アジェンダⅠ おもちゃおじさん爆誕の経緯

パート① 犬塚正男の異動の経緯

第2話 人生転落

 とある居酒屋での光景である。


「お疲れ様でしたー!」


 座敷の一角で盛り上がっているサラリーマン集団に、犬塚は居た。


「いやー、でも今回のは本当気持ちいいっすね。30億は固いんじゃないすか?」


「試算では43億円だった。シリーズ化すればもっとだ」


 いかにも若者なノリは営業ホープの坂田、眼鏡を直しながら注釈したのが経理の内海うつみだ。共に犬塚が課長時代からのチームで、でかい話がある度に協力してやって来た同志だ。


 一杯目の生ビールを飲み干すと、酒田が手を上げた。「お、さすが部長、飲みっぷりが違いますねー。サーセン、生二つ!」


 それを読んでいたように甚平じんべえ姿の店員が素早く生ビールを持ってきた。客への対応が柔軟なところが気に入り通い続けて、早15年。


「でも、これで事実上、次期社長は確定じゃないすか?」坂田は二杯目の生ビールを煽ると、ジョッキを叩きつけながら言った。「俺、嬉しいっすよ。ドッグファミリーで本当良かった。そんときゃ、ひとつポストをお願いしますよー!」


「こら坂田、滅多な事を言うんじゃない」


 すぐに調子に乗る坂田に内海が釘を刺す。ドッグファミリーとは社内用語で、詰まるところ、犬塚を中心とした派閥を指していた。飛ぶ鳥を落とす勢いの犬塚にくみしたい人間は多く、そこへ来て今回の大型商談だ。次期社長は言い過ぎかも知れないが、その地位をさらに盤石にした手応えを感じているのには違い無かった。


「まぁまぁ、この際、細かいことは無しだ。今回も二人の協力が無ければ難しかっただろう。今後もこうして成果を出していきたいと俺は考えている」


 その言葉に坂田が前のめりになる。「さすが犬塚部長。俺、まだまた頑張るんで、これからもよろしくお願いします」


「その節は是非、私も」


 二人の部下が頭を下げている。こうして気に入られようとする、ガッツのある男は好きだった。何より持ち上げられて嫌な想いをする人は少ないだろう。


「わかった。任せておけ」


 社長か。それも悪くないかもしれないな。

 この俺の勢いを止められるものなんて、そうそういるはずが無いのだしな。

 

 犬塚は二杯目のビールを飲み干した。

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