靂へきれきとはまさにこのことだ。


 極限まで低電力化した「L8-11W」はその穿った製品仕様ゆえ、Lシリーズ電池パックが無ければ安定動作しない。つまり、現在生産ライン上にあるすべての基板が、廃棄物と化そうとしてるのだ。


「アイダとトキタは一蓮托生いちれんたくしょう。皮肉なもんだな。それが共倒れを意味する時が来ようとは」


「申し訳ございません」


 犬塚は頭を下げた。衝撃でよろけた思考ではそれ以上の言葉が出てこなかった。


 これは俺の失態だ。騙されたとは言え、虚偽の情報を掴まされる方も悪いというのがこの世界の常識だ。入念に調査を行い、相手の真意を見抜き、双方の腹落ちの良いところを模索する。それが企業間営業だ。責任は回避出来ない。


 責任? この俺が責任を取るというのか?


 危機感に動悸がする。この損益は会社にとって大打撃だ。そこで働く社員たちの給料にも影を落とすだろう。愛すべき部下たちにも家族がある。彼らの人生まで想像したら、途端に冷や汗が吹き出てきた。なにか他に手はないのか。


「そうだ――。コンペ、コンペです、社長。トキタが駄目なら、他の企業に類似仕様品を作らせましょう。追加予算もあれば――」


 思いつきの打開策は、社長によって静止された。無言で手のひらを向ける仕草に、いつも以上の重圧を感じる。


「犬塚。残念だが、それはありえないんだよ」


 無言を貫いていた伊勢崎いせさきが続いた。

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